元レーシングカーの設計屋で、過去に仕事で自動車技術史の研究もやっていた事がある者です。
>あなたが一台選ぶならどのクルマを選びますか?
1台だけ・・・ですか?これは苦しいですね~。クルマも機械である以上、技術的なチャレンジ無くレースで大勝したクルマ(レース史上は沢山あります)を挙げるのもどぅかと思いますし・・・戦績だけに注目すれば優れたマシンを抽出する事は容易ですが、その手のマシンは『年季の入った』レースファンなら何方も御存知と思われますので、ここではプロっぽい(?)視点に立って挙げてみましょう。
★F1
これは文句無くロータス25でしょう。恐らく、自動車史の研究者やF1の歴史を最初から知っているファン、ジャーナリストなどの多くが、このクルマをベストF1マシンとして挙げるでしょう。
F1史上初めてアルミモノコックを備えたこのクルマの登場により、エンジン搭載方法、サスペンション構造、車体の空力デザイン等からドライビングポジションに至るまで、全ての設計方法が変わったか、この後に変わる事になりました。
しかも驚く事に、今日ではF1に限らずレース用モノコックシャシ設計の常識となっているツインチューブ構造が、ロータス25で既に『ほぼカンペキな姿で』採用されている点です。人類史上最初に登場したモノポストモノコックは、同時にレーシングマシン用モノコックの設計基準を我々後進の者に示したワケです。
更に、このクルマは脅威的な戦績でジム・クラークをワールドチャンピオンに押し上げただけでなく、ジム・クラーク本人にも、今日まで続いている『F1史上最高のレーサー』という称号の第一歩を与えました。(登場時のインパクトや戦績は勿論、ここ一発での脅威的な速さや走行中の『美しさ』に至るまで、ロータス25にはスキがありません。)
英国の著名なレース史研究家ダグ・ナイ氏は、氏の著書で『クラークが駆るロータス25を思い出すたび、溢れる涙をどうする事も出来ない』と書いています。これほど見る者を無条件に感動させたF1マシン(とドライバのコンビ)は、これから先ももぅ登場しないかもしれません。
★耐久レーシングマシン(含ルマン)
これは・・・難しい!誰もが悩むでしょう。レース史に詳しいヤツを10人集めたら、10人とも別のクルマを挙げるかもしれません。
自走してル・マンに行き、24時間戦って優勝した挙句また自走してイギリスまで帰った空前絶後ののレーシングマシン・ベントレィ、ルマンで文字通り無敵を誇ったフォードGT40、美しいフェラーリPシリーズ、ルマンに限らず世界中の耐久レースを完全制覇したポルシェ956/962C、最近だと市販バージョンに『毛が生えた』程度の改造でルマンに総合優勝したマクラーレンF1等々スゴいクルマは数々ありますが、ワタシは敢えてマツダ787Bを挙げておきます。
シャシ設計や空力デザインがベーシック過ぎて面白くない、と指摘する向きもありますが、本来力学的・工学的な問題が山積で、発明したNSU(現アウディ)でさえずっと以前に開発を放棄しているロータリーエンジンでルマンに勝つ偉業を考えますと、シャシやカウルの先進性などどぅでもよくなってしまいます。
ワタシ個人は、理論的な問題点が致命的にすら見えるロータリーエンジンをどうしてもスキになれませんが、しかしマツダさんの偉業には素直に敬服しています。
★ラリー
これも・・・難しいですね~耐久レーシングマシンと同様、沢山有り過ぎて・・・が、敢えて1台選ぶなら、アウディ・クーペ・クワトロですね。
‘80年代前半に無敵を誇ったこのクルマは、自動車史上最初に自動車競技で大成功を収めた『高速4輪駆動車』ですが、このクルマの開発過程での論文は、日本の自動車技術者に少なからず影響を与えました。(クワトロシステムの設計者は、以前にポルシェ917を設計してル・マンを連覇したフェルディナント・ピエヒで、彼はアカデミックな自動車技術者なので論文発表も忘れませんでした。)
このクルマの登場により、日本車を含む世界中の高性能車が『4WD時代』に突入しました。ピエヒの勇気あるチャレンジにより(高速4WDの車両運動解析が進んでいなかった当時、20人近いテストドライバが実験中にクラッシュして負傷した、と言われています。航空機で音速の壁に挑んだ時代を彷彿とさせるエピソードです)、高速4WD車の歴史は5年は早まったと言えるでしょう。
★ツーリングカー
これはいわゆる・・・市販車改造で、サーキットを舞台とするクルマを指しているんですよね?
ツーリングカーと言ってもクラスによって改造範囲が変わるので、どれがベストか、一概には判断出来ません。日本のGT選手権やドイツのDTMの様にムチャクチャ改造してしまうと、そのクルマの素性より改造手法の方が重要になってしまうので、車型を挙げる意味がありませんし・・・
その中でも、敢えて1台挙げるなら、ポルシェ911ターボ(とそのレース版であるポルシェ・カレラRSRターボ)でしょうか。
カレラRSRターボは、シルエットフォーミュラの更に前の時代ポルシェが突然送り出した、空冷の911にターボと『下品な』巨大リヤウイングを付けたレース用改造車ですが、この時代、レーシングカーにターボはフィットしないと考えられていました。
しかしポルシェは(いつもの様に)勝ち続けました。当時最大のライバルだったBMWもカンタンに蹴散らされ、最後は3.5CSLにターボを装着せざるを得ないところまで追い込まれましたし、カレラRSRの代替モデルである935ターボは、ずっと低く軽く空力的にも有利な本格的レーシングスポーツカーに混ざっても脅威的な戦闘能力を見せ付けました。
このマシンの登場で耐久レーシングカーはターボエンジンが常識になり、やがてそれはF1以下市販車に至るまで、過給が許される全てのクルマでターボブームを巻き起こす事になりました。
お礼
ありがとうございます。 多くの方の意見が欲しいので、出来れば「一台」選んでください・・・。 スイマセン。