peemanhead の回答履歴

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  • 2ヶ月前に別れた彼に真実を打ち明けるかどうか。

    2ヶ月前に別れた彼に真実を打ち明けるか悩んでいます。 ここで質問させていただくのもおかしな話かもしれませんが、第三者の意見が聞きたく(友人に相談すれば私よりの意見に偏ると思った為)書き込ませていただきます。 長くなりますがどうか稚拙な私にご助力お願いいたします。 彼とは今年の1月に、親を含めた話し合いの末正式に別れることとなりました。 そこに至るまでの経緯をまず聞いていただけますでしょうか。 彼と私は、一年二ヶ月ほどのお付き合いでした。 それまでにもいろいろあり喧嘩ばかりの毎日でしたが、紆余曲折を経て、去年の7月に彼が事故により車椅子の生活を余儀なくされ(退院後現在も通院しながらリハビリを頑張っていると思います)、私は改めて彼への愛を認識し、また、いかにひどい彼女だったかと後悔し、新たな気持ちで彼とやり直そうと結婚も考えていました。 ですが、そんな中、10月に胃の調子が悪く、自宅近くの個人病院を受診しました。 内視鏡とエコーの検査を受け、先生から「胃がんの疑いがある。」と言われ、11月に入ってから紹介された大学病院で再度検査をうけることとなりました。 診断の結果、スキルス胃がんのステージ3と告知され、癌とは無縁だと思っていた私はその診断結果に納得できず、思わず担当医に「私太ってますが?」などと他人事のような発言をしていました。 自分が癌だと知っても現実味が全くなく、まあどうにかなるだろうと呑気に考えていたのですが…。当然、先生からの説明も受けてはいましたが、帰宅前に携帯でスキルス胃がんについて調べてみました。 出てくる言葉に言葉を失い、鼓動が早くなり手が震え、愕然としたのもまるで昨日のことのようにはっきりと覚えています。 私たちは遠距離で、それを補うかのように毎日24時間、彼とSkypeで話していました。私が仕事で家にいない間も繋げっぱなしで、私は彼に依存していましたし、少なからず彼も私に依存していたと思います。 自分が癌だという恐怖を感じたのは、帰宅して彼から「おかえり」と言われた時でした。 癌だということを彼に言えないまま、私は日に日に、傍から見れば精神異常者のようにおかしくなっていきました。 今冷静に振り返れば、私は、癌という病への恐怖より、彼を失う恐怖…ずっと一緒にいたいのに傍にいたいのに、私が死んだあと、彼は誰を好きになり、私が彼としたかったことを誰とするのだろう……そういった嫉妬や不安に精神が侵食されていったのだと思います。 いろいろな思いが交錯し、私は彼に思いやりがもてなくなっていました。 そんな自分を彼が眠ったあといつも後悔し、病気のことを彼に言おうと何度も思いましたがそれもできないまま、毎日がつらく、苦しく、彼に対しひどい言葉を浴びせ、連絡を絶とうとしたこともあります。 その時、彼が死のうとしたんです。 私が着信拒否にしたことで、死のうとしてる自分がこわい…助けてといったメールをよみ、 傍にいてもいなくても彼を苦しめていることに、私はどうしていいかわからず、彼に連絡をして謝り、また彼と話すようになりました。 11月下旬、生理が遅れていました。 妊娠検査薬で陽性反応がでて、私は仕事をやすみ、すぐに病院に行くと「まだ心拍の確認がとれないけれど4週目です」と言われました。 彼の子を授かったという喜びもつかの間、自分に産めるのか、産めたとして、そのあとはどうなるのだろう…。 そのとき、胃がん同様、彼に妊娠の事実をふせて中絶していればよかったのかもしれません…。しかし私は、妊娠していることを彼につげてしまいました。 彼はすぐに母親にそのことを話し(彼は母子家庭)、「一緒にこっちで住もう」と言ってくれました。 彼に自分の病気を言えないまま、時間だけが過ぎ、私がどんなに彼につらく当たっても、彼はいつもそれを受け止め、「傍にいて…離れないで…愛してるよ」と優しく接していてくれました。 彼のお母さんもとてもいい方で、両親と仲の悪かった私のために、自分が力になるから…と。そして12月に入ってお会いしたときも(会ったのは二回目でした。)、彼と私の生活を考え、住宅情報誌で住める候補をいくつか考えていてくれました。 …もう今更、実は癌なんです。などと告白できませんでした。 お会いした数日後、一緒に過ごそうねと言っていたクリスマスを挟んでの入院がきまりました。 自業自得にも焦りました。このまま隠しておける筈がない。このことを知ったら、彼は私から離れていってしまうだろうか…お母さんは「別れなさい」と言うだろうか…。 私は彼に隠すことで嘘を重ねることで、自分を追い詰めてしまっているだけでした。 結果、私は感情のまま彼に「別れる。中絶するから」と言い、ここにきての私の発言にやさしかった彼もさすがにつかれたのでしょう…。「わかった。もう連絡はしない」という言葉を最後に、連絡がつかなくなりました。 私は…心のどこかで、甘い考えがあったのだと思います。どんなに傷つけても、彼は自分からは離れていかない…という、自分勝手極まりない、おろかな考えを持っていたんだと…。 今思えば、「どうしてそんな女と付き合っているんだ」と周りが呆れてしまうほど、彼は私にやさしくしてくれていました。 その裏で、彼がいかに傷つき、精神的なストレスを抱えているか…私は自分のことばかりで…。 彼が私のせいで体調を崩したり、吐いたりしているのを知っていたのに… 原因は私にあることを知っていたのに…。 もう完全に、私の気は狂っていたのだと思います。 彼と連絡が取れなくなりその喪失感から「どうせそのうち死ぬんだ、いま死のう」と事件を起こしました。彼に会いに行き、目の前で自殺をはかったんです。 当然警察沙汰になりました。 警察署で、もう一度彼と話をし、「どうして自分の本当の気持ちを隠して強がるんだ。ちゃんと言ってよ。素直になってよ」と彼に泣きながら言われました。 でも、…もうなにもかも、すべて遅すぎました。 彼は私にキスをして、「自分は)車椅子で仕事に復帰できるのはまだ先で苦労をかけるかもしれないけれどやり直そう」と言ってくれましたが、翌日の電話で、「気持ちはもうなくなった。別れよう」と告げられました。 …ごく当たり前の感情です。今まで散々傷つけ、目の前で自殺しようとした人と、やり直せる筈がありません。彼のお母さんの立場からしても、そんな怖い女と大事な息子を一緒にさせておきたくないでしょう。普通にかんがえればそうです。 結局、自分はなにがしたかったのか…。 そして、最後の最後に、私は過ちを犯しました。 自暴自棄になり、薬を大量に服用し、アルコールを飲んだのです。二日後に、不正出血があり、12月22日、お腹の赤ちゃんが流れてしまったことを知りました。 今年の1月、彼と彼のお母さん、そして叔父さんと、私と私の叔父とで(父の体調が悪く出席できないため)話し合いの場が設けられました。 彼は、私がまだ妊娠していると思っているので当然の流れです。 彼の気持ちはわかっていました。「中絶してほしい」 私はそこで、「妊娠は嘘だった。大変申し訳ありませんでした」と嘘をつき、今までの謝罪をしました。 お母さんは…泣いてらっしゃいました。そこではじめて、あれだけの迷惑をかけ振り回したこんな私の身を、それでも案じてくれていたことを知り、本当に申し訳ない気持ちで…妊娠は嘘だと言って良かったんだ…これでよかったんだ。と自分を納得させました。 彼は…、その場に、私が以前愛用していて、彼に似合うよといってあげた眼鏡をかけてきてくれていました。 …特に意味などなくとも、とても嬉しかったです。 彼ははっきりと私の目を見ていいました。「もう一緒にはいられない」と。 2月の検査で、リンパ節転移・腹膜播種が確認されました。 私の病名を知っているひとは、父だけです。(母や兄弟には父から話が通っているかもしれませんが、私にはなにも言いません)。親しい友人には、初期の胃がんとだけ伝えています。 抗がん剤治療で見た目もすっかりかわり、体力も格段に落ちました。 出来ることなら…身体が自由に動くうちにもう一度彼に会いたいと…リハビリを頑張っている姿を見たい、最後にもう一度彼の笑顔に会いたい…。そう思う気持ちもあります。 ですが、彼にはもう、お付き合いされている女性がいるかもしれないし、携帯も電源を切ったままのようなので、心底私と縁を切りたいのだと思います。 また、変わり果てた自分の姿を彼にみせるのも…あからさまに私は病気なのよと訴えているようで気がひけます。 ただ、彼がかけていてくれた眼鏡を、どうしても手元に置いておきたく(私にとっては彼との思い入れが深いので)なので、最後に手紙を書こうと思ったのですが… なんだか今、自分でこれを打っていて思いました。 結局最後の最後まで、私は自分のことしか考えていないんだな…と。 これに目を通してくださった方は、お前はどこまで自分勝手なんだと呆れ、腹をたてているかもしれません。 気分を害してしまったら申し訳ないです。 真実を打ち明けたところで何もならず、ただ打ち明けたことで自分がすっきりし、打ち明けられた方の気持ちを考えていないと思われる方も多くいらっしゃると思います。 私も…そういった気持ちがないわけではありません。 ただ自分を美化したいだけなのかと、私はつらかったのと同情を誘っているのではないか… 彼の中での自分が、「怖い」という印象で終わるのが嫌なのかもしれません。 迷っているからこそ、意見が聞きたく質問させていただきました。 批判でも構いません。 どうか、ご回答願えないでしょうか よろしくお願い致します。