締切り済みの質問
「どうして私ばかりがこうなんだろう? みんないいなぁ・・・」と思ったことありますか?
私の場合、みんなというより、特定の人物にそういう念を抱いています。「あの人は顔もいい、頭もいい。きっと、この先の人生は順風満帆、いやもとい、今現在も順風満帆なんだろうな。『劣等感』なんて言葉知ってるかな? いいなぁ、それに比べて私は・・・」という感じ。
でも、どうしようもならない。ただ、心が苦しい。本当に苦しい。憤懣やる方ないって感じです。音楽とか聴いて、自分にエールを送っても、心の表面にしか届いていないから、結局は、旧の木阿弥になってしまう。。。
みなさんの経験が聞きたいです。どうやってそういう心情から抜けたのか、などなど
投稿日時 - 2008-12-03 20:14:49
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回答(10件中 1~5件目)
1980年ごろ。
私がまだ10代の頃です。
当時すでに海外留学というものが一部エリートのものではなく、日本で大学へ行けない落ちこぼれの逃避先や、モラトリアム人間の逃避先になり始めていた時代でした。
私もご他聞にもれず、中学2年からの落ちこぼれ組で、中高一貫のためなんとか高校は行けましたが、まともな大学に合格出来るわけもなく、あっさりと「オレはアメリカに留学するんだ」とかほざいてアメリカに逃げて行きました。
もちろん日本でまともに大学を出てからさらなる学問追求に来てる方々も居ましたが、それにもまして目に付くのが金持ちのドラ息子やらバカ娘。
私も決して貧乏に育ったわけでもなく仕送りももらう立場でしたが、正直若い私はそういう連中をうらやましくも思い、時にねたみもしました。
そんな中、私の友人に、性格も良くさほどのバカ息子ってわけではないのですが、やはり庶民の目から見ると充分恵まれた金持ちの息子の男が居ました。
彼は当時の円レートで500万以上するBMWを買った、そのほんの10日ほどあとに「やっぱり2万ドルも出してBMWを買うくらいなら、多少高くても3万5千ドルでポルシェの方がお得」とほざきやがって、新車のBMWからポルシェに乗り換えたのです。
ところがところが、この男。
当時共通の友人に、テレビでCMも毎日見れるような日本中の人が知ってる某有名食品会社の社長御曹司(仮にNさんとします・25歳くらい)であるNさんをいつも批判していたのです。
いわく
「Nさんの金遣いの荒さ見てるとバカかと思うよ。ほんと、あの歳で親から仕送りもらって、あんな生活して恥ずかしくないのかね」
私に言わすと「いやいや。お前もだろ」
今風に言うと「お前が言うな!」ですかね。
ところで時は期せずしてオイル・マネーの全盛期。
サウジ・アラビアやカタールと言った産油国が、後のバブル日本も真っ青っていう金満国家として世界を席捲していた時代です。
やれアラブの王が自家用機でラスベガスに行って、毎日100万ドル使うだの言ってた時代です。
中東から来ている留学生は、経済成長を遂げた日本留学生なんか足元にも及ばない金持ちぶりでした。
サウジだかの留学生は2年間の留学の間、それぞれの学生には一戸建ての家や、高級マンションが国費であてがわれ、奨学金も月に数千ドル出ていたそうです。
私の周りにも実際いました。
ベンツに乗って走っていたら、たまたま目についたフェラーリのディーラーでかっこいいフェラーリがあったから、そのまま乗り付けてキャッシュで買って乗りかえったってアラブ人が。
話の落ちは想像つきますよね。
そうです。面白いもんで、先の私の友人のドラ息子やNさんの言葉を聞いていると、そういうアラブ人たちをけなすんですよ。
やれ「あいつらバカだ」とか「あいつら石油が枯渇したらどうすんだ」とか。
この体験が原型になります。
私が人をうらやむのをバカらしいと感じるようになったのは。
例えば年収300万の人は、しょせん付き合うのは年収100万~1000万程度の社会です。
この中で1000万の人に嫉妬します。
しかし自分が1000万になると、おのずと付き合う人間は300万~3000万程度の連中です。
すると3000万の人がうらやましい。
で、自分が3000万になると1億の人間に殺意を覚える。
結局自分が世界一の金持ちになれるわけもなし。
他人に嫉妬してても意味は無いのじゃないかな?って思い始めたんです。
日本で最高峰の国家試験と言われる司法試験合格者が集まる、司法研修所の中でも「あいつはバカだ」とか「使えねえ奴」と差別することがあるのです。
国会議員の中でもイジメがあります。
どうでしょう。
質問者さん。
人をうらやんで嫉妬し、それで自分を殺して、自分のやりたくもない苦労をしたり、人を落としいれたりして自分が恵まれた立場になっても、幸せと感じる心とか、満ち足りた気持ちになれるかっていうのとは少し違うのではないでしょうか。
私は人生の指針を「自分のやりたいことをする」にしています。
他人をうらやみ、やりたくもないことをやっても幸せになんてなれませんから。
東大に受かったせいで、東大の入学しに行く途中で交通事故に会い死んでしまう人間も居ます。
「物事そのものには本来『幸』『不幸』の性質は存しない。今自分に起きた事象を幸にするも不幸にするも、その後の自分が決めることだ」
私の好きな言葉です。
投稿日時 - 2008-12-04 12:18:58
お礼
ご回答ありがとうございます
投稿日時 - 2008-12-07 22:34:02
「あの人は顔もいい、頭もいい。きっと、この先の人生は順風満帆、いやもとい、今現在も順風満帆なんだろうな。『劣等感』なんて言葉知ってるかな? いいなぁ、それに比べて私は・・・」
これに近い事を言われて腹が立ったことがあります。
お気楽で淡々としているように見えるだけで
実際は、とても人に言えないような過去があり
劣等感、自己嫌悪、猜疑心、ネガティブの塊で
それを黙ってるだけだ、私の脳を見てみるか?さあ入れ!
と言いたかったけど、言っても仕方がないし
もちろんあなたは言ってないでしょうが
その特定の人物の人生を全て見てきたわけではないのなら
そういうふうに考えるのは止めてあげて欲しいです。
表に出さない何事かはあると思いますよ。
投稿日時 - 2008-12-03 23:04:43
お礼
なるほど。考え方が広がります。
投稿日時 - 2008-12-03 23:15:57
私が、今の心情になれたのは、「どうしようもならない」自分をやめたからです。
「しようがない」と諦める方が、「幸せになりたい」と求め続けるより、楽だったんです。
他人と自分を比べることで、自分と向き合うことも忘れてました。
それで、自分はどうしたいか、どうなりたいか、羨ましいと見てた人の幸せが、本当に欲しい幸せか?などなど考えてみました。
あとは、自分の考えと、行動と、気持ちを添わせて、少し頑張りました。
頑張ってる人に対して他人は、思っている以上に優しかったです。
目上の方に、たくさん助けて頂きました。
前の私には想像もつかないくらい、穏やかな日々です。
投稿日時 - 2008-12-03 22:43:10
お礼
諦めが肝心なのですね
投稿日時 - 2008-12-03 23:17:02