被差別部落、同和問題について

このQ&Aのポイント
  • 被差別部落や同和問題について教えてください。
  • 同和問題はなぜ世間が隠したがるのでしょうか。
  • 差別が未だに消えない理由や営業さんの知識について教えてください。
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被差別部落、同和問題について

 不躾で申し訳ありません。 世間が隠したがる(であろう)同和問題に ついて教えてもらいたいのです。  小生はある離島出身なので、同和地区ではないと 思いますが(もし同和地区なら島民全員部落民です)、 小中学校では、年に1回学校で同和映画を鑑賞させられ ましたが、何のことか良く分からず見ていました。  それもそのはずで、学校で詳しく同和問題について 教えてもらっていないからです。だから冒頭に、世間が隠したがる としました。  とは言えある先生は 穢多、非人、四ツ という言葉と意味を 教えてくれました。 徳川時代の遺物であるような身分差別が未だ消えないのは なぜなのでしょうか。 不動産の営業さんはそういった知識や地区を熟知していて 土地が安いからと売って、あとで揉めるのが目に見えているので 絶対薦めないのだそうです。  なぜそこまでして未だ差別するのでしょうか。 ぶっちゃけ、放送禁止用語丸出しで言ってもらえれば この朴念仁にも分かると思います。  質問の発端は先日、住宅販売の営業さんと話していて、 その営業さんと嫁が同和地区(部落)の話になって、どこは アウトでここはセーフ、 上○○、中○○、下○○地区では 上、中○○地区は同和で下○○はそうじゃない、とか 道一本挟んで部落と一般とに分かれているなど、小生に しては「だから、何なんですか」というようなそれがどうしたん? という気持ちで聞いていたのですが、そんなに深刻なこと でしょうか。

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質問者が選んだベストアンサー

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回答No.8

部落差別は、被差別の立場の者が、その立場を逆手に取って莫大な利権を誘導したというのが実態です。 「差別だ」と叫べば、道路や駅前など街が整備され、巨大な学校や病院が建ち並びました。その建設は被差別地域の土建業者が独占して受注しました。利権に与るものとしては、決して手放せない甘い汁だったのです。 被差別部落では、決して隠したがりません。歩道橋などに「差別粉砕」「同和教育推進」などと、大きな文字で書かれているのを見かけたことはありませんか?最近はなくなりましたが、あのゲバ文字こそ「ここは被差別部落だ」と、被差別の立場の者が宣伝していたのです。しかし、別の場面では「被差別部落の人間だと暴かれた」と、被害者に回ります。差別の自作自演だったのです。江戸時代の風習が残っているのは、解放同盟の責任です。 「地名総監」という、全国の被差別部落の現在の町名を網羅した本が出回っていました。出版元は部落解放同盟で、この本を企業に売り歩いたのです。購入を拒否した企業に対しては、殺人以外のあらゆる犯罪行為が行われました。そして圧力に屈して購入した企業には「地名総監を買った悪徳企業」として公表されました。差別に反対した企業が、差別を助長したとして吊るし上げられたのです。何も知らな一般市民は、その企業の不買運動をすることさえあったのです。 日本ほど差別意識のない、平等を好む国民は、世界に二つとありません。質問者さんは、これまで通りに、あらゆる人と分け隔てなく接し、誇りを持って生きて欲しいと思います。

popps
質問者

お礼

そういう自作自演のマッチポンプ式の 被害者を装って利権を貪るのは一部の者の 特権的なものとしてあるみたいですね。  それに対して権力側が黙認せざるを得ない 事情が同和問題の暗部なのでしょうね。  回答ありがとうございました。

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回答No.7

もしかしたら、そういうのって京都だけじゃない?w

  • eroero4649
  • ベストアンサー率31% (10491/32992)
回答No.6

同和問題は、日本のタブーの西の横綱ですね。ちなみに東の横綱が天皇です。なにがタブーって?「北朝の正統性」と「天皇家はどこから来たか」は探っちゃいけないタブー中のタブーです。だから、天皇陵を学術調査することを宮内庁は頑として認めないのです。 さて、同和問題については近年話題になった事件がありました。橋下大阪市長の出自に関わる問題です。このことについて、雑誌が発表されてすぐに橋下市長が怒りを露わにすると、雑誌は即回収、その雑誌の編集長と出版社の社長が首を揃えて橋下市長の元を訪れると平身低頭で全面謝罪をしました。もちろんマスコミを始めありとあらゆる媒体のコメントは「このようなことは許されざることで、決してあってはならない」でした。そこまでの由々しき問題になったのであれば、よっぽどのことかと思って、私はネットでその記事をコピーしたものを読みました。 その記事にあった差別に関する表現は、こんなものでした。「橋下市長の父親は、○○市(原文は実名)出身である。そして、○○市には同和地区がある」こういうものだったのです。直接的にはどこにも「橋下市長の父親は同和地区出身である」とは書いていません。しかし、「橋下市長の出自のルーツを暴く」とする記事で「父親が同和がある市の出身である」と書くことはつまり行間では「橋下市長の父親は同和地区出身である」と書いてあるのと同じです。さらに記事では父親が一時期やくざもやっていたとありますので、分かる人が読めば、「ああ、そういうことか」と分かるのです。 この件について橋下市長は目を真っ赤にして「私個人に関することならまだしも、子供たちまで苦しめるとは卑怯極まりない」と激しい怒りを露わにしました。ということは、逆にいうとそのことを暗に認めたことにもなります。実際、橋下市長は記事に対しては「事実無根」とは決していいませんでした。 それと共に、それまで週刊誌などでちょくちょく出ていた「橋下首相待望論」はパタリと消えました。 しかし考えてみたら、記事のどこにも直接は出自には触れておらず、かなり回りくどい書き方をしたにも関わらず出版社側は即時に全面謝罪しました。なぜでしょうか。 それは、同和地区出身者には暴力団員などが多いからです。いうておきますけどね、質問者さんが >ぶっちゃけ、放送禁止用語丸出しで言ってもらえれば この朴念仁にも分かると思います。 って書くからですよ。他の読者さんにくれぐれもいいますが、わたしゃ同和差別はあってはならないと思っていますからね。ああ今私はとても恐ろしいことを書いている。 ある特定の業種なんかは、その何業かをいっただけで同和地区出身者であることが分かるほどです。それが何業かは私も恐ろしくて書けません。ある県で、いじめを原因とした自殺者が出で世間的に大きな話題になったことがありました。学校側はいじめを把握していながら手を打たなかったことが世間の批判の十字砲火を浴びましたが、あれはあのいじめっ子の父親がその業種の社長をやっていたからです。ヘタなことをすると、学校や教育委員会がすさまじいことになるのですよ。 こんなことを書いている私も、ここは匿名だから書けるわけで、もし私の立場が公けのものだったらとても書けません。もし書いたら電話は「お前は同和差別をするのか!」という電話が鳴りっぱなし、職場などにもコワモテの人たちが「お前は同和差別をするのか!」と押しかけてくるでしょう。名目としては「差別発言をしたほうが悪い」となるので、その人たちを批判はしづらいのです。しづらいというか、現実的にはできませんね。 だから、同和利権とかエセ同和(同和差別を口実に抗議活動をして見返りを求める)に関して批判ができるのは同和地区出身者だけなのです。「お前は同和差別するのか!」「黙れ!俺も同和だ!」といえるからです。 現在でも、同和地区出身者が差別されるという問題は現実的に存在します。それは差別意識がそうさせるというより、「その人の家族に反社会勢力が混じっている可能性が高いから」なのです。例えば質問者さんにしても息子のお嫁さんに来る人が同和と聞いても「あっそ」くらいにしか思わないでしょうが、従兄弟とか親戚に暴力団員や今刑務所に入っているなんて人が何人もいると聞いたら、「そういう人たちと一族になるのはマズい」となるのではないでしょうか。もちろん中にはそうじゃない人もいるわけですが、違う地域出身の人に比べると、身内に反社会勢力の人を持っている可能性が高いのは事実なのです。ある人を採用したら、そのお兄さんが「どうも家族が大変お世話になっております。ところで私は同和差別に対する啓蒙活動を行っているのですが、その小冊子をお求め頂きたいのです。御社は同和問題についてどのようにお考えですか?」とやってきたら、断れないでしょ?それでその人に「君のお兄さんはとんでもない人だ。会社をやめてくれ」と迫ったら「同和差別する不当解雇だ!」とやられるじゃないですか。どうすればそのようなトラブルに巻き込まれないか。手っ取り早いのはそういう地域出身の人は雇わないことです。結果、それは差別となります。自分たちの差別解放運動が結果的に差別を生む皮肉というべきでしょう。みな表面上は「そのような差別はあってはならない」といいつつ、決してその問題には触れようとはしません。まさにタブーの王道といっていいでしょうね。 ですから理想は、質問者さんのように「そんな問題があるだなんて知らなかった」なのだと思います。関東以北ではあまり聞かないですが、京都以西は非常に根深いですね。

popps
質問者

お礼

 やはり京の三条河原で処刑された豊臣秀次一族や その他罪人の遺体処理に”非人”が必要だったからで、 当時は京都が政都だったからでしょうかね。  被差別当事者は利権特権があるから現状でよいのでしょうが それをはく奪されたら、被差別問題は素に人権問題であって 大ごとです。口では文句を言っても腹では満足しているこの 当事者のダブルスタンダードぶりが永遠にこの問題の解決を阻害 しているのでしょう。  回答ありがとうございました。

  • kyo-mogu
  • ベストアンサー率22% (3398/15359)
回答No.5

 関西では普通にあの地域は危険だとか言われる地域があります。そしてそういった地域では、ごく普通に差別されても当たり前みたいな行動をする人や考えを持っている人も居るようです。そういった話しを聞くことが多いです。  私自身、そういった差別はしないのですが、郵便局のアルバイトでそういった地域の話し、郵便物の取扱などの注意点を聞いています。関東ではそういった話しは少ないようですが。  聞いた話しでは盗難とかも多いとかが多いかな。またそういった人達に仕事を斡旋して、トラブルの話しも出てくる。中抜け問題もそういった事からかなと。  犯罪率が高いなどもあり、差別的な感じになると思います。払拭させるのではなく、むしろ利用している感じもあるようで。

popps
質問者

お礼

 嫁に”全国水平社”という組織を聞いて 関西に多いのが分かりました。  でも色々話を聞くと被差別部落をエサに 特権や利権を貪っている輩がいるので、彼らに とっては被差別部落問題は解決されてはならないの でしょうね。  回答ありがとうございました。

  • hekiyu
  • ベストアンサー率32% (7194/21844)
回答No.4

"徳川時代の遺物であるような身分差別"   ↑ これは間違いです。 部落民と言われる存在は、平安時代から ありました。 それに、士農工商という制度は存在しなかった ことが明らかになっています。 だから、最近の教科書には士農工商の説明は ありません。 ”未だ消えないのはなぜなのでしょうか。”     ↑ 色々な原因がありますが、一番の原因は部落民自身 にあります。 彼らは政府から、種々の名目で、補助金をもらって います。 一部でしょうが、その補助金目当てで、殊更差別 を声高に訴え、火の無いところに煙を立てる部落民が 存在するのです。 彼らは、差別が無くなると、補助金がもらなくなり ますので、差別差別と訴えるのです。 だから暴力団と組み、あるいは暴力団員になったり して補助金確保に奔走します。 かくて、その特権は、差別する人間にとっては 格好の大義名分になるわけです。 こういう図式で、差別が残り続けることになりました。

popps
質問者

お礼

 概ね仰る通りかと思いますが、予想していた 回答部分があるので反論させてください。  我々の時代は1192作ろう鎌倉幕府であり、聖徳太子 は実在していて、最古の貨幣は和同開珎なのです。 江戸幕府の士農工商は当たり前の知識であって、昨今の 教育でそれらが否定されつつあっても、我々には知る由もなく 小生らの同和の知識にはこの士農工商が無ければ成り立たないのです。  先生曰く「武士が一番偉く、農民は下層民だが米を作るので 名目上2番目にし、モノを作る工業者を3番に、金儲けの商人を 卑しいと最下位の4番目にしたが、それでは彼らが納得しないだろうから その下に、エタ、非人、四ツという賤しい身分を作った」という ことでした。士農工商がないというなら、我々の乏しい同和の知識は 根底から崩れてしまいます。では何をもって同和問題を説明できるの でしょうか。  回答ありがとうございました。

noname#212854
noname#212854
回答No.3

都市部の役所からの依頼で、人権関係のパンフレットを作成しました. その中の大きな項目が、同和問題でした. 都市部では現在、同和関係の問題が表面化することは少ないのですが、ほぼ、二つの場合に表面化しています. 一つは、あなたの質問にある道路の隔てて右と左では、土地の価格が倍以上の価格差がある、というようなことですが、都市部ではこういった傾向は少なくなっています. もう一つは結婚時に起きる問題です。結婚当事者の若い本人たちは、気にしなくなりましたが、両親や祖父母、親類から強力な反対を受けることがあります。結婚して子供が生まれてからも、無理矢理離婚させられそうになった例もあります。 非情に根深い問題ですが、特に学生やサラリーマン階層が放っておけば無くなる問題だと思っている場合が多く、ある種の無関心層を形成しており、解決を妨げています. 失礼ながら、先のお二人の回答にも、偏見が結構あります. 少し古い本ですが、若宮啓文氏の「ルポ 現代の差別部落」(1988年朝日文庫)をお奨めします。

popps
質問者

お礼

 結婚の問題は同和映画でもありました。 でも小学生に分かるわけもなく「だから何なん」 でした。 >失礼ながら、先のお二人の回答にも、偏見が結構あります. そういったことが同和問題の解決を妨げている、というか 同和の根本なのでしょうか、まあどなたの意見が正しくて 誰の意見は間違いなどと決めつけられないので、偏見 とかいうのはスルーさせてもらいます。  回答ありがとうございました。

  • kia1and2
  • ベストアンサー率20% (482/2321)
回答No.2

ほとんどの日本人の人は、漠然とした部落民の認識なので納得いかず、外国人の私が調べた知識で説明させていただきます。 日本でも武将による戦は江戸時代までは。そこで、戦に有利になるように武器をつくる人を一つの人里はなれた場所に集結させ、厳密な監視のもとに、武器の製造技術が他地方に流れるのを防ぎました。 この結果、閉された小さな地域なので、近親婚姻(従妹同士)などが当たり前になり、いわゆる誕生よりの身体障害者が多く出産、これが、他村の人には恐怖に感じさせ、あそこには絶対に近寄るな、と。 それから、武器を作るので、その性能を検査・改良の必要があります。うさぎから鹿などがその標的になり、そのまま捨てるのではなく、解体、食物に。仏教思想で4つ足獣を口にするのは厳禁なので、この掟を破っている肉食系と。野菜も食べる、魚も食べる、肉も食べるで、当時の人よりはるかにバランスの取れた食料で、体格も優れた持主に。 体格よし、獣肉を食べない習慣破り集団、カタワが多くいる、その集落に近づこうすれば、厳しい検問ありで、一般人は近寄らず、ますます孤立化。 明治になり、幕府から日本国政府に移管で、狭い地域での武器作るではなく、武器をつくる人の技術向上のために、集落民の移動の自由化。獣肉の摂食の自由化、履物も皮靴化、で動物解体処理の経験ある集落民が従事。 その狭い集落地帯も、人口の増大により、その集落近くまで一般人の居住地域の拡大。でも、あそこは昔は禁制の場所、あそこに住む人と結婚すれば、かたわ者の赤ちゃんが生まれる、で部落として一般人は立ち入らないような暗黙の了解が。 閉鎖された小さな社会での厳しい環境で、村人が生きていきためには、厳しい掟も。その掟が他村の一般人には理解しがたいものであるのも多くあります。 そこで、どこはアウトでここはセーフ、とかの判断とか、エッタ、非人(徴兵しても意識が違うので役立たずで徴兵免除)、四ッ(四足動物食い)の意味もご理解して頂けたとおもいます。 時代が変わり、ほっとけば、10~20年で部落民差別も「だから、何なんですか」の人だらけになり自然消滅するはずだったのですが、部落民でない人がこの過去の差別に目をつけて。部落民を無視した過激運動で、補助金目当ての金儲けに走り、今度は無法暴力集団と認識されるようになり、部落差別が。部落の差別化を強烈に望んでいるのは、同和部落問題の活躍されている寄生虫みたいな人たちです。 今の、北海道のアイヌも同じです。アイヌじゃない人がアイヌになりすまして多額の補助金をもらおうと必死。 自分になりに、未熟な日本語で、高知県高知市大原町で調べただけなので、間違っているかも知れません。 (工芸日本刀は、日本中の刀匠を競い合わせ、より完成された工芸品を作る上級武士以上の携帯する戦場で使わない武器なので、ここでいう部落民の武器作りではありません。)

popps
質問者

お礼

 >エッタ、非人(徴兵しても意識が違うので役立たずで徴兵免除)、四ッ(四足動物食い)の意味もご理解して頂けたとおもいます。    小生が教えてもらった意味は、穢多は忘れましたが、非人は処刑された罪人の 遺体処理、埋葬などをやらされてた、四ツは道端で死んでる犬、猫などの四足動物 の処理や、牛の皮をなめす、現在でいうところの皮革業者である、といった意味でした。  武器製造の秘密保持とか、獣肉を食べるからというのは初耳ですが そういったこともあるのですね。  回答ありがとうございました。

  • suicyo
  • ベストアンサー率43% (83/193)
回答No.1

高齢者などで未だに差別意識を持っている人が居るにはいますが、ごく少数です。 中高年以下の世代は、同和利権に対する嫌悪や、同和団体が在日団体と共闘していることに対する嫌悪だと思います。 同和利権は長らくタブー視されてきましたが、共産党系の同和団体が特別待遇を返上する一方で、利権を固守しようとする部落解放同盟と激しく対立したことで、数年前に一気に表面化しました。

参考URL:
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik4/2007-01-04/2007010426_01_0.html
popps
質問者

お礼

 共産党以外の政党は同和組織とグル なんですね。政治や警察や、権力者が 事件を隠したり、処分を否決したり、 表面に出てこないものを、田舎の子供だった 小生らに、そんなことが分かろうはずもありませんね。  でも学校では教えないくせに、知ってて当然という 同和教育だったと思います。  回答ありがとうございました。

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