• ベストアンサー
※ ChatGPTを利用し、要約された質問です(原文:アリストテレスの間違いは実験により検証すべきなのか)

アリストテレスの間違いは実験により検証すべきなのか

urigadai2013の回答

回答No.3

アリストテレスの「自然学」の運動の考えは観察に基づくもので観察の事実とよく一致していました。 アリストテレスには「トポス(場所)」という考えがあり、「コスモス」は秩序ある世界で、物体はそれぞれあるべきトポスがあり、運動する物体は故郷であるトポスに帰るものだと思っていました。 宇宙は四層に分かれており、下から土、その上に水、その上に空気、その上に炎からなる世界でした。 その四層からなる世界の上にはドーム状の恒星天球という天蓋が覆っており、大地の上を回転しているものと思われていました。 運動について言えば、羽根のように軽い物体は本来のあるべきトポスが天にあるから上昇しようとし、石のように重い物体は本来のトポスが大地に近いところにあるから落下しようとすると考えました。 そして運動には自然運動と強制運動の二つがあり、天体の運動は自然運動で、自然運動は永遠に運動をつづけ、強制運動は一時的にはトポスを離れて上昇しようとしても放物線を描いて地上に落下するものと考えました。 このアリストテレスの「自然学」と「天体論」は観察の事実とうまく一致していましたので、自然の仕組みを説明するものとして、その後2000年に渡って正しいものと信じられてきました。 近世のガリレオはルネサンスの新・プラトン主義の復興に伴って、自然が神の創ったものであり、自然は「数学の言語で書かれている」と信じていました。 つまり、ガリレオはプラトンの数学思想を自然に適用して、アリストテレスの「自然学」と「天体論」を打ち破り、新たに数学的自然科学を打ち立てて行ったのです。 良く、17世紀の「科学革命」は実験的な方法で、アリストテレスの「自然学」と「天体論」を打倒したのだという人がいますが、それは誤解です。 ガリレオが「慣性の法則」を発見したのだという人がいますが、それも間違いです。 何よりも「慣性の法則」を実験で確かめるためには真空を作る必要がありましたが、真空を初めて人為的に作ったのは、ガリレオよりも後のロバート・ボイルです。 ガリレオの時代、真空というものを作れなかったし、ガリレオは真空というものがありえないと考えていたのだから、そんなものが実験できるはずもありませんでした。 アリストテレスは自然界には静止があるのが常態で、運動は例外だと考えていました。 「コスモス」としての世界は静態的・スタティックなものです。 そのアリストテレスの考えに反対したのがデカルトです。 デカルトはアリストテレスの静態的・スタティックな運動論をひっくり返し、自然界の物体は運動しているのが常態で、静止は例外だと考えました。 そして運動する物体はそれを妨げるものがなければ、速度を落とすことなく、直線的に運動を続けると考えました。 かれの「哲学の原理」で、そのことが述べられています。 ガリレオはコペルニクスと同じように運動は円運動が基本だと考えていました。 それに対して円運動は基本でなく、直線運動が基本だと考えたのがデカルトです。 「慣性の法則」を発見したのはデカルトです。 しかも実験によらず、数学によって。 ガリレオは鉄板の上にある球が、何の抵抗もなければずっと運動を続けるに違いない、ということは頭で思い描いていましたが、それを実験することはできませんでした。 現実の鉄板も限りなく、抵抗のないものを作ることはできなかったし、球も完全な円形に作ることもできませんでした。 だから現実には鉄板の上に球を転がせば、止まってしまいます。 ガリレオの時代、物体を高い塔のようなところから手放すと、それがどうして落下するのか説明ができませんでした。 ガリレオも説明していません。 ガリレオと同時代のギルバートは「磁力について」という論文で、地球が磁性体で、それで物体を引きつけるから落下するのだと言いました。 それが引力によるものだと発見したのはニュートンでした。 近代科学は実験によってアリストテレスの「自然学」と「天体論」を打倒したのではありません。 プラトンの数学思想を自然界に適用することで、自然を数学化し、その結果今あるような数学的自然科学を作ったのです。 いいかえると数学に適合するように自然界を作り直して行ったのです。 それは発見ではなく、創造でした。 後にフッサールはガリレオによる自然の「数学化」だと言って非難しました。

関連するQ&A

  • アリストテレスの運動理論

    物理の問題が分からないので、教えてほしいです。 アリストテレスの運動理論は、運動する物体には常に力が働いているとするもので、アリストテレスの運動理論を受け入れそうな身近な事例を挙げ、何が抜けているか(欠落している力)を考えなさい。また、アリストテレスの運動理論に反する事例を挙げなさい。 という問題と、 ガリレオは、思考実験から、アリストテレスの運動理論を否定する法則を導き出した。この法則は、20世紀、やっと可能になった人工衛星内で生活する人や物体の動きから一般の人にも納得・実感された法則である。 (1)この法則は何という法則か? (2)ニュートンは、物質の持つこの性質を物体固有の量で示した。あなたにもある量です。この量とは何でしょうか? という問題です。 解答よろしくお願いします。

  • ガリレオ・ガリレイの実験

    ガリレオ・ガリレイがピサの斜塔を使って実験したことの意義(目的)がよくわかりません。 「重いものも軽いものも、落下速度は同じであることを実験で確かめた」という説明を子供のころは信じていたのですが、実際には空気抵抗がありますから、軽いものはどうしても遅く落ちるはずであり、こんな荒っぽい実験で、証明することなどどだい無理だという気がします。 (重い、軽いは、密度をいうのか、単純に物体の重い軽いをいうのか、の問題がありますが、一応この議論は置いておきます) 先日このサイトに、「ガリレオがやったのは、「当時、落下速度は重さに比例する」という説が一般的であったので、これを否定するためにやった」という説明がありました。 確かに、こんなに大きな誤りを否定するのなら、こんなラフな方法でも可能でしょう。 ですが、そんな大きな違いを本当に当時の学者たちが信じていたのでしょうか? これほど大きな違いなら、誰でも簡単な実験でその考えが誤りであることが認識できるはずです。 いったい、ガリレオは何をやったのでしょう? 正確な解説をお願いします。

  • ガリレオの発言

    http://okwave.jp/qa/q8034623.html の 回答No.37の補足欄に > ガリレオの話をここで持ち出すのも何なんですが、例の裁判で > 「マストの上から物を落としたら、船が静かに動いているか、 > 止まっているかにかかわらず、増したに落ちる。 > よって、地球が動いているかどうかは、落下によっては判断できない」 > と、彼が証言したのを受けて、アリストテレス学派の反論は > 「その実験を貴方は実際に船に乗りやってみたのですか?」 > ガリレオは、「いや、そんな分かりきった実験、やるまでもない」と答えた所、 > 反対尋問側は、「裁判長! 彼はこういう人間なのです。 > 人には実験が大事と言っておきながらこういう有様なのです」 > と、やりあったとか。 とあります。 私は、もしガリレオがこのような発言をしたのだとすれば、一般に知られているガリレオ像から大きく乖離する大変興味深い発言だと思い、回答No.45でガリレオの上記発言の原典を補足要求したのですが、補足が無いまま回答が閉じられてしまいました。 ガリレオの上記発言の原典をご存知の方、いらっしゃいましたらご教示下さい。

  • やはりビッグバンはペテンである

      仮にビッグバンによって無から宇宙が始まったとしよー。  するとビッグバン以前には宇宙の法則は存在せず、宇宙も存在しなかったことになるのか。 それともビッグバン以前にも宇宙の法則は存在したが、宇宙は存在しなかったとゆーのか。 もしビッグバン以前には宇宙の法則は存在しなかったのならビッグバンを起こす宇宙の法則も存在しなかったことになる。 ビッグバンは起こり得ないのである。 もしビッグバン以前にも宇宙の法則は存在したのであれば、宇宙は存在せず宇宙の法則だけが単独に存在することになる。 有り得んことである。 どのよーに考えたところでビッグバンが論理的矛盾であることは明らかである。 ビッグバンがペテンであることは間違いないが、これについて彼らはどー考えているのであろーか。  

  • 科学における実証とは何か

      仮説と理論の違いは何か? それは実証が有るか無いかである。 では実証とはなにか。 何をもって実証と見なすか。 この辺り徹底的に明確にしなければならない。 でないと仮説が勝手に理論になってひとり歩きすることになるからである。 ビッグバン宇宙論は仮説に過ぎないが、自身は理論のつもりでひとり歩きしております。 本来の哲学は論理検証により科学理論を検証する立場にあるのに全くこれらがなされていない。 哲学に論理検証能力がないから結局こーゆー結末になるのです。 これまで漬かってばかりいた哲学の完全な怠慢である。 決っして許されるべきことではないと思うが如何に。 一例として、 1)計算式に拠る宇宙年齢137億年の推定  → もちろん推定であって実証とはいえませんね 2)コンピュータシミュレーションによるビッグバン再現ムービー  → もちろん推定であって実証とはいえませんね 3)船の模型を使った実験用プールでの流体理論解析   → これはたとえ模型であれ物理的流体の挙動はほぼ実際と同じなのであるから実証とみなせる 4)風邪薬の効果   → 薬の成分と風邪の治癒の関係を示す何らの理論数式もなく、これらの関係を示す何らの統計データもないのであるから全く実証とはいえない。 5)・・・・・ 科学における実証とは何か、可能な限り明確に語って下さい。  

  • ビッグバンは大ウソであり、ペテンであり、茶番である

      問う人: ビッグバンはウソなのか。 「人の道」: ビッグバンは大ウソであり、ペテンであり、茶番であり、ただのギャグである。 問う人: なぜビッグバンは大ウソであり、ペテンであり、茶番であり、ただのギャグであると言える。 「人の道」: ビッグバンは途方もなく大きな矛盾を含んでおる。 まずビッグバンは無から有が生まれたとゆーておる。 これは決して有りえないことである。 第一この考えは我々人間が持つ自然な論理に反する。 また無が有を生む物理学の理論は存在しない。 また無が有を生む数学も存在しない。 なぜならゼロに対してどのよーな数学的操作を行っても結果は常にゼロにしかならんからである。 問う人: ビッグバンは137億年前に宇宙が始まったともゆーておるな。 「人の道」: これはビッグバンが抱える2つ目の大矛盾である。 なぜなら137億年前に宇宙が始まる1秒前の世界について、ビッグバンは何も説明できん。 137億年前に宇宙が始まる1秒前の時間が存在せんことを証明する理論はない。 時間は無限の連続体であり数学的には開始点など無いのである。 3つ目としてビッグバンは公には受け入れられていない。 もしビッグバンが万有引力の法則のよーに確立されたものであるなら、 その理論的説明を含め既に中学や高校の物理の教科書に載っているはずである。 わしはビッグバンを説明した物理の教科書を見たことはない。 どーや、これでビッグバンが大ウソであり、ペテンであり、茶番であり、ただのギャグであるゆーこと納得したか。 問う人: やっぱ137億年前にビッグバンで宇宙が始まったゆーのはただのギャグにしかすぎんな。  

  • 自由落下のことで、前にも書いたんですが

    自由落下のことで、前にも書いたんですが もうひとつ皆さんに聞きたいことがあります。 自由落下の実験方法が 暗闇で、鉄球を実験台にせっとして、 カメラのシャッターを押した後に 投下ボタンをおす。 鉄球は初速度v=0=0(m/s)で自由落下運動する、 その運動をカメラで撮影して それを分析する。 ストロボの発光間隔はt=0.05(秒)。 最初の鉄球の位置を原点とする。 という感じの方法でやったんですが 物体にはたらく重力の大きさは、物体の質量に比例する ということくらいで 書くことが尽きてしまったんですけど 誰か教えてください。

  • 国立天文台はやはりビッグバン宇宙論者でした

    ところで、国立天文台による宇宙論はどーなっているのか気になったので一応調べてみました。 質問6-2)宇宙の果てはどうなっているの? https://www.nao.ac.jp/faq/a0602.html これによると、どーやら国立天文台はガリガリのビッグバン宇宙論者だってことが判明しました。 とにかくこんなこと↓を書いているわけだからガリガリのビッグバン宇宙論者であることは間違いないと判断します。 「私達のこの宇宙は、137億年前に誕生したと考えられています。」 「宇宙が誕生したのが137億年前ですので、137億光年より遠いところを見ようとしても、そこには天体はおろか宇宙そのものがなかったのですから、なにも見えるはずがありません。そのような意味では、どの方向を見ても、137億光年の距離が「宇宙の果て」だといえます。」 まあ、ビッグバン有限宇宙論はペテンであると考えているわたくしとしましてはいささかがっかりと言えばがっかりです。 宇宙原理にも反することだし。 万物の根源、宇宙の法則、アルケーの教えに完全に反しているのではないでしょーか。

  • ビッグバン有限宇宙論への疑問

        ビッグバン有限宇宙論は物理的観測結果により宇宙は有限であると主張します。 しかし観測の結果から宇宙は有限であるとするなら、次のような一連の疑問に答えられなければ科学とは言えないのではないか。 0.まずどれほど最新の観測機器を用いようと人間が観測できる範囲は有限であるということ。 人間が観測できる範囲が宇宙の全てであるとみなすのは間違いではないのか。 何故なら人間の目の届かないところに宇宙は延々と無限に広がっているかも知れないからである。 1.宇宙が有限であるならその有限宇宙はどのような形状を成しているのか。 2.その有限宇宙を包む宇宙の壁とはいかなるものか。 3.地球はその有限宇宙のどの辺りに位置しているのか。 4.その有限宇宙の大きさはいか程か。 5.その有限宇宙に中心はあるのか、どの辺りに中心があるのか。 6.もしその有限宇宙が膨張しているのなら我々自身も(宇宙の一部なのであるから)膨張しているのか、どの程度の勢いで膨張しているのか。 7.もしこの宇宙が有限宇宙なのであれば、それは閉鎖系宇宙を意味するのであるから宇宙全体に対し熱力学第2法則(エントロピー増大の法則)が成立しなければならず、宇宙の全てが常に無秩序に向かわなければならないはずである。果たしてこの宇宙全体が無秩序に向かっていることを示す観測事実はあるのか。 8.・・・・・その他いろいろ、いくらでも疑問は噴出します。 果たしてビッグバン有限宇宙論はこれらの疑問に答えているのでしょうか。   補足) ところで最近科学の世界にもペテンが横行していることが次第に明らかになってきました。 その典型は理研とそのSTAP細胞研究Gによる集団的、組織的な実験データの捏造、改竄、不正コピペなど。 ビッグバン有限宇宙論もこれと同様のペテンの類ではないと言い切れるのでしょうか。  

  • STAP細胞の第三者再現って難しいのでは?

    「STAP細胞は嘘で、証拠や第三者による再現性に欠ける」という意見を聞きます。再現実験に成功しているのは小保方さんだけだから、自己証言だけであって、失敗しているのに成功したと嘘をつけるんだそうです。まー、その通りなのですが、これは高度な生物学の再現実験だし、専門的かつ小保方流(独自の)の技術があるのでしょうから、再現できる人が世界で小保方さん1人だけなのは必然では? STAP細胞の作成方法を詳しく論文に書いても、それを見て第三者が実験したって、最初の数回は失敗します。そりゃ当然ですよ。試験管の振り方とか、ピペットの押し方とか、小保方さん特有の癖があるでしょうし、高度な技術があるでしょうし、それを第三者が真似しようとしても難しいと思います。試験管はこうやって振るんだみたいな小保方流の指導を繰り返すと、小保方さんの動きに近づいて、STAP細胞再現に近づくんでしょうけど。 晴れの日に実験すると成功、雨なら失敗、満月の日なら成功、三日月なら失敗、朝起きてコーヒーを飲むと成功、紅茶なら失敗、そういうビミョーなノイズが影響したするものなのでは?偶然の要素もあるでしょう。 癌の摘出手術はこーやるんだって論文に書いて、それを見て第三者が手術して失敗してしまうと、嘘論文なりますか?フォークボールはこーやって投げるんだって解説書書いて、それを見て第三者が投げて落下がイマイチなら、解説書が嘘になりますか?このラーメンはこーやって作るんだってレシピ本書いて、それを見て第三者がラーメンを作って味が違ったら、レシピ本が嘘になりますか?そりゃ難しいですよ。癌の摘出手術も、落差のあるフォークボールも、美味しいラーメンも、再現するには何かコツが必要なんでしょう。こいつにしか出来ない、こいつだから出来る、よくある話だと思うのですが。