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家紋の選択、決定

 今まで同じ家系出自で苗字も同じ、本家・分家の関係であれば、家紋は同じか、せいぜいそれに丸に抱き茗荷○や、剣酢漿草の剣を加えたりくらいかと思っていました。  しかしある狭い地域の旧家のお寺のお墓は、本家・分家の関係なのに様々な家紋となっています。○や剣などではなく、全く違う家紋です。    まぁ江戸期からの家ですから、規制も習慣もなく、その家、家系で独自に選択・決定しているのだと存じました。  質問:そういうことはありうるのでしょうか?

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回答No.3

こんにちは。 bungetsuです。 一つには、その家の家系を調べなければ分からないのですが・・・。 女紋の逆として「男紋」を使用する場合がありました。 女紋 平安時代以降から始まった高貴な女性が「定紋」(じょうもん=その家の公式な紋章)のほかに形の違った紋を衣服や調度品にあしらって、嫁ぎ先まで持って行ったのが始まりで、近年は、妻の実家の紋章と思っておられる方が多いのですが、江戸時代からは自由に紋章を決められました。・・・個人の自由とでも言ったら良いのでしょうか・・・。もちろん、実家の紋章を誇りとして持って行く場合も多々ありました。 女紋はあくまでも飾りであって、その家の公式な紋章ではありません。 男紋 しかし、これの逆・・・つまり婿養子などの場合は男紋が優先する場合があり、特に、紋章が源平藤橘などに関係する場合やどこかの神社の氏子などの場合は、婿養子に行った男紋が用いられる場合がありました。 と、言うことで、ご指摘の家系図の中で、もしかしたら、途中から代わったことも考えられますが・・・?

krya1998
質問者

お礼

 いやぁやはり文月さんですね。  男紋そして女紋がそのように使われ、そして時として分家していく時の家紋を決定していくのですね。  なるほど、そういう事情で同じ菩提寺に本家、分家が墓を並べながら、家紋が様々ということが怒ってくるのですね。  何か婿入り、嫁入りの事情や背景、そして家紋の決定でのドラマがその時その時にあるのでしょうね。  有り難う御座いました。

その他の回答 (2)

  • tak7171
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回答No.2

家紋には、一族を表す表紋・一族の中の各家々を表す定紋があり、これらは公的に使われたものです。それ以外にも替紋や、地方によっては女紋などあり、ひとつの家に複数の家紋があって当たり前でしたから、同じ一族のお墓に様々な紋があっても不思議ではありません。また、江戸時代には系譜つくりと共に家紋つくりが流行しました。元々家紋は由緒正しい一族やその係累が伝えたものであったのですが、江戸時代に至り、そういうものを持たない下級武士階層や庶民が、己が生まれに箔をつけるために名流の末と僭称し、その系譜を作ると共に家紋も用いました。それが爆発的に流行しし、その当時は系譜や家紋のコンサルタント的な存在もいたそうですし、その指南やあるいは用いる側の好みで家紋を別のものに取り替えたり増やしたりすることも多かったようです。

krya1998
質問者

お礼

 有り難う御座います。  もともと一族、一家に複数の家紋があり、且つ、之に加えて江戸期には箔のために新規作成した事情もあったのですね。  私の質問での旧家は江戸初期の家であり、同じ菩提寺に墓が並んでいます。  多分いろんないわれの中で、おめぇ~のところはこの家紋、おれのところはこの家紋っていう具合に新規に創っていったのでしょうね。  まぁこういう辺鄙なところはどうしても考えられない変則的なことも多々あります。  有り難う御座いました。旧家の一つの本家当主が私の同級生ですのでいつか、また話題にして見ます。  

noname#152318
noname#152318
回答No.1

 家紋には規制は無かったように承知しています。 例外は菊の紋章の花びらの数(正しくは花の数でしょうか)が 皇室のご紋章に近くて、伝統の紋を変えた寺社があったと記憶しています。 公序良俗に反しなければ良いと承知していますが。

krya1998
質問者

お礼

 菊は規制があったでしょうね。まぁ特に明治以降は。それ以前はどうでしょうね。  お寺では三葉葵が結構ありますね。お寺だから許されていたのでしょうね。    普通、本家・分家だったら同じ家系としてのアイデンティから同じ家紋、或いはそれに○や流れを加えるくらいですよね。    ○私の家の地域での旧家の本家分家は全く違う家紋にしておりまして、どういうことだろうと思って質問させていただきました。  菊水なんて、もう60年も前の床屋の散髪椅子の足置きにありまして、いいのかなぁなんて思いました。  有り難う御座いました。

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