解決済みの質問
こんにちは。
筑前・筑後・肥前・肥後・豊前・豊後・日向・大隈・薩摩
これら九つの国を総称して「九州」と呼びます(辞書などで「九州」を引いてみてもそう説明されていると思います)。
元々あの島自体は「筑紫島(洲)」などと呼ばれていたようですが、奈良時代に大隈が日向から分離して以降ずっと九つの国で構成されていたので島自体も次第に「九州」と呼ばれるようになっていったのだと思います。
律令制の行政区分では壱岐・対馬の二島を含めて「西海道」でしたし、鎮西府(太宰府)が置かれていたことから「鎮西」などとも呼ばれていましたから、島自体が「九州」と呼ばれるようになったのは比較的新しいことかもしれません(鎌倉幕府が置いた「鎮西探題」に倣ったものが室町幕府では「九州探題」と呼ばれているので、少なくともこの頃にはその呼び方が定着していたのではないかと思います。勿論言い方としてはもっと古くからあったでしょうが)。
現在では広い意味で「沖縄」を含むこともあるようですが、「琉球」はずっと「外国」でしたので、九州の延長線上にそれが含まれると意識され出したのは薩摩藩の琉球出兵以後ではないかと思います。
投稿日時 - 2007-06-30 18:56:35
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ベストアンサー以外の回答(3件中 1~3件目)
こんなものを見つけました。時代は随分さかのぼるようです。私が説明するより、ご自分で読んでみてください。
http://www001.upp.so-net.ne.jp/yasuaki/misc/cult/cultc6.htm
参考URL:http://www001.upp.so-net.ne.jp/yasuaki/misc/cult/cultc6.htm
投稿日時 - 2007-07-18 19:46:14
「日向」を忘れております。基本的に琉球(現・沖縄)は考えませんけど?
◆http://www3.coara.or.jp/~tatsu/siyou/2004nen/1-8.html◆
投稿日時 - 2007-06-30 12:38:39