解決済みの質問
企業の目的は利潤の追求と言いますよね。
そして、それを大上段に掲げて堂々と発言する経営者もいます。
違法でなければ「利潤の追求のため」で許される現状。
本当に利潤の追求が目的でいいんでしょうか。
一昔前の日本の資本主義は「利潤の追求」よりも
社会貢献、労働者の生活、他の会社との共存共栄
などの価値観で成り立っていたような気もします。
みなさんどう思いますか?
ちなみに企業の目的は利潤の追求とは
暗黙のうちに「正しいこと」と思われていますが
本当に正しいのでしょうか。
お互いに利潤を追求し、切磋琢磨することで
社会が発展すると言う視点は
社会がより良くなるとは必ずしも一致しないような気がします。
投稿日時 - 2011-12-15 23:30:29
> 企業の目的は利潤の追求と言いますよね。
これは明らかに間違いです。そういう企業があるというのと、企業全体が必ずそういう目的だというのは、まったく違う命題です。人の生きる目的は食べることだ、と言っているのに近い。
企業が約束を守る相手はいくつかあります。経営陣、従業員、株主、購買相手、債務相手、顧客 です。それに加えて地域社会を挙げる企業も増えています。
企業の一部、株式市場に上場している企業の多くで、株主をクローズアップする経営者が一時、増えました。日本ではこの企業文化はもともと存在せず、資金を得る手段としての銀行が機能しなくなったバブル崩壊後以降、資金調達を社債、増資にシフトした結果、株主利益を最大化する経営がもてはやされた結果です。そういう経営者や経営陣は、出身や信仰している経営理論がほぼ同じなので、ご質問者さんが調べられた方が面白いと思いますよ。ここ数年、その出身者、経営理論の破綻に関する記事がビジネス書の流行りですし。
でも、もともと日本の企業の多くは、企業の存在意義自身に別のものを挙げている企業がとても多いです。こういうのを収集したサイトや本もあるので見ると面白いですよ。
俗にいう松下イズムは、先に挙げた中で、顧客最優先、従業員、購買相手(ナショナルショップなどの小売店)を大切にした経営をしています。その松下の経営目的は、
http://panasonic.co.jp/rekishikan/tokubetsuten/2008/cnr03/cnr03_01.html
としています。
企業の目的のひとつは、永続性 とする人もいますが、これも間違い。一定の社会的役割を終えて解散する企業も存在します。
企業はそれぞれ目的を各々が持っていて、その手段として拡大が必要な場合に、利益の追求が大切な手段になります。拡大再生産による自社の市場の拡大が必要だからですね。Appleというかジョブズがこの商品で世界中の人の生活を革新したい、というのを目的にした場合、その企業は世界市場を制覇する規模が必要になりますからね。
逆に、この商品を末永く地元の人に提供し、生活に役立ててほしい、と考える企業もあります。そういう企業は「老舗」と呼ばれます。末永く、が目的に含まれる場合、生き残ることが最優先になります。利益の最大化にはリスクを伴うことも多いので、多くの場合、利益の追求ではなく、無借金経営や利益の社内留保などの安全志向になります。老舗を目指すのは街中の小さな企業だけでなく、意外かもしれませんがバブル期のトヨタはこの志向を持っています。
私の勤めている会社は、世界で一番、ファンの多い会社になる というのを目的にしています。これが手段ではなく目的の会社って面白くありません? 企業じゃなく、中高生なら似たことを人生の目的にするような人が日本中にいる気がしませんか?
投稿日時 - 2011-12-16 07:04:19
お礼
なにか希望を与えてくれる回答、ありがとうございます。
株主至上主義は短期的な利益ばかりを求めてしまい
中長期的な戦略にのっとった企業運営が出来ないという
ことは聞いたことがありましたが、最近は行き詰まり始めているんですね。
また、企業の目的の多様性についても目立たないだけで
色々な考えが実際に存在しているということも再認識しました。
>> 企業じゃなく、中高生なら似たことを人生の目的にするような人が
>>日本中にいる気がしませんか?
私は社会人ですが、確かにそうですよね。
悲しいかな、就職したらその会社の価値観に強制されてしまう人が
多いんですけどね。また、染まれなければダメ社員。
リーダーが優秀であれば良い歯車が回るでしょう。
その逆なら・・・。
「世界で一番、ファンの多い会社になる」
すばらしいスローガンですね。
投稿日時 - 2011-12-16 22:18:59
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法律の範囲内で利益を出しているのであれば、“概ね正しい”といえます。
利益は仕入れて、売らないと出ませんし、家賃や給料を払わないと企業そのものが維持できません。
継続的に利益を上げようとしたら、利益関係者との良好な関係も大事です。
また企業が利益を出したときに払う法人税は国の重要な税収で、この税収が国を通じて社会に貢献をしていることになります。
むしろ利益が出ないとなると、企業の損失は個人と桁違いで、連鎖倒産の引き金になったり、給料の未払いにつながります。
企業が善行をすると利益につながることが多いです。
逆説的に利益が出れば善行かと言われれば、難しいところですが、でも大体は正しいことです。
投稿日時 - 2011-12-16 10:32:54
お礼
>>企業が善行をすると利益につながることが多いです。
そうであることを願いたいです。
正直者が馬鹿をみる世の中は好きではないですから。
昔は地元の名士がほとんど全ての私財を寄付したりといったことも
聞いたことがあります。
私の地元にはその人の個人名がついている地区があります。
最近は私財を投じて街のためにって人も少なくなったような
気がして残念です。
投稿日時 - 2011-12-16 21:33:09
おっしゃる通りだと思います。
欧米人というか、中国人もそうですが、彼らの
人生の目的、というのは、金儲けをして贅沢
することなんですな。
昔、東芝の社長であった土光さんが、粗末な食事
しか食べず、目刺しの土光と言われていたことが
あったのですが、ああいう経営者てのは、理解できない
そうです。
ハーバードビジネススクールでも、想定外で、こういう
経営者にはどう対処してよいか解らなかった、
という話を聞きました。
蛇足ですが、中国では、贅沢する為に汚職をするのですが、
日本人は、金を周りに配って、己の権力を強く
することに使います。
私は企業てのは従業員を幸せにするモノだと
考えています。
その手段として利潤を図るのだ。
企業がボランテアなどする必要は無いと思っています。
企業は、本来の仕事をするだけで、社会に必要とされる
モノを供給し、税金を払いなどして、充分社会に貢献しています。
企業が考えるべきは従業員の生活です。
これの典型が同族会社です。
同族会社てのは、一見すると一族が会社を私物化して
良いようにやっている、というようにも見えますが、
多くの同族会社は、業績はしっかりしているし、
従業員を大切にしています。
投稿日時 - 2011-12-16 07:44:34
お礼
土光さんの話、初めて知りましたが
日本人として誇らしいですね。
贅沢をする力はあるのに、あえてそれをおこなわない、
畏敬の念を感じざるを得ません。
同族会社のところにヒントを感じました。
現代の会社の多くは労働者は使い捨て感覚。
年功序列、終身雇用があって初めて労働者も
自ら自己犠牲をしてでも会社に貢献しようと感じると思います。
投稿日時 - 2011-12-16 21:54:17
>本当に利潤の追求が目的でいいんでしょうか。
>一昔前の日本の資本主義は「利潤の追求」よりも
>社会貢献、労働者の生活、他の会社との共存共栄などの価値観で成り立っていたような気もします。
その三つ、仰せのとおりです。
1991年バブル崩壊まで約30年間、企業の社会的責任の主要項目として、周知されていました。
残念ながら昨今は、ほぼ全く忘れ去られている項目でもあります。
原因はいろいろ考えられますが、一口で言うと、企業が社会的責任をきちんと果たす能力が乏しくなってきたことに尽きます。
円高、価格破壊、デフレ、国民の年収が目減りして購買力が低下、などで、企業が疲弊。
幸い、進取の精神の企業、開発型の企業、は、社会貢献と労働者生活堅持の二つは、両立させていますね。
例えば、ソフトバンク、マツダ、シャープ、アイオーデータ、アップル、世界的に有名な中小企業の岡野工業。
利潤というものは、そもそもは、不純な性格を帯びています。利潤が発生するというのは、等価では無いからです。
大昔の物々交換の時代は等価交換でしたので、利潤の概念は無かったわけです。すっきり等価。
ところが貨幣が発明され、欧州の大航海時代に、貿易商人が利潤を目指すようになり、
のちに資本論のマルクスが、利潤と拡大再生産による増殖のメカニズムを提唱し、
資本主義経済というものが世界に認知され、民間企業は資本主義をかざすようになりました。
ただし企業の運営や管理のバックボーンは、近代経済学に基づいていますが。
(例えばケインズの需要供給価格理論や有効需要論、シュンペーターの企業変革イノベーション理論など)。
>本当に利潤の追求が目的でいいんでしょうか。
カネの面での目的は最適利潤の追求となりますが、企業体の存在目的は社会的責任の完遂ということになります。
ちなみに、利潤は、以下の場面で必要かつ不可欠になります。
設備投資、業容拡大、自己資本増強、株主配当や役員賞与の支払い。
なお、極大利潤を目指すと、随所で問題が発生します。
企業実力と利潤必要性、この二つにマッチした、すなわち最適利潤を目指すのが良質の企業であり、
そういう企業は、企業の社会的責任も果たせるようになるわけです。
投稿日時 - 2011-12-16 07:17:53
お礼
>>原因はいろいろ考えられますが、一口で言うと、企業が社会的責任を
>>きちんと果たす能力が乏しくなってきたことに尽きます。
>>円高、価格破壊、デフレ、国民の年収が目減りして購買力が低下、
>>などで、企業が疲弊
やっぱり昔のシステムを維持する体力が無くなってきたということですかね。
一昔前は一億総中流と言っていた時代がありました。
現在は大企業を中心に経営陣は所得が増え、あるいは大企業の正社員は
高待遇で、しかしそれは非正規労働者や下請け孫請けから搾取した結果の
利潤のような気もします。
物価の上昇を考慮した上で、会社の利潤、経営者の給料、株主の配当、労働者の給料の総額は減ったのでしょうか。一度考えてみたいなと感じました。
>>利潤というものは、そもそもは、不純な性格を帯びています。利潤が
>>発生するというのは、等価では無いからです
今まで気付かなかった視点です。
製造や調達に必要なコストで物を売るのではなくて、
+αを乗っけて売る、当たり前に思っていましたが言われてみると
不純ですね(笑)
投稿日時 - 2011-12-16 22:08:09
企業の本質(≒目的)が「利潤の追求」であることは間違いありません。
なぜなら、企業の別の本質はゴーイングコンサーン(永続企業体)であり、
永久的に存在しなければならないからです。
もし利益を獲得できずに企業が潰れたら、
迷惑を被るのは多くのステークホルダー(株主や労働者などの利害関係者)です。
ただし、「利潤の追求」とは、
「最適利潤の追求」であって「極大利潤の追求」であってはなりません。(ここが重要です。)
確かに伝統的な利潤概念では「極大利潤の追求(つまりは金儲け)」が提唱されていましたが、
ドラッカーの提唱により、今では「最適利潤の追求」が求められています。
ちなみに、「最適利潤」とは「事業の存続と繁栄に必要な最少限度の利益」のことです。
tourisuga様のおっしゃる通り、
社会や労働者(つまりはステークホルダー)との利益バランスを考えれば、
おのずと「最適利潤の追求」になります。
言い換えると、「極大利潤の追求」をしている経営者というのは、
「周り(ステークホルダー)のことを考えていない自分勝手なやつ」です。
企業の本質として、社会システムの一機関であること(つまりは社会の役に立つこと)も
求めらていますから、そのような「自分勝手なやつ」は社会から必要とされていません。
しかし、このような企業の本質(上記に3つ挙げています)を見失われている
企業経営者があまりに多いと感じています。
少し前ではライブドア、今度は大王製紙にオリンパス。「自分勝手なやつ」が多すぎます。
投稿日時 - 2011-12-16 03:33:59
お礼
「最適利潤の追求」と「極大利潤の追求」
この2つの概念は初めて知りました。
極大利潤の追求は自分の金銭欲に忠実に動けばいいでしょうけど
最適利潤の追求になると経営者としての倫理観が必要になりますね。
水は低いほうに流れてしまうのでしょうか・・・
ただ、利潤の追求と言っても経営学としての考え方は一つでは無いと言うことは勉強になりました。
投稿日時 - 2011-12-16 21:39:59