解決済みの質問
人間の価値は何が好きかで決まる
いかに秀才であっても女性のスカートの中を覗くのが好きであれば不幸な人生を送ることになる。人の首を絞めて殺す時に無上の喜びを感じるということであれば絞首刑が待っている。
頭がとくべつ良くなくても美男子でなくても額に汗して働くのが大好きであれば幸せな人生を送ることになる。人に便宜を与え、人を喜ばせることが大好きであれば人間関係において満ち足りた人生を送ることになろう。
つまり人間として大切なことは頭の良さや美醜などよりも「何を好きか」ということではないかと思う。これについてご意見ください。
投稿日時 - 2010-07-17 11:48:47
そもそも、「価値」とは主観的なものですから、そういう価値観があってもおかしくはないのかもしれません。
しかし、一般的にはご質問のタイトルのような考え方はマイナーだと思われます。
何が好きかというのは、その人の生活を左右することはあっても、その人の価値に直接関係するものではありません。
人間として大切なことは、私は次のようなことだと考えます。
・目標を持ち、それに向かって努力する。
・犯罪を犯さないのはもちろん、他人に迷惑をかけない。(ルールやマナーを守る)
・家族や他人、動物、植物、自然などを愛すること。
・常に感謝の気持ちを忘れないこと。
・いろいろなものに興味を持ったり、挑戦したりすること。
投稿日時 - 2010-07-17 20:29:03
お礼
>何が好きかというのは、その人の生活を左右することはあっても、その人の価値に直接関係するものではありません。
そうですね。価値はちょっと適切でないような気がしてきました。その人の生活を左右するが正しいと思います。ご回答ありがとうございました。
投稿日時 - 2010-07-18 05:30:36
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ベストアンサー以外の回答(12件中 1~5件目)
その通りだね。
何をどれだけ好きになれるかで、その人の人生は決まる。
好きなものに出会えて、そしてそれが人の喜ぶことであれば尚素晴らしい。
投稿日時 - 2010-07-17 23:50:54
お礼
>好きなものに出会えて、そしてそれが人の喜ぶことであれば尚素晴らしい。
ご賛同ありがとうございます。自分の好きなことを職業にしてそれを究めている人なんて素晴らしいですね。いくつか例を挙げてみましょう。
1.こどものころ野球にはまり、甲子園で活躍しプロ野球で活躍しさらに監督で活躍している人。その他スポーツ選手、音楽家、画家、俳優等など。
2.こどもの頃からお嫁さんになりたくて、良い人と巡り合い、素晴らしい奥さんとなり楽しい家庭を築いた女性。
3.子供のころからお金儲けが好きで商売の道に進み自分の事業を興し次々と事業を拡大し、さらに世の中に貢献している人。
悪い方もいろいろあります。盗むのが好きな人、暴力を振るうのが好きな人、嘘をつくのが好きな人、変態行為を好む人、博打と酒が好きで尚且つ働くのが嫌な人、嗚呼。
投稿日時 - 2010-07-18 05:43:14
凄い極論なので極論を考えてしまいました。(笑)
>いかに秀才であっても女性のスカートの中を覗くのが好きであれば不幸な人生を送ることになる。
女性のスカートを覗くのが好きな男性は私(秀才でもありません。)も含め、世間には多くいます。
その中でそれが原因で不幸になっている方は稀でしょう。
(小学生の時にスカートめくりをしたことある男性が、全員不幸になっていたら大変です。)
また、ネットの世界では自分の配偶者がスカートをはいて階段を上る様を、毎朝アップして凄いアクセス数を得て、金儲けにまで成功した方もいます。
アクセスした方、稼いだ方、誰も不幸になっていないようです。
先般、やりすぎで逮捕された某有名カメラマンもWPBのインタビューの中で「『覗きたい』という男の欲望を満たすのが私の作品」と言っています。
この方などは高名と収入を得て、不幸には見えません。(極論(笑))
>人の首を絞めて殺す時に無上の喜びを感じるということであれば絞首刑が待っている。
感じるが実行はせずに頭の中で毎晩のように誰かを殺している方もいます。
それを社会との折り合いを上手くつけて猟奇SM作家として大成される方もいますし(極論(笑))、勝目梓氏や西村寿行氏の名作を読む事でバーチャル体験して満足されている方もいるでしょう。
要は「何を好き」ではなく「好きなものとどう付き合うか」という能力によって不幸にも幸福にもなりうる話で一概に不幸とは言えないでしょう。
山中で大麻を栽培して逮捕された大学生、禁漁区域で密漁して実刑を受けた漁師、密入国してまで日本で肉体労働に就きたかったのに渡航費の借金だけ全額背負って強制送還させられた中国の方々、皆、額に汗して働くことは好きだったと思います。(極論(笑))
投稿日時 - 2010-07-17 19:40:49
お礼
>要は「何を好き」ではなく「好きなものとどう付き合うか」という能力によって不幸にも幸福にもなりうる話で一概に不幸とは言えないでしょう。
この説は心理学の講義で習いました。人を切り刻みたい欲望を持つ奴は外科医になれ。嘘をつきたい奴は政治家になれ。これは昇華と呼ばれているようです。ご回答ありがとうございました。
投稿日時 - 2010-07-18 05:17:01
実は回答を持たずに書き込んでおりまして、それをまずお詫びします。
しかしご質問を読んで、反射的に思い出したことがあり、アンケートと言うことでお邪魔させていただきました。
以前、ある重度の自閉症のお子さんとかかわったことがありました。
エンジン音が大好きで、お母さんはそのためにサーキットへ連れて行ってあげていました。
学校でもスピーカーに耳をよせ、笑顔で手を叩いて喜ぶのですが、彼の興味がないものにはとんと無関心です。
教師たちはいかに彼の世界を広げるか苦心して、さまざまなアプローチをしたのですが、時折口にされる疑問がありました。
「彼はこのままで幸せなのではないか」
「彼にとって、心を閉ざしてしまう働きかけは、苦痛でしかないのではないか」
より広い世界を知り、自由に動ける範囲が広がることは、幸せにつながると考えていますが、修行の足りないわが身には、このような疑問が時々訪れます。
自閉とよばれ、自分の好きなことの中から出ようとせず、人間関係を苦手とし、人間関係に満ち足りた人生を見出さない人たちがいます。
思想と行動を第1段階、第2段階とカテゴライズするならば、彼らはスタート地点にまだ着いていないことになるのでしょうか。
ここでこの疑問の答えを求めようとは思わないのですが、彼らの存在に気づいてほしくて書き込みをさせていただきました。
批判の気持ちはなく、ご質問、なるほどとうなづいて読みました。
と、同時に彼の姿がうかびました。
答えのないまま、長々と失礼いたしました。
投稿日時 - 2010-07-17 16:09:11
お礼
うーん、自閉症ですか。私の幼友達で一人大学生のときに自閉症になった人がいます。ただ、そのような話を聞いただけで実際に身近に症状を見たわけではありませんので十分な知識がなくお答えできないです。しかしながら自閉症の場合は普通の人と変わらない面も多いそうなので人生を楽しむことは可能ですよね。自分の身近にそういう人がいる・いないで関心度が全然違ってくるのだろうと思います。ご回答ありがとうございました。
投稿日時 - 2010-07-17 16:36:40
“好きこそものの上手なれ”という諺がありますね。
好きであれば自然とそれに熱中して、苦労も苦と感じずに段々と上達していく、というような意味です。
それによって何らかの価値を見出すことになるんだと思いますが、その価値が自分にとっても人にとっても「価値があるもの」と認められて、初めて人の価値に結びつく解釈ができると思います。
人の価値はそれがすべてではないですが、一側面と考えてもいいかも知れません。
投稿日時 - 2010-07-17 15:49:14
お礼
>その価値が自分にとっても人にとっても「価値があるもの」と認められて、初めて人の価値に結びつく解釈ができると思います。
そうですね。上手くなってもあまり価値のないものもあれば素晴らしい価値のあるものもあります。だからどういうものを好きになるかは大事だと思います。スポーツだって飯が食えるスポーツもあればオリンピックに出るほど頑張っても得たのは「名誉だけ」なんてスポーツもありますし、国際競技の中にいれてもらえないマイナースポーツもあります。
私は趣味で川柳をやるんですが、川柳で飯を食っている人はほぼいないそうです。同じ五七五でも俳句なら若干名の先生が飯を食えているようです。ご回答ありがとうございました。
投稿日時 - 2010-07-17 16:25:15