解決済みの質問
主な用途は火薬だと思います。
2007年放送の通信高校生の為のNHK高校講座「日本史 第14回 室町幕府と東アジア」の中で勘合貿易の主要な輸出品で、「硫黄(火薬の材料)」とされています。
また、大阪大学の桃木至朗教授は「ユーラシア規模の交流と破局」という文章の中で、「東アジアを制圧した火砲部隊の火薬の硫黄の輸入の為に明は貿易した」と述べています。
明の国は戦争の絶えない国でした。
日明貿易(勘合貿易)が始まったのは永楽帝の時代ですが、永楽帝は、北方のタタールを叩く為に自ら軍を率いた親征を3回、同じくオイラートを叩く為に親征を2回行っています。この親征以外にも他国へ遠征軍を送ったり、国内で反乱が起こり、これを鎮圧したり、当時、暴れていた倭寇との戦いなど、数多くの戦いがありました。
こうした戦いは永楽帝以後の明朝の時代にも数多くありました。
そして明軍はこうした戦いに火器を多数使用していました。色々な小銃や大砲が作られ使用されたと言われ、また戦争における必要性から火器も発展したと言われています。
なお永楽帝の時代に「神機営」という火砲部隊が作られていますが、これは一説によると世界で初めて編成された独立した砲兵部隊だという事です。
また、中国の軍において火器が大量配備され始めたのは、この明の時代からだという説もあります。
こうした火器を使用する為に当然、火薬は大量に必要になりますし、その原料として硫黄も大量に必要だったでしょう。
日朝貿易における硫黄の用途も火薬の為だと思います。
朝鮮(李朝)の前の時代、高麗の時代より倭寇が猛威を振るい、これに対処する為に高麗(後の李朝の時代にも)は多数の火器を必要としました。当然、火薬も大量にいる訳ですが、自国ではなかなか必要な量を確保する事ができず、1373年に明に使者を送り、火薬の援助を要請しています。明はこれに応え、硫黄10万斤他、火薬の材料を提供しています。
以後、日本との貿易においても火薬の為に硫黄を輸入したとの事です。
ただ、明は火薬以外の用途にも日本の硫黄を使ったのかもしれません。顔料(着色に用いる粉末)の「朱」の製法(硫黄と水銀を人工的に変化させて作る方法)が室町末期に明から日本に伝わっています。
投稿日時 - 2008-05-29 02:05:08
お礼
なるほど火薬ですか。
>なお永楽帝の時代に「神機営」という火砲部隊が作られていますが、これは一説によると世界で初めて編成された独立した砲兵部隊だという事です
これは初耳で、とても勉強になりました!
分かりやすい回答ありがとうございます!!
投稿日時 - 2008-06-01 20:46:17
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ベストアンサー以外の回答(1件中 1~1件目)
>硫黄はいったい当時、
明において硫黄の主な用途なんだったのでしょうか?
何だかよく分からない日本語ですが、こういう意味でしょうか。
「日明貿易が行われた当時の明において、
硫黄の主な用途は一体何だったのでしょうか」
残念ながらこの方面に詳しくないので分かりません。
推測ですが、日本から輸出されたのは、
精錬されていない硫黄の原石だったのではないでしょうか。
これを燃やすと、ほんのちょっとだけ、純粋な硫黄が残る、
と聞いたことがあります。
ただしその際、二酸化硫黄が大量に発生し、
今なら確実に公害問題になってしまいます。
(詳しい方、ご訂正下さい)
日明貿易では、
日本から何万トンという硫黄が輸出されていたそうですが、
実際に使われたのはほんの一部だったのではないでしょうか。
投稿日時 - 2008-05-28 15:01:21
お礼
しっかり質問文を読み返さずに投稿してしまい、つたない質問文にも関わらず、質問に答えようとしてくれる姿勢が文から伝わってきました。ありがとうございました!
投稿日時 - 2008-06-01 20:44:27