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真理

hakobuluの回答

  • hakobulu
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回答No.8

真理とは、普遍的に変化しないことが必要十分条件ではないかと思います。 「人間には酸素が必要である」というのは真理と言って良いでしょうが、これは「>もし知っているなら、知る必要もない。」という場合に当てはまることになるのでしょうし、それはそれで別に問題はないでしょう。 一方の 「>まったく知らなければ、知ろうとしない。」というのはどうでしょうか。 「真理は知りえるか」という疑問が発せられる場合、未だ知り得ていない真理を指すことになりますから、 「ある事柄に関連して普遍的に変化しない法則があるはずだ」という推測(仮定)を前提にした疑問と考えることができるように思います。 「>真理について語ろうとする」ことは、この推測を証明しようとする(または、この推測が誤りであることを証明する)試みに他ならないわけです。 この試みによって真理が解き明かされることもあるわけですし、 【真理そのものを全く知らないからといって「>知ろうとしない」】という論理自体に誤謬があるような気がします。 もしも真理があるのであれば(可能性として)知り得る、というのが正しい結論でしょう。 ただ、 「まったく知らなければ、知ろうとしない。」というのが、 「真理があるかどうかという認識を持つ(疑問を持つ)という事に関してまったく知らなければ、知ろうとしない。」 という意味であれば論理的と言えるでしょう。 しかし、その場合「知り得ない」のは当然であって、 「>真理は知りえるのでしょうか」という問い自体に意味が無いことになると思います。

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