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回答(1件中 1~1件目)
峰先生は去年の暮れに相模原でお亡くなりになられ、とても残念です。ところで峰先生は後書きで一番強いと思う剣豪は武蔵である、とお書きになっています。しかし小野道場は柳生道場とことなりお止め流でもなかった。いつでも受けて立つ道場破り歓迎の気風があったのです。なのに武蔵でさえ小野道場へ行ったという形跡が無い。だから小説の中で小野忠明が強いことにしているのでしょう。
ただ武蔵の剣豪伝も弟子によって誇張されている話が多く、吉岡一門と試合をしたことさえ正確ではないし、一条下り松の決闘なんてなかったのです。その点小野忠明は将軍家指南役であったことも事実であるし、秀忠の家来の中でも7本槍に数えられるくらいの剣豪だったのです。
また小野忠明の教えた剣術は小野派一刀流として幕末まで残っていることを考えても、忠明が只者ではないことはわかると思います。
投稿日時 - 2002-01-30 21:35:11
お礼
大変ありがとうございました 私の周辺では歴史のことについて、話したりする人がいなくて、大変嬉かったです。 又、なにかあったら教えてください
投稿日時 - 2002-01-31 18:06:57