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精神と肉体のアンバランスさに苦しんでいます

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お礼率 56% (25/44)

肉体はどうしょうもなく存在してしまうのに精神は何故こんなに存在して無い物なのだろう・・・と、いつも考えていますが答えらしい答えが出ません。
精神とは何なのか、肉体とは何なのか、
肉体の死=精神の死 と単純にイコール化して良いものなのか。お知恵を貸していただけると嬉しいです。
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回答 (全44件)

  • 回答No.15
レベル12

ベストアンサー率 31% (83/264)

あなたの質問文の「存在して」「無い」「物」という日本語の意味がよくわからないのですが‥‥。 肉体と精神ということについて、私の考えを以下に記します。 肉体は、存在するかどうか不確かなものです。有史以来、世界に一人として「ここに肉体が存在する」ことを証明できた人はいません。 精神は、確実に存在します。 精神とは意識です。意識とは物理現象です。元素と元素の反応です。パソコンで言えば、電気信号の ...続きを読む
あなたの質問文の「存在して」「無い」「物」という日本語の意味がよくわからないのですが‥‥。
肉体と精神ということについて、私の考えを以下に記します。

肉体は、存在するかどうか不確かなものです。有史以来、世界に一人として「ここに肉体が存在する」ことを証明できた人はいません。

精神は、確実に存在します。
精神とは意識です。意識とは物理現象です。元素と元素の反応です。パソコンで言えば、電気信号の流れです。

だから私なら、ereignisさんの回答の中にある「『精神はどうしょうもなく存在してしまうのに肉体は何故こんなに』あるかないかわからないものなんだろう」と考える人です。
補足コメント
714020

お礼率 56% (25/44)

自分日本語得意でないので・・・すいません。
beat118さんの良いように解釈していただいて結構です。
それにこちらが質問させていただいているので、質問されましても答えに困ってしまいます。質問の意味を汲んで頂ける方にだけ答えていただきたい。

ではbeat118さんは精神は有るけど肉体は無いとお考えですか?
肉体の死=精神の死の単純化についてはどうお考えでしょう?是非教えて頂きたいです。
投稿日時 - 2001-12-24 23:45:07
お礼コメント
714020

お礼率 56% (25/44)

お考え有難うゴザイました
投稿日時 - 2001-12-24 23:34:30
  • 回答No.14
レベル11

ベストアンサー率 17% (31/182)

>精神と肉体の定義は解りましたが、どうも精神とは何なのかが良く解りません、 僕の勝手な解釈の語彙による長文を読ませてしまい、ご苦労をかけて申し訳ないです。  精神とは、人間の言葉で理解する事は出来ません。もし出来たとするなら、それは嘘です。概念によるイメージに過ぎません。科学は、外部由来の概念です。精神は外部に由来していません。あなたに由来しています。 タマゴのようなものを考えてください。 タマゴ ...続きを読む
>精神と肉体の定義は解りましたが、どうも精神とは何なのかが良く解りません、
僕の勝手な解釈の語彙による長文を読ませてしまい、ご苦労をかけて申し訳ないです。
 精神とは、人間の言葉で理解する事は出来ません。もし出来たとするなら、それは嘘です。概念によるイメージに過ぎません。科学は、外部由来の概念です。精神は外部に由来していません。あなたに由来しています。
タマゴのようなものを考えてください。
タマゴの真髄はひよこです。殻があって、白身があって、黄身があります。
概念は、殻です。殻がなければふよふよした白身には形はないので、白身の形は?ときかれても答えれません。殻は、外部に対してありえます。形作られた精神は、黄身を守り、そしてついに、ひよこのもとになるのは、胚です。タマゴの成分に列挙されない小さい胚がひよこになります。つまり、胚があなたの本質で、未だ実現していません。精神はどれでしょうか?白身ですか?黄身は体かな?なんか訳わかんないことになってすみません(泣
へたくそな例ほどくだらないものはないですね(TT)
 
お礼コメント
714020

お礼率 56% (25/44)

すいません、有難うございました。
投稿日時 - 2001-12-25 00:04:20
  • 回答No.13
レベル8

ベストアンサー率 57% (11/19)

人間を肉体と精神に分ける考え方のことを一般に心身二元論といいますが、これは近代に生まれた考え方です。これは、世界は物質界と精神界の二つに分かれるという考え方を人間に適用したものです。 それまでは、世界は物質界・心魂界・精神界の3つに分かれると考えられていました。この3つうち、人間は肉体を持った生き物として動物などと同様に物質的な生き物だが、心をもつことで心魂界におり、さらに様々な経験から世界を知り洞 ...続きを読む
人間を肉体と精神に分ける考え方のことを一般に心身二元論といいますが、これは近代に生まれた考え方です。これは、世界は物質界と精神界の二つに分かれるという考え方を人間に適用したものです。

それまでは、世界は物質界・心魂界・精神界の3つに分かれると考えられていました。この3つうち、人間は肉体を持った生き物として動物などと同様に物質的な生き物だが、心をもつことで心魂界におり、さらに様々な経験から世界を知り洞察を得ることで、世界の理法・摂理・真髄(これが本当の精神)に到達することを目ざす存在だということになっていました。

一般に、人間を肉体と精神の合成物だと思われていますがそれはここ数百年ほどに生み出された相対的な考えです。

その上で言うのですが、「肉体はどうしょうもなく存在してしまうのに精神は何故こんなに存在して無い物なのだろう」という設問ですね。

確かに肉体は、物理的に、現前に、可視的に存在します。しかし常に一定ではありませんね。もともと小さかった赤ちゃんでも成長して大人になりますし、どんなに綺麗な女性でも年齢とともに肌にハリはなくなり、魅力はどんどん減ってしまいます。

逆に、心は移り変わりがはげしく、目にも見えず、失恋でもすれば冷静な判断力はなくなり、歳をとれば記憶力はなくなってしまいます。しかし、芸術作品からうけた感動はいつまでものこりますし、「三つ子の魂百まで」というように一度理解したことは死ぬまで身についていたりしますし、例えば三角形という概念は何千年もかわらずに三角形という図形のカタチを保持しています。

人によっては、「精神はどうしょうもなく存在してしまうのに肉体は何故こんなに存在して無い物なのだろう」という逆の疑問を持つ人もいるくらいです。実を言うと、肉体にしても心にしてもどちらにしろ普遍・不変ではないですし、しかしだからといって存在していないとはいえません。普遍的で恒常的なものこそ真に存在するものであるという考え方は、間違いとは言いませんが、絶対のものではありません(おそらくプラトンがその源流)。

そもそも、人間は肉体と精神の合体物なのでしょうか。あなたの心はあなたの身体に「宿っている」のでしょうか。肉体のない心なんてあるでしょうか。逆に、心のない肉体はあるでしょうか。死体には心はありません。しかしそのとき、死体は果たして人間でしょうか。また、肉体を離れて心は存在しません。歯が痛ければ、憂鬱になりますし、逆に気分が優れなければスポーツをやってもうまくいかないでしょう。身体と心は連動しつつ、それぞれ成長し、衰退し、そして死んでいきます。

人間は肉体と精神の合体物ではなく、人間は肉体的であると同時に心的でもあるのではないでしょうか。もし人間の本質をその精神的・理性的存在であることにおくとしても、その精神・理性は肉体的に存在しています。

確かに身体と心はアンパランスです。しかし独立しているわけではないですね。だから、身体を鍛えることで精神力がつく場合がありますし、逆に心があやふやだと身体にも変調をきたします。両方を鍛えるのが理想ではありますが。

さて「肉体の死=精神の死」かどうかですが、多分「肉体の死⇒その人の死⇒精神の死」というのが、存在論的にはいえると思います。

これでお悩みの答えになっているかどうか、私にも心許ないので、最後に、二人の先人を紹介します。一人は宮沢賢治です。「月天子」という詩にこんなフレーズがあります。

(前略)
もしそれ人とは人のからだのことであると/さういふならば誤りであるやうに
さりとて人は/からだと心であるといふならばこれも誤りであるやうに
さりとて人は心であるといふならば/また誤りであるやうに
(後略)

もう一人は、ドイツの哲学者ハイデガーという人です。主著『存在と時間』という大部な本があり、実存主義の古典とされていますが、これは存在とはなにかという問題を人間の有り方を分析することで思索したものです。特に、人間の死の意味を考察している部分は圧巻です。難しいので、木田元という日本人がたくさんの入門書を書いているのでそちらを当たるといいでしょう。
補足コメント
714020

お礼率 56% (25/44)

肉体や精神は変幻する、だから存在しないのですか?

あと、「肉体の死⇒その人の死⇒精神の死」との事でしたが、ereignisさんのお考えでは人間の死=精神の死とイコール化が出来るとお考えですか?

デカルトの説を引用されましたが、では、手を動かしたいと思った時に手が動くのは何故でしょう?
自分は頭を使うのが得意でないので解りやすく説明していただきたいです。申し訳ないです・・・・
投稿日時 - 2001-12-24 23:34:43
お礼コメント
714020

お礼率 56% (25/44)

推薦していただいた御本、早速探してみたいと思います。有難うございました。
投稿日時 - 2001-12-24 23:32:22
  • 回答No.12
レベル11

ベストアンサー率 9% (31/325)

 精神の稀薄さ・・・、ということに対してです。  かつては、「我思う、ゆえに我あり」と心、主体の考えがありましたが、普段、生活していて、自分を意識して行動することは少ないかと存じますし、意識していると、行動が芝居じみて虚構のように感じられます。  本来は、自分という「我」は存在しないとするのがいいのでしょう。まわり(縁)によって動かされているとするほうが、いいのではないでしょうか?  我にとらわれな ...続きを読む
 精神の稀薄さ・・・、ということに対してです。
 かつては、「我思う、ゆえに我あり」と心、主体の考えがありましたが、普段、生活していて、自分を意識して行動することは少ないかと存じますし、意識していると、行動が芝居じみて虚構のように感じられます。
 本来は、自分という「我」は存在しないとするのがいいのでしょう。まわり(縁)によって動かされているとするほうが、いいのではないでしょうか?
 我にとらわれない。とらわれているとすれば、空しいことに気付かれないでしょう。
 私たちの心は時にふれ、折にふれて、ある時は喜び、ある時は悲しみ、怒り、そして安らぐというようにさまざまに変化します。その変化は心だけでなく、顔つきや態度に現れます。なぜ私たちの心がさまざまに変化するのかといいますと、周囲の環境世界(これを縁といいます)に触れることによって、私たちの生命(身心両面 にわたる人間全体の働き)に、本来潜在的に具えている十界三千といわれるさまざまな働きの一部分が瞬間瞬間に反応するからなのです。
 私たちの内なる心と外界を結ぶ窓口が眼耳鼻舌身の五根です。外界の色彩 や物質は眼根を通して心に伝えられます。音は耳根により、香りは鼻、味は舌、冷暖・柔剛などは身体の皮膚感覚によって心に伝達されます。これらの情報を受けた心(意根)は、これを識別 して好悪・喜怒などの反応を生ずるわけです。
 人間は自分の心に適ったり満足した時に幸福を感じますし、反対にきらいなことが続いたり、不快なことが直接我が身にふりかかった時に不幸を感じます。これは人間として本能的なものであり、きわめて当然のことです。
 まだまだ、十分ではありませんが、如何でしょうか?
補足コメント
714020

お礼率 56% (25/44)

ええと、ではodd-artさんは精神は縁だとおっしゃられるのでしょうか?では、精神は我だから存在しない方が良いとのお考えですか?

それと、重ね重ね申し訳有りませんが、あくまでも自我が幸福を感じようが不幸と感じることで救済を求めようがどうでも良いのです。論点は精神の有無で、有ると仮定した後の答えが欲しいのではないのです。精神は有る、だからこうなんだ ではなく 精神はこうだから有ると考えるってところのodd-artさんの考えを請いたいです。適切なアドバイスお願いします。

あとすいません、質問です
十界三千って何ですか?
投稿日時 - 2001-12-24 23:00:18
  • 回答No.16
レベル11

ベストアンサー率 9% (31/325)

 一念三千を知っておられて、十界三千がお分かりになられないのでしょうか?  十界とは、生命が内より実感している十種類の境界のことで、地獄界・餓鬼界・畜生界・修羅界・人界・天界・声聞界・縁覚界・菩薩界・仏界をさします。さまざまな縁に触れて悩んだり喜んだり・・・と、瞬間瞬間、十種の境界のいずれかを感じて生きているのであります。  三千とは、三千という体系で捉えているということで、詳細は省略させて戴きます。 ...続きを読む
 一念三千を知っておられて、十界三千がお分かりになられないのでしょうか?
 十界とは、生命が内より実感している十種類の境界のことで、地獄界・餓鬼界・畜生界・修羅界・人界・天界・声聞界・縁覚界・菩薩界・仏界をさします。さまざまな縁に触れて悩んだり喜んだり・・・と、瞬間瞬間、十種の境界のいずれかを感じて生きているのであります。
 三千とは、三千という体系で捉えているということで、詳細は省略させて戴きます。
 読解されておられないようですが、精神(心法)だけの存在というのは、回答しておりません。
 なかなか納得されないというか、自分の考えを持っているために、ご理解されないように感じられます。
 知らなければ・・・、すべての回答が正論として受け止めれるのでしょうが、そうもいかないようですね。
 「我」という考え方は、外道の我見でありますが、これは間違いであります。
 如何でしょうか?
補足コメント
714020

お礼率 56% (25/44)

すいません、自分の記憶では十界とは一念の中にある一つの体系となっていますので、何故あえて一念でなく十世にされたか気になったのです。十界×十界=百界 それは百であって三千ではありません全てではありません。odd-artさんがおっしゃられたのは「十」・・・百ですらも無いのです。きっと意図したところがおありだと思って「なんですか?」とお聞きした所存ですが、別段意図無くおっしゃられたものならば、申し訳有りませんでした。それに、odd-artさんのおっしゃられる所では「本来は、自分という「我」は存在しないとするのがいいのでしょう。」でしたよね。
だから「では、精神は我だから存在しない方が良いとのお考えですか?」とお聞きしたのに 「「我」という考え方は、外道の我見でありますが、これは間違いであります」とおっしゃれました自分の意見を否定されるのですか?
すぐ意見を変えられるのはどうかと思います、森羅万象=色心不二だとおっしゃられていたのに次にはもう一念十世だとおっしゃられている。自分にはodd-artさんの意図が汲み取れません。そんなことでは折角の説得力も薄れてしまいます。
他人の物を引用しすぎるのもどうかと思います。自分は宗教などの言葉を引用した救済が欲しいのではなく皆さん個人が精神や肉体についてどう思うかをお聞きしたくてここに来ているのです。ある程度自分で考えたし、文献も読み漁った結果、解らなかったからここで皆さん個人はどう思うかをお伺いしてるのでありまして、森羅万象がなんだ幸福がなんだとレクチャーして頂きましても「そうですか」としか言い用が無くて困ります。別に自分の意見なら「俺は魂信じるぜ、だからあると思う」とか、ちょっと螺子の一本飛んだ意見でも大歓迎ですのに。質問しているこちら側が「そうではなくて」と言っているのに「なかなか納得されないというか、自分の考えを持っているために、ご理解されないように感じられます」と言われましても本当に困ります。書き込んでいただけるのは嬉しいですが、中身が伴わない物に「如何でしょうか?」と呼び掛けられましてもこちらとしては返答しかねます。
投稿日時 - 2001-12-25 01:46:50
  • 回答No.17
レベル11

ベストアンサー率 17% (31/182)

>倫理的規範によって言う啓蒙的な意味とは何に対する啓蒙的意味でしょうか?魂は概念で本質は真と虚に分かれるとの事でしたが・・・すいませんそうではなく魂とは何かを解りやすく教えていただきたい  ほんとすみません。僕はあなたと話せてよかったです。長くなるか、短くなるか、抜きにして、一生懸命、何回でも答えます。  まず、倫理規範についてです。 今は、社会を不憫に陥らせないための道具に成り下がっていますが、本 ...続きを読む
>倫理的規範によって言う啓蒙的な意味とは何に対する啓蒙的意味でしょうか?魂は概念で本質は真と虚に分かれるとの事でしたが・・・すいませんそうではなく魂とは何かを解りやすく教えていただきたい
 ほんとすみません。僕はあなたと話せてよかったです。長くなるか、短くなるか、抜きにして、一生懸命、何回でも答えます。
 まず、倫理規範についてです。
今は、社会を不憫に陥らせないための道具に成り下がっていますが、本来は、どう生きるべきか、についての規範でした。つまり、殺人者にも、倫理は味方だったわけです。倫理は多数決の、多数の味方ではありません。啓蒙的意味を、倫理に汲んだ場合、個人の尊重といったところです。それは、社会に対する個人ではなく、個人のための個人です。個人を尊重するとはそういうことです。そこに他者の余地はありません。何故それが啓蒙的なのかというと、それをどんどんどんどん行ったら、「行くトコまで行ってしまい」、「ある」ことになります。少しわかりますか?行く所もすでにして行っているのです。(また、質問からはなれるので、とりあえず止めます。ご指導、ご指摘ありがとうございます。)あなたの質問に近いように近いように答えさせていただきます。以前の回答では、勝手に暴走してしまいました。
>魂とは何か?
あなたと、あなたをあなたたらしめているもの、つまり、あなたの本質と、あなたの間にある「言葉」です。しかし、大事な点は、それは、あなたの使う言葉ではありません。あなたの本質に由来する「言葉」です。自意識(あなたの意識)でもなければ、感情でもありません。肉感でもありません。まだ、解りにくいですね。力不足に付き合っていただき申し訳ないです。
 もう一度やります。結論断言型で試みます。
あなたの本質は、すべてです。すべてであるので、それは語りえないものです。
しかし、すべてからの由来の「言葉」魂は、すべての一部です。だから、あなたは、あなたの世界をすべてとして完結的に捉えることが出来ます。しかし、わかるように、あなたのすべてはあなたのすべてです。すべてのすべてではありません。
そういう意味で、あなたのすべては「すべて」ではありません。このように、魂は機能します。まるでそれは、言葉の働きのようです。それを、それとたらしめるものです。これ以上行くと、魂からはなれてしまうので、止めます。
>本質は真と虚に分かれるとの事でしたが・・・
本質は真です。なぜなら、虚は無数にあり、増えたり減ったり、出たり消えたりします。まるで、僕らの生きる世界(精神も肉体も)のようです。本質と言うのは、それをそれたらしめている者なので、それ以外はありません。本質はすべてです。それ以外はありえません。だから、嘘などないということです。「あれって嘘やったん?」ということになると、あれはなかったことになり、嘘があったことになりはしません。嘘とは、ありはしないものです。人間の言葉に実体はありませんが、魂には「あり」ます。それは真であるからです。何故、それが僕らの目に明らかにならないかというと、僕らの眼や世界は幻のようだからです。しかし、すべてに属さないものはありません。無というものですら、無いのです。なんかわかりやすくなってきましたか?すべてとは密度の高い実体ではありえません。しかし、「あり」です。「あり」のことです。あなたがあるのは、そのような「あり」の一部だからです。これは、実体ではありません。しかし、実体でない事もありません。そのような、「あり」との接点が「魂」でしょうか。 
 
 魂によって本質を見ると、それは嘘から解き放たれます。嘘が真になるのではなく、それが、それになるのです。ないものはなくなり、あったものは、あなたにおいてあるようになります。お返事をまって、又来ます。
補足コメント
714020

お礼率 56% (25/44)

本質=世界で本質の死は世界の死
魂は本質と言葉・・・って事は、肉体の死=精神の死と言える・・・・と言うことですかね?
投稿日時 - 2001-12-25 02:33:27
  • 回答No.21
レベル11

ベストアンサー率 9% (31/325)

 「我」が存在するという考え方は、間違いでいいんじゃないでしょうか?  簡略すれば、肉体と精神は、一体なる故に、別個に考えること自体、矛盾するのであります。  一概に、「我」は精神のことではありません。固有物体を指して、または自分、個我をいうことがあります。  これは、弁明ではなく、とらわれることではないということであります。  説明不足は、否めませんが、なんかどうどう巡りのようでカットさせていた ...続きを読む
 「我」が存在するという考え方は、間違いでいいんじゃないでしょうか?
 簡略すれば、肉体と精神は、一体なる故に、別個に考えること自体、矛盾するのであります。
 一概に、「我」は精神のことではありません。固有物体を指して、または自分、個我をいうことがあります。
 これは、弁明ではなく、とらわれることではないということであります。
 説明不足は、否めませんが、なんかどうどう巡りのようでカットさせていただいただけであります。
 悪しからず。
  • 回答No.20
レベル10

ベストアンサー率 25% (14/56)

みなさん、すごすぎです。とても、掘り下げていますね。でも、みなさん、回答者や質問者の説明で理解されているでしょうか。私は、ほとんど理解できていません。デカルトやら、プラトンやらヘーゲルが本として残しているものを、本当に理解されているのでしょうか。理解していると思っても、私は理解したと思い込んでいるにすぎないと思います。これが個人意識と共通意識のずれであり、言語の限界ではないでしょうか。 書き込んでい ...続きを読む
みなさん、すごすぎです。とても、掘り下げていますね。でも、みなさん、回答者や質問者の説明で理解されているでしょうか。私は、ほとんど理解できていません。デカルトやら、プラトンやらヘーゲルが本として残しているものを、本当に理解されているのでしょうか。理解していると思っても、私は理解したと思い込んでいるにすぎないと思います。これが個人意識と共通意識のずれであり、言語の限界ではないでしょうか。

書き込んでいて気付いたことがありました。私たちがこのようにして、掲示板で相互理解を行うこと、著作物を読む、「精神」という単語の存在、これらは全て言語をベースにして考えられたものですよね。知識として存在するものは言語ベースな考え方です。ところで昔から変わらないもの、それは感情ではないでしょうか。「喜怒哀楽+痛みetc.」、程度の差はあるものの、これらは言葉では表すことができません、実行しない限り、それを経験したものしかわからないと思います。

すなわち、人々の知識として、共通意識として精神を考えるから、個人個人の考え方や解釈の違いによって、ずれが生じわけがわからなくなると思います。個人意識として捉えた場合、言葉では表せないもの、それが精神と考えるものではないでしょうか。

共通意識として「精神」を理解していても、精神には数多くの同義語があります。概念や考え、経験、英語で言えばspirit,mind etc. 言語の種類によっても様々にあります。これらが全て同じ物を示しているかと言えば、違った意味や同じ意味として解釈されている言葉もあります。

これらから、精神とは当事者以外は完璧に理解できないものを表すものではないでしょうか。理解できない=わからない ということです。人類がこのまま進化し続けて、言語etc.によって感情を、経験を、知識を全て、誤解なく伝えることが出来たとき、精神がどういうものか理解することが出来るのではないでしょうか。
補足コメント
714020

お礼率 56% (25/44)

beginnersanさんはご自分の精神を完璧に理解できるのですか?・・・自分は自分の精神さえ理解できない・・・だから苦しんでいるのです。
先人の言葉の解釈の仕方や、精神の定義は人それぞれなどといったことは、ここに書き込んでいただいている皆さんには解りきったことで、良い事おっしゃっていただいているのに申し訳有りませんが、論点では有りません。ご理解いただきたい。
それと、beginnersanさんのお考えだとbeginnersanさん自身には精神を定義しかねるけれど、いつか理解できる日が来ると言うことですね?何か雲でも掴む様なアドバイスでしたが・・・これで合っていますか?
投稿日時 - 2001-12-25 07:26:24
お礼コメント
714020

お礼率 56% (25/44)

書き込んでくださっている皆さんへ>>>本来ならば穴は自分で補足しなければならないのでしょうが、自分なんかの稚拙な質問に本当に一つ一つ丁寧にお付き合いいただい
て・・・もう、本当申し訳ないです。

でも、今は少しでも多く自分より他人の考えが欲しい、自分で補足してしまうと、どうしても主観が先に立ってしまって具合が悪い。

だから不透明だったらお聞きするのが一番だと考え、色々お聞きしているわけですが、「もういいじゃないか」となげだしたり、「それくらい自分で・・・」とか、言われても仕方ない言葉を言わずに丁寧に答えてくださる。
・・・一部の言葉の含みがご理解いただけていない方々を除いて、本当に感謝してもしきれません ありがとうございます。

・・・・ですが、同時に無知な自分がお恥い・・・自分の無知さが歯痒いです。申し訳ない。
投稿日時 - 2001-12-25 08:20:28
  • 回答No.19
レベル11

ベストアンサー率 17% (31/182)

>caballeroさんの概念の適切な解釈の仕方を教えて頂きたいです。  僕のへたくそでは、語弊は新たな語弊を生みますが、説明させていただきます。 概念は、認識するための型です。イデアともいえそうです。いすにはいすの型があります。しかしどうでしょう。ある人にはいすにみえるがある人にはただの木組み、ある人にはもはや地形の一部に見えます。しかし、いすを見る人は、地面といすを見れるので、がんばれば、いすも地 ...続きを読む
>caballeroさんの概念の適切な解釈の仕方を教えて頂きたいです。
 僕のへたくそでは、語弊は新たな語弊を生みますが、説明させていただきます。
概念は、認識するための型です。イデアともいえそうです。いすにはいすの型があります。しかしどうでしょう。ある人にはいすにみえるがある人にはただの木組み、ある人にはもはや地形の一部に見えます。しかし、いすを見る人は、地面といすを見れるので、がんばれば、いすも地面の一部と見ることもできるかもしれません。しかし、そんなことはどうでもいいと思いますよね。概念が精神に張り付く、概念にとらわれるとはこういうことです。いすがいすであろうがなかろうが、どうでもいいことです。それはそれなのです。それはそれとは、哲学的に言うと、「直示」です。「直示」は真で、名辞は虚です。直示はじかにそれをしめすことです。それとはなんでもありです。しめされたときに決まります。概念とは、「~とは何か?」を比喩する言葉なら、それは名辞です。名づけです。名辞とは、A=Bとすることです。このとき、Aの名前はBです。おかしいですね?A=Aなのです。B=Bなのです。そういうわけで、数学定理は虚です。もちろん科学も虚です。しかし、嘘も方便です。しかし、A=Aと、「概念上」では可能ですが、実には、Aをみていることに他ならないのです。それは、Aを知っている事です。そのような概念は真です。「それはなんだ?」「それはそれだ」これが直示です。語りえないものです。それはそれと言っても、何も言ってませんが、それと言ってます。本質というものは、人間が名づける事は出来ないのです。本質は、本質同士、確存在同士の関係性で示されます。そういうことで、真の上では、「言い訳」はできません。 
補足コメント
714020

お礼率 56% (25/44)

端的に言うと先人の言葉の引用だから・・・と言う事でしょうか・・・
投稿日時 - 2001-12-25 02:20:55
  • 回答No.18
レベル11

ベストアンサー率 29% (74/253)

存在には、目に見える外形と、目に見えない本質(性質)があります。 金属には、目に見える外形以外に、硬い・導電性があるといった性質があります。 植物には、目に見える根・茎・葉の他以外に、光合成を行って酸素を作る性質が ありますし、植物心らしきものもあるようです。 (植物はウソ発見器に反応します。また、褒められながら育てた植物は  よく育ち罵りながら育てた植物は、生育が悪いということは知る人 ...続きを読む
存在には、目に見える外形と、目に見えない本質(性質)があります。

金属には、目に見える外形以外に、硬い・導電性があるといった性質があります。

植物には、目に見える根・茎・葉の他以外に、光合成を行って酸素を作る性質が
ありますし、植物心らしきものもあるようです。
(植物はウソ発見器に反応します。また、褒められながら育てた植物は
 よく育ち罵りながら育てた植物は、生育が悪いということは知る人ぞ知る
 事実です。)


犬には犬の性質(吠える・鋭敏な嗅覚)があり犬の本能があります。ます。


では人間はどうでしょうか。目に見える肉体以外に、目に見えない本質が
あります。そう、それが心(精神)なのです。当然ながら、人間の心という
ものは、植物や動物のそれと比べると、ずいぶん高等で複雑な働きをしています。
お礼コメント
714020

お礼率 56% (25/44)

すいません有難うございました
投稿日時 - 2001-12-25 02:02:21
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