• ベストアンサー

与謝野晶子の歌ですか?

 知り合いの外国人からこの歌の意味を知りたいと聞かれたのですが、どなたかご存知でしょうか?与謝野晶子さんの歌らしいのですが・・。    ゆく春の 祇園はかなし 舞姫が     稽古帰りの 後ろ姿も  「はかなし」なのか「祇園は、悲し」なのかあいまいです。「舞姫」は「まいこ」と読むようです。 どうぞよろしくお願いします。

質問者が選んだベストアンサー

  • ベストアンサー
noname#14405
noname#14405
回答No.3

吉井勇は有名な歌人で「祇園双紙」には「舞姫と僧と」という歌を連ねて、お話もののようになっている章があります。 吉井勇は「祇園歌集」でも祇園の女性を表記するのに舞姫を使っています。音からしてそのまま「まいひめ」と読ませるのが自然です。「まいこ」では変です。 与謝野晶子も同じような趣旨で祇園の女性を舞姫(まいひめ)と歌で詠んでおり、これは吉井と与謝野の共通点「明星」同人に見られる独特の言い回しではないかと思います。 「はなかし」か「は、かなし」かですが、これは「は、かなし」と読ませるのが自然だと思います。逝く春の祇園への愛惜の念(かなし)、まあ情緒とでも置き換えるとわかりやすいと思います。そういうのを舞姫と洒落てますが、舞姫は、まあ祇園の舞妓か芸妓か、わざわざ「舞姫」と言ってるのだから芸妓ではなくて舞妓をイメージしてると思いますが、その踊りかなにかの稽古の後ろ姿に情趣を感じてる訳です。 歌は見たとおりで、そんなに深い意味のある歌ではないかと思います。   蛇足ですが吉井勇は黒沢明「生きる」の中で主人公がブランコで歌う「いのち短し恋せよ乙女」の歌を作詞した人です。その外人さんが映画通?ならこうした話も喜ぶのではないでしょうか。   吉井勇は華族出身の歌人ですが、歌をみてもわかるごとく祇園に入り浸り、晩年は住まいも京都に移した人です。古書店などで短冊は与謝野晶子と並ぶほどよく見かけますが、いまでは戦前ほど知名度は高くありません。

urlaub
質問者

お礼

 詳しい解説に感謝いたします。今までにいただいた ご回答も含めて、解決できそうです。 どうもありがとうございました!

その他の回答 (2)

回答No.2

 urlaub さんの知り合いの外国人に、ぜひ伝えてください。  いまもむかしも、祇園のような花街(かがい)で遊ぶ人々は少数で、 通人や粋人を自称しながら、目だたないように通っているのです。    きれいなべべ(着物)で、唄や踊りに明けくれる生活にあこがれて、 田舎から出てきた娘たちが、きびしい修業や、ひややかな遊客の本心を 知るほどに、それぞれ大人の女に成長するのです。    井上流京舞の「都をどり」が終わると、祇園の春も終ります。  すなおに「悲しい、愛しい」と云わず「はかない=あっけないさま」 にかけているのは、遊客の視点なのです(以下、翻訳ソフトで反転訳)。   >>    春の演奏会が終ると、祇園は寂しい町になる。  舞姫たちが、稽古から戻る姿も、悲しげだ。  ↓  When a concert of spring is over, Gion becomes a desolate town.  The figure which dancing girls return to from a lesson seems to be sad.  ↓  春のコンサートが終わっているとき、祇園は荒涼とした町になります。  ダンサーがレッスンから戻る数字(!?)は、悲しいようです。 http://honyaku.yahoo.co.jp/transtext   <<    わたしは、祇園について、少しだけ知っています。京都人が、舞妓を 舞子と書くことはありますが、「舞姫」と書いて「まいこ」と読むこと はありません(字数も足らず、彼女らは「姫」ではないのです)。    むかし、お茶屋の老女将が、こう語っていたのを思いだします。 「若いうちから、こんなとこで遊ぶ人は、アホかワルかどっちかやで」 ↓《ごまめの歯軋り 20040410 都をどり》

参考URL:
http://www.kyoto-gion.sakura.ne.jp/archives/2004/04/s_2.html
urlaub
質問者

お礼

祇園についてもご説明いただき、どうも ありがとうございました!参考にさせていただきます。

回答No.1

吉井勇という人の歌のようです。 本題の歌の解釈はわかりません。私は歌心はないので。 ただ、「祇園は かなし(愛し)」のほうがしっくりくるような気がします。 「春の祇園はいい感じ、素の舞妓さんを見かけたりもして♪」 という程度の意味じゃないかとも思いますが。(てきとうな事いってスミマセン)

参考URL:
http://www.asahi-net.or.jp/~XK4N-ICKW/GuideD/Kyoto_tanka/Tanka_gion.htm
urlaub
質問者

お礼

参考URLを見る限り、吉井勇さんの歌のようですね。 早いご回答ありがとうございました。

関連するQ&A

  • 与謝野晶子の歌

    与謝野晶子の歌 1)与謝野晶子の”清水へ祇園をよぎる桜月夜 こよひ逢う人みなうつくしき”は高校で習いました 2)その時,先生が「鉄幹が,誤って解釈して説明しており,後に晶子が訂正した」と言っていました 3)祇園と清水と桜の場所の位置関係を間違っていたように思いますが,正確には覚えていません 4)質問ですが,”鉄幹はどう誤って説明していたのでしょうか”。今も気になっています よろしくお願いいたします。

  • 与謝野晶子の歌の説明で...

    与謝野晶子の歌について意味や解説などを調べなければいけないのですが、 いろいろ調べてみても分かりません>< (1)【なにとなく君に待たるるここちして出でし花野の夕月夜かな】 (2)【いとせめてもゆるがままにもえしめよ欺くぞ覚ゆる暮れて行く春】 (3)【金色(こんじき)のちひさき鳥のかたちして銀杏ちるなり夕日の岡に】 (4)【夏のかぜ山よりきたり三百の牧の若馬耳炊かれけり】 の解説をどれか1つでもいいので、教えて頂ければ助かります。 そのときの状況や気持ち(感じ)、景色などがあれば凄く有難いです。 また、 “清水へ 祇園をよぎる 桜月夜 こよひ逢ふ人 みな美しき” という歌があるのですが、クラスで 【清々清水へ祇園をおぎる桜月夜今宵逢ふんみなうつくしき】 と書いてあったのですが、どちらが正しいのでしょうか? よろしくお願いします。

  • 与謝野晶子の詩、又 和歌

    ”春”と”賀茂川”がふくまれている与謝野晶子の歌をご存知でしたらおしえてください。

  • 与謝野晶子の歌の意味を教えてください

    我が軽く雪払ふさへ つり橋は つたへて揺らぐ二つの岸に 与謝野晶子の歌だと聴きました。 意味や歌の背景などご存知の方がいらしたらご回答お願いいたします。

  • 与謝野晶子について

    与謝野晶子の本を探しています。この2つの俳句が どちらの出典かご存知でしたら教えてください。 何となく 君にまたるる心地して 出でし 花野の夕月夜かな 高き家に君と登れば春の国 川遠白し 朝の鐘なる 文自体に間違いがあるかもしれませんが よろしくお願いします。

  • 与謝野晶子の短歌  釈迦牟尼は御仏なれど 云々

    上記の質問タイトルのとおり 確か与謝野晶子の歌かと思うのですが どんな歌詞か正確なところ知りたいと思っています。 ご存知の方がおられましたらお願いいたします。

  • 歌人・与謝野晶子の作品に【まんじゅしゃげ ひとむらもえて あきひつよし

    歌人・与謝野晶子の作品に【まんじゅしゃげ ひとむらもえて あきひつよし はつなつのくも】 これは私のうろ覚えなので、実際はちょっと違っていると思いますが、もしもこの歌の、正確な文と、正確な漢字と読み方をご存じの方がいらっしゃいましたら、教えて下さい。 まんじゅしゃげが彼岸花のことであることは存じております。秋の咲くころに、引用したい事情ができましたものですから。どうぞよろしくお願いします。

  • 与謝野晶子の歌

    筆硯煙草を子等は棺に入る名乗りがたかりわれを愛できと・・・この歌は以前にも質問されていましたが、私は音読みを教えていただきたく書き込ませてもらいました。”棺”はひつぎと読むのでしょうか。”入る”は、「いれる」と音読していいのでしょうか。”愛でき”は「めでき」と音読していいのでしょうか。

  • 与謝野晶子の歌について

    「君死にたまふことなかれ」の与謝野晶子が次の歌を詠んでいるとのことです。戦争を肯定しているのでしょうか、否定しているのでしょうか、あるいは皮肉や揶揄を言っているのでしょうか?   強きかな 天を恐れず 地に恥じぬ        戦をすなる ますらたけをは(『大東亜戦争歌集 愛国篇』所収)

  • 与謝野晶子の歌

    なにとなく君に待たるるここちして  出でし花野の夕月夜かな 小百合さく小草がなかに君まてば  野末にほひて虹あらはれぬ   読み方が分からない所があります(ゆうづきよ?ゆうづくよ?のずえ?こぐさ?)誰か振り仮名を振ってください!お願いします!