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「桜散る」が不合格の比喩で使われる理由と歴史

「桜散る」が不合格の比喩で使われたのはいつからで、それはなぜですか?

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  • Nakay702
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回答No.3

以下のとおりお答えします。 >「桜散る」が不合格の比喩で使われたのはいつからで、それはなぜですか? ⇒「サクラチル」という電文で入試不合格を伝える習慣は、昭和31年に(早稲田大学で)始まりました。すると、あっという間に各大学に広まり、約30年間続きました。 《「桜散る」=「桜(の花が)落ちる」》 ⇒《「(入試で)落ちる」=「(入試で)不合格になる」》 といった「連想」を利用した比喩的表現ですね。 このように、嫌なことを直接言わず、例えを使ってやんわりと表現する方法を「婉曲語法」と言います。

その他の回答 (2)

  • okok456
  • ベストアンサー率43% (2567/5923)
回答No.2

ウィキペディア にありました。 1956年に早稲田大学で始まったようです。 大学入試の合否は、大学構内に掲示された受験番号を確認するか、時代が下ると合否通知が郵送されることで判明したが、いずれにしても遠隔地に住む受験生にとっては合否が判明するまでの時間的、心理的な負担が大きかった。そこでいち早く合否を知る手段として、受験生が大学近くにいる人物に受験番号を確認してもらい、電報で伝えてもらうように不合格「サクラチル」 合格「サクラサク」と5文字で伝えたようです。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%88%E6%A0%BC%E9%9B%BB%E5%A0%B1

  • FattyBear
  • ベストアンサー率32% (1215/3706)
回答No.1

早稲田大学の合格電報で使われたものだそうです。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%88%E6%A0%BC%E9%9B%BB%E5%A0%B1 https://33gakkou.net/blog-180331/

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