• 締切済み

もしも第一機動艦隊がミッドウェーで勝っていたら?

tak7171の回答

  • tak7171
  • ベストアンサー率40% (77/192)
回答No.7

おっしゃるとおりの条件でMI作戦を成功させたとしても、日本海軍にハワイ攻略の力はありません。そもそもミッドウェイ島を取ったとして、そこを補給の根拠地にするには日本の力ではどれくらいの時間と労力と資源がかかると思いますか?あの当時の日本の国力を考えても、ミッドウェイ島を根拠地にする力はないかと思います。施設・補給等の能力を考慮すれば。恐らくはミッドウェイ島には若干の守備隊を置き、ハワイよりもポートモレスビー攻略に力を割くと思いますよ。アメリカとしてはそこで消耗戦に持ち込み、結果、マリアナ海戦が1~2年遅れるだけで、以降の流れは変わらないと思います。そもそもですが、歴史にIFはありえません。結果になるだけの諸因があれだけあるのであれば、軍事ではなく、それ以外の政治外交の手段に持ち込まない限り、今ある結果以上の結果があるはずはないのです。残念ながら、当時の日本にはその部分が欠落していました。敢えてIFを取り入れるなら、日露戦争当時の政府首脳が太平洋戦争時にいたのなら、少しは違った結果が出たかもしれません。

関連するQ&A

  • ミッドウェイ海戦で

    もし日本海軍が敵空母3せき撃沈。ミッドウェイ島占領していたらその後の戦局はどうなっていたと思いますか。

  • ミッドウェー海戦

    アメリカは珊瑚海海戦で手負いとなった空母 ヨークタウンまで参加させたのに日本の瑞鶴 翔鶴はどこで遊んでたのでしょうか? 手抜きでは勝てる訳ないと思いませんか。

  • 大西洋艦隊について

     太平洋戦争開戦時、アメリカ大西洋艦隊の各艦がどこにいたか知りたいです。  空母ワスプ、ヨークタウン、レンジャー、ホーネット。  戦艦ニューメキシコ、アイダホ、ミシシッピ、ニューヨーク、テキサス、アンカーサス、ノースカロライナ、ワシントン。  の各艦です。  全部でなく、一隻でもけっこうです。教えていただけると助かります。  戦記シミュレーション小説に使いたいのです。  よろしくお願いします。

  • ミッドウェイ海戦後の異常な配置転換について質問

    ミッドウェイ海戦後の異常な配置転換について質問 日本の某歴史家(名前を忘れました)が著書の中で、先の大戦(大東亜戦争、第二次世界大戦)に関して次のように書いていました。 日本海軍では、一つの作戦が終了すると、作戦に動員された兵隊は帰国して休暇を取るのが通例であった。しかし昭和17(1942)年6月のミッドウェイ作戦においては、そうではなかった。 日本海軍はミッドウェイ海戦において米国海軍に惨敗を喫した。山本五十六連合艦隊司令長官はミッドウェイ作戦の敗北を隠蔽するために、作戦に動員した兵隊を帰国させなかった。帰国すれば敗北の事実がマスコミや国民に伝わるからだ。 で、ミッドウェイ海戦終了後、山本は直ちに、彼らを南方の島々(ガダルカナル島など)に配置転換した。日米戦争が始まって半年しか経過していない時期であり、ミッドウェイ海戦には優秀な海軍パイロットが多く動員されていたのだが、彼らを南洋諸島のジャングルへ追い、飛行場建設などを命じたのである。海軍がガダルカナル島で飛行場建設を始めたことを陸軍は(大本営陸軍部も陸軍省も)知らなかったというから、驚きあきれるではないか。 ご存じのように太平洋戦線では、日本内地からの兵站活動が停滞して武器と食糧が極度に欠乏し、非常に多くの日本兵が餓死したのだが、ミッドウェイから配置転換された日本海軍の優秀なパイロットの大半がジャングルで死んだのである・・ ここで質問です。 (1)ミッドウェイ海戦終了後、作戦に動員した兵隊を帰国させないまま南方の島々に配置転換したというのは事実なのでしょうか。 (2)事実である場合、異常な配置転換を行ったのは連合艦隊(山本長官)だけの考えなのか、それとも大本営海軍部と海軍省も了解した上での配置転換だったのでしょうか。

  • 南雲忠一第一航空艦隊司令長官について

    南雲長官といえば真珠湾攻撃の作戦指揮官ですが、燃料施設への反復攻撃を許可しなかったことにより後世“消極的提督”としての評価があります。第二次攻撃を許可しなかったのは空母と航空戦力の温存を図ったためであると言われておりますが、ミッドウェー海戦においては索敵不備により、たった5分間で赤城・加賀・蒼龍3隻を失った彼は残った飛龍1隻で果敢に(と言うよりは無謀にも)アメリカ機動部隊に決戦を挑んで結局全てを失ってしまうことになります。真珠湾の時の提督とミッドウェーの時の提督が同じ人物とは思えないのですが、彼は名将なのでしょうか、愚将なのでしょうか?

  • 米ソは、機動部隊の単冠湾出撃を知っていた?

    アメリカとソ連は、日本海軍のハワイ作戦空母部隊の単冠湾出撃情報を掴んでいたのでしょうか。 (以下、いずれも日本時間) 【A】昭和16(1941)年11月26日午前6:00、択捉島の単冠湾に集結していた日本海軍機動部隊(ハワイ作戦空母部隊。総指揮官は南雲忠一中将)が単冠湾を出撃しました。(大本営から、日米交渉が妥結したらハワイ作戦を中止して内地へ帰投せよと命令されていたから、「出撃」とは言えないかも知れないが。) 【B】11月27日午前6:45、米国ワシントンで、コーデル・ハル国務長官が野村吉三郎大使と来栖三郎補助大使に、米国側の条件を記した文書(いわゆる『ハル・ノート』)を手交した。 1。ハル四原則の無条件承認 2。支那・仏印よりの軍・警察の全面撤退 3。日独伊三国同盟の死文化 4。重慶政権以外の政権の否認 これらの内容は、それまでの日米交渉のプロセスを無視した強硬なものであり、米国側には交渉を纏める意志がないと見受けられた。 【C】同日、モスクワに迫っていたドイツ軍に対して、ソ連軍の猛反撃が開始された。(ソ連は事前に、日本軍に備えて満州国境に配備していた兵力の半分を西部へ移動させていた。) 以上の三つの出来事は、密接な関連があるように思えてなりません。アメリカとソ連が日本の機動部隊の単冠湾出撃情報をいち早く掴んでおり(多分、日本の暗号無線を傍受、解読して)、日米交渉を決裂させるために、日本が拒絶する事が確実な強硬な条件を突き付けた。つまり、日本を開戦に追い込んだ。(交渉が妥結した場合は、日本がハワイ作戦を中止することさえも知っていた) ソ連は、日米が開戦すれば東部(満州方面)の安全が保障されるから(日本が米ソ両国を相手に、同時に二正面作戦を開始することは不可能だから)、安心して対ドイツ戦に専念できる。ということで、ドイツ軍に猛反撃を開始したように思えます。 アメリカとソ連が、日本海軍のハワイ作戦空母部隊の単冠湾出撃情報を掴んでいたという私の仮説は間違っているでしょうか。 ちなみに、私は、日本の政府または統帥部の中に最高軍事機密をアメリカまたはソ連に売り渡した者がいるのでないかと疑っています。宮中(昭和天皇の周辺)さえ怪しいです。

  • 珊瑚海海戦の際、日本海軍空母の位置について

    珊瑚海海戦の際(5月7日)、日本海軍空母(瑞鶴・翔鶴)の位置について、教えてください。 この海戦において、日本軍の一番の目的は、ポートモレスビーを攻略することでした。そのため陸軍海軍の兵士たち満載した攻略部隊が、ポートモレスビーを目指して出航(南下)しました。その際、ジョーマード水道を通過しなければなりません。 アメリカ海軍は、日本軍がこの水道を通過することを予測して、戦艦部隊も空母部隊も、ジョマード水道方面へ近寄り(西進)ました。 一方、日本の空母も、味方の攻略部隊を支援するため、またこの水道へ寄ってくるアメリカ軍部隊を攻撃するために、最初からジョーマード水道方面へ近寄る(西進)のが良いと思います。 しかし実際には、日本空母は、アメリカ軍の東側には位置して、水道に近寄りませんでした。 なぜ西進して近寄らなかったのしょうか?

  • 空想真珠湾攻撃

    こんにちは。 あくまで、空想の話であります。 1941年12月、旧日本海軍は真珠湾にて米太平洋艦隊を奇襲攻撃しました。 この時点で、旧日本海軍は戦艦大和や武蔵(少し後かな)を建造せず、正規空母を4隻位建造 していたとします。 また、この作戦で、米主力空母(エンタープライズ・レキシントンだったか)が湾内にいて、沈没或 いは大破させたとします。 更に、石油タンクや修理工場等も破壊したとします。 翌年の珊瑚海海戦、その後のミッドウエイ海戦で勝利し、ハワイを占領したとします。 こうなった場合、アメリカは講和条約を飲んだでしょうか。 宣戦布告の遅れや、そもそも奇襲攻撃を知っていて攻撃させたとかは考慮に入れません。 お暇なときで結構ですので、上記の空想では多分こうなっていたでしょう的なお考えをお願い します。

  • 大東亜戦争について

    大東亜戦争について詳しいかた教えてください。 日本軍はミッドウェイ海戦を機に劣勢に陥ります。 そこで気になるのですが、 (1)サイパン島の司令長官に南雲忠一が着任した理由を教えてください。 南雲忠一は海軍の魚雷の専門でした。 開戦前はすごく能力を発揮されてたようですが、開戦後真珠湾攻撃的~はミッドウェイも負けてなんだか覇気がなく煮え切らない様子だったと、聞きます。 そんな海軍の専門の軍人が武器も乏しく絶対的に不利なサイパンへ行かされたのはやはり内部闘争かなにかで大本営に見捨てられたからですか? 南雲さんでは、絶対サイパンは勝てないことは周知だったと思うんですが。 詳しいかたよろしくお願いいたします。

  • 今は空母の時代ではない?

    今は空母の時代ではない? 日本は空母というか海軍を強化して空軍に負けた。 それなのに空母に力を入れようとしている。中国も空母作りに躍起だ。 もう海軍強化で敗戦した第二次世界大戦の記憶が軍部にはないのか? アメリカは空中空母を開発している。 要するに航空機が空中給油して長距離を繋いで行く空中リレー方式の戦闘方法でアメリカはグレムリン計画と言っている。 日本も中国もなぜ空中輸送ではなく海上輸送という負け戦になるのが分かっている時代遅れの戦術を優先するのでしょうか? 戦艦大和ですら沈没したのに。ミサイルの時代に空母? 沈没されたら無駄金になるだけでは?