解決済みの質問
最近ニュースなどでも話題になっている卑弥呼と邪馬台国・・・ニュースを見ていて疑問に思ったことがあるので質問させていただきます。邪馬台国は、大和説や九州説があるようですが、どこに存在したのかはっきりわからないのになぜ卑弥呼という人が存在した事や、邪馬台国の存在があることははっきりしているのですか?普通は、地中から出てきた出土品から判断して、この時代にこのような人がいたと判断するのではないのですか?よろしくお願いします。
投稿日時 - 2001-06-01 08:11:15
yoshin01さんの見解のように有史前のことがらは、発掘により時代が確認されて初めて認められます。考古学では推論は認められないわけです。従って発掘の数と発掘技術の進歩によって過去の”事実”がどんどん改められていきます。
卑弥呼の時代の発掘と遺跡の再現は相当進んでおり(ここ15-20年で)中国の魏志倭人伝に書いてあることが発掘によって確認されつつあります。卑弥呼(個人名)や邪馬台国の存在の確認は日本に文字がなかった時代のことだから今後とも難しいでしょう。(魏志倭人伝に邪馬台国の場所が詳しく書かれていますが、方位や距離が正確ではないなどの事情から、まだ解読されていません。
しかし、邪馬台国のようなクニや卑弥呼的女性の存在は発掘によって証明がすすむでしょう。同様のクニはたくさんあったと思われるので、九州説や近畿説が出るわけです。
投稿日時 - 2001-06-01 10:10:58
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ベストアンサー以外の回答(7件中 1~5件目)
こんにちは。
卑弥呼=日の巫女として、太陽崇拝の象徴のような存在だったらしい。
ちょうどその没年代には近畿から九州にかけて2年連続して皆既日食が
起こっており、卑弥呼の影響力が落ちてしまったと思われる。
その結果、卑弥呼は暗殺されたとか。。
この出来事が、アマテラスの神話となって残り、岩戸がくれとして
有名な話です。
あくまでも一説でありその証拠はありません。
記憶があいまいで、間違っていたらすみません...。
仮に、卑弥呼がその皆既日食に関係していたとすると、
当時の天体の運行をシミュレーションして、その皆既帯がどこを通っていたかで、近畿か九州かが判断できるのですが、不定なパラメータが多くて、答えは出ないそうです。 (参考文献 星ナビ6月号 ^^;)
投稿日時 - 2001-06-01 12:36:14
魏志倭人伝に関して詳しく解釈されているサイトがあったので載せておきます。
参考URL:http://www.interq.or.jp/pluto/minstrel/Rekishi/earlyjapan/Yamatai/gisi.html
投稿日時 - 2001-06-01 09:09:53