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女性の人権問題の歴史について

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  • 質問No.79852
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女性の人権に関する資料をまとめています。そこで、教えていただきたいことがあります。フランス革命の2年後に、ある女性が、この人権宣言に対して立ち上がり、のちに、革命戦争にとっては、反革命的なことだということで、最後にギロチンにかけられた女性の名前がわかりません。オランプ・ド・グージェというような名前の方って、いらっしゃるでしょうか。また、フランス革命の影響を及ぼしたアメリカの独立宣言に対して、ニューヨークのある場所に、女性や男性が集まったらしいのですが、そのある場所の名前が知りたいのです。この場所の名前は○○運動ともいわれていると思うのですが、何でしょうか。おしえてください。
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レベル8

ベストアンサー率 46% (12/26)

オランプ・ド・グージェという女性はいました。
人権宣言が不充分で、男(オム)の権利しかいっていないということで
1971年に「女性と女性市民の権利」を女(フェム)の権利宣言として
王妃に献納しています。その後は色々とあって断頭台で処刑されてます。
彼女の宣言がフェミニズム(女権拡張論)の元になっています。
彼女の生涯については、岩波書店から「女の人権宣言、フランス革命と
オランプ・ド・グージェの生涯」(ブラン)という本が出てます。
詳しくはそちらをどうぞ。
ニューヨークでの運動は、少しあやふやですが、セネカフォールズ会議の
ことではないかと思います。アメリカで女性の人権をみとめようとはじめて
決議された会議です。
ご参考まで。
お礼コメント
noname#988

本当に助かりました。ありがとうございました。名前も場所の名前もまったくわからなかったので、困っていました。本当にありがとうございました。
投稿日時 - 2001-05-24 08:40:18
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