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江戸時代の統治制度が上手く機能した理由?

百 楽天(@100rakuten)の回答

回答No.3

 大名や領土を持つ旗本をうまく管理できたからでしょう。  江戸時代初期には徳川に反旗を翻しそうな領主は次々に改易され、牢人が多出したことから問題がおきました。  これがどうにかおさまりだしたときに出された武家諸法度(天和令)で、従来あった「弓馬」が除かれて「忠孝」が追加されました。  戦場での実践につながることから、「弓馬」が削除されたのです。  紀州家と尾州家による堂射(三十三間堂による旧術の競技)の熾烈な争いもまもなく集結しましたが、元禄十四年の四月から公議(幕府)は頻繁に射撃訓練を行うようになりました。  戦争勃発の可能性があったようです。  あの浅野内匠頭の刃傷事件を、当時の天子(東山天皇)はじめ禁裏(朝廷)は喜んだという記録があります。  禁裏はあの事件を徳川方の不敬とし、賛同する大名を集めて政権をとろうとした動きがあった。  六月には、両者で和議が成立したのでしょう。  3か月続いた集中的な射撃訓練は、六月でピタッと止みました。  4年後に将軍綱吉は禁裏御料を従来の二万石から三万石にアップしていますが、それ以前にいろいろ駆け引きがあったと思われます。  徳川家が政権をにぎってから、天子が御所の外に出たのは一度だけ。  征夷大将軍を認める権威ある第三者として、天子は生かさず殺さずでした。

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