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桜を詠んだ短歌・俳句を教えて下さい。

mori0309の回答

  • mori0309
  • ベストアンサー率32% (12/37)
回答No.9

○ 吉野山 こずゑの花を見し日より 心は身にも そはずなりにき ○ 花みれば そのいはれとはなけれども 心のうちぞ 苦しかりける ○ 散る花を 惜しむ心やとどまりて また来ん春の たねになるべき ○ 願はくは 花の下(もと)にて春死なむ そのきさらぎの 望月のころ ○ 春風の 花を散らすと見る夢は 覚めても胸の さわぐなりけり                                          西行 花は恋 花は夢 花は死 都会の雑踏で 人に黙して 花を待ち 花を惜しむ そのこころは 胸に秘めた恋人との逢瀬 見果てぬ夢への回帰 そして死の準備 花の精たちの賛美歌に永遠を知る 人生半ばのmori0309でした。 (今日ならキザも大目に見てくださいます?) ○ 散る桜 残る桜も 散る桜 (良寛の辞世の句と言われています)

manager09
質問者

お礼

キザなんてとんでもない! でも、同じ日本語なのに、どうして 俳句や短歌に浸かると「キザ」になるような気がするんでしょうね?言葉数が限られているせいでしょうか。濃度の高い言葉=キザ、ってことなのかな。

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