• 締切済み

連帯責任のようなもの??

たとえば、他のみんなもそんな贅沢は言っていないのだからとか、他のみんなもそんな理由で休みを取っていないのだからと、言い聞かせるのは連帯責任に近いものを感じるのですが、どうでしょうか? また、私としては、そんな、人の良心を利用して休みを取らせないようなことはどうも卑怯な気がしてならないのですが、どう咎めれば、というか、なにか反論するような言葉はないでしょうか?

みんなの回答

  • cowstep
  • ベストアンサー率36% (756/2081)
回答No.2

従業員から請求があれば、合理的な理由がない限り有給休暇を与えなければなりません。例えば、会社の最も忙しい時に、従業員が有給休暇の請求をする場合、 会社には有給休暇の日を変更する「時季変更権」が認められています。「他のみんなもそんな贅沢は言っていないのだからとか、他のみんなもそんな理由で休みを取っていないのだから」というのは、一般論としては正当な時季変更権の行使とは言えないでしょうが。「会社の最も忙しい時」であれば、病気の療養とか、公務であるとか、已むを得ない事情でない限り、別の時期に変更せざるを得ません。猫の手も借りたいほど忙しい時に、のんびり一週間海外旅行と言えば、顰蹙を買うでしょう。 私の同僚が、全員が休日返上で働いていた時に、水戸の偕楽園の梅を観るために平日に休暇を申請した時、休日なら兎も角と言われて、却下されたことがありました。いわゆる「空気が読めない」典型例です。

  • nbgtiuoua
  • ベストアンサー率35% (6/17)
回答No.1

労働基準法に、下記のように定められています。 「使用者は、有給休暇を労働者の請求する時季に与えなければならない。ただし、請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては、他の時季にこれを与えることができる。」

関連するQ&A

  • 連帯責任のようなもの??

    他の人はどうだから、どうしたから、あなたも、とか言うのは、連帯責任に近いものがあると思うのですがどうでしょうか? そう言われればたしかに、自分だけそうしないのもいけないというか、しがたいというか、そんな気持ちにはなるとは思いますが、それを利用するのはどうでしょう? あの人もやった、あの人もやった、じゃああなたは?という言い方。 半強制というか、それこそ連帯責任に近いものを感じます。 そういう、人の心理を利用したやり方や、良心を利用したやり方はどうも汚い気がしてなりません。 それに対するうまい反論はありますでしょうか?たとえば、そんな人の良心を利用するのはおかしいだとか。間違ってるだとか。 それこそ、他人が嫌々でも、やってれば、自分は断りずらくはなるものです。 そんな心理を利用するのはどうも...

  • 「連帯責任」ってそんなに悪でしょうか?

    日大アメフト部のニュースを見て思うのですが、 「連帯責任」って、そんなに「悪」でしょうか? 「連帯責任、部の活動中止」って言うと、ヒステリックに騒ぐ父兄がいますよね。日大アメフト部は結局活動停止を勝手に解除して、関東学生連盟から「連帯責任以前の問題だ」と言われ、恥の上塗りをした。 「連帯責任」というのは、「この部は皆一体だ、苦しいことも楽しい事も、全部部として皆で分かち合う、当然誰か一人の過ちであっても、皆で責任を負う、その覚悟で皆が一つになる、その事によって強くなる」という考え方であって、「だから普段からその責任者である主将の指示を守れ、普段から皆で支えあい、お互いを見守り、切磋琢磨せよ」という発想だったと思うんです。 もちろん、そんな集団に所属すること自体の是非が分かれるのも当然であり、そんなのカルト新興宗教と同じだ、そんなコンセプトなど到底受け入れられない、そういう人がいるのは当たり前で、そういう人は最初からその大学その部に最初から所属しなければいい、「うちはそういう部だぞ、それを知った上で入るんだな」ということで「連帯責任」を貫くのであれば、それはそれできちんと筋を通していると思うんです。別に一生そうというわけではない、大学生としてアメフトに青春を捧げる数年間は、少々傍から異常だと思われても、ウチはそれを貫く、そんなある意味覚悟を表したものだと思うんです。あらかじめわかっていてそれでもそこを選ぶ、という人が所属すればいいだけの事。 「日大ブランドは欲しい、でも同じ部の他人のとばっちりはイヤ」なんて選手、なんか色々そもそもダメだと思うんですよね。何も覚悟がないのに、ブランドだけ欲しがる、 若者が人として成長する上でのアメフトのはずが、もう最初から先々のプロスポーツプレイヤーとしての損得勘定が当然の大前提、 その時点でもう本末転倒、話にならないと思うんです。 日大がFラン大学ではなくて反社会集団予備軍と大差ないということはよくわかりました。この人たちはもうどーでもいいです。でも、この一連のグダグダを見て、そんなに「連帯責任」そのものが悪呼ばわりされるのって、どうなんだろう?と思いませんか?

  • 連帯責任について

    こども(小6)が 「宿題をやって行かないと 連帯責任で 体育の授業が受けられない」 と 言ってました。 先日 ニュースで どこかの中学でタバコを吸った生徒たちに連帯責任を取らせて坊主にした記事がありました。(検索エンジンで 「連帯責任 坊主」で出てきます。) ==質問========================== 何故、連帯責任では 指導する立場の人が一緒に 責任をとらないのでしょうか? 例えば タバコを吸った生徒がいたら 「私の指導が悪かったので 私が責任をとります」でしょう。 何回言っても わからなかっくっても それでも 責任は大人側ではないのでしょうか? (これが 現行の少年法の考え方にも反映していると思います。詳しくはわかりませんが。) もうひとつ質問があります。 何故 坊主になることが 責任を取ることなんでしょうか?これだけ 髪型や髪色が多様化してて 坊主もひとつの髪型ではないのでしょうか? それ以前に 「人は見かけで判断しないこと」と教えるのに何故? (第一 髪の毛は 半年もすれば 男子ならフツーの長さになるのに・・・。) (もちろん 強要するのは ダメだし、他人の体の一部分ですから 無理に切ったら 傷害罪?) 不思議です。 ================== 私は 40代のオヤジです。 気分でたまに坊主(0.5mm-3mm)にします。 伸ばしてオールバックだったのが 翌日 いきなりってこともあります。 短くすると 電車などで ぶつかられて よく謝られるような気がします。不思議??

  • 連帯責任について。

    連帯責任について。 私の部活動は、明らかにおかしい連帯責任があります。私は入学してから、この部活には不信感しか感じてません。ここで、回答してくれる人は『やめた方がいい』と言ってくれるかも知れないですが、推薦ではいったのでその他の方法がいいです。 本題ですが、連帯責任で怒られた時の対処方法(反撃方法)を教えてください。本当にコーチに対しては不信感しかないのでお願いします。 本当は、どこに不信感を感じているのか、どう言ったことで怒られているのか、を書きたいんですが、それを書いてしまうと、長々となってしまい読みづらいので、もし、事情を教えてくれた方が具体的な対処方法、アドバイス、意見を回答出来るとおっしゃる方がいらっしゃったら補足で記入しますのでコメントでお願いします。

  • 教育現場における「連帯責任」について

     学校などの教育現場では、一人の生徒が違反やミスを犯した場合に「連帯責任」として他の生徒にもペナルティを与えることがあります。学校や教師は「連帯責任」に効果があると判断、もしくは期待して取り入れるわけですが、生徒や父母からの強い反発があるのも事実です。  そこでみなさんに以下の3点を質問します。ご回答をよろしくお願いします。 1・教育現場に限らず一般社会においても「連帯責任」という考えは存在します。「連帯責任」のメリットとデメリットはなんでしょうか? 2・学校や教師が生徒に「連帯責任」を負わせる目的はなんでしょうか? 3・教育現場において生徒の「連帯責任」は妥当でしょうか?理由もお聞かせください。  なお、ルールに抵触するため議論はご遠慮ください。

  • 連帯責任

    こんにちは。先ほどニュースを見ていてふと疑問に思ったので、皆さんのご意見を聞いてみたく質問します。 学校等で部活に所属する生徒が不祥事を起こした場合、しばしば連帯責任でその部活が活動できなる等の処置が取られたりします。 このことに対して、関係ない生徒がかわいそうだ、とか、いや、でも仕方無い、とかいろいろなご意見があるのは理解していますし、それについて議論するつもりはありません。 私がふと気になったのは、なぜそれが連帯責任の対象が「部活」なのか?です。 今まで、何の気なしにそのようなニュースを見るたびに、関係ない子はかわいそうだな、なんて思ってきましたが 何で部活のメンバーが連帯責任を取る必要があるのでしょうか? なぜクラスメートではないのでしょうか? 例えばある部活内での不祥事ならわかります。(上級生の下級生いじめ等) でも、単独で生徒が問題を起こした場合、なぜ部活という話が出てくるのかが疑問に思いました。 前置きが長くなりましたが、質問のポイントは ・部活に所属する高校生が、部活動と関係ない不祥事を起こした場合、部活動が連帯責任を取る必要はあるのか。あるならば、なぜそれが部活動なのか。 です。 是非ご意見をください。

  • 連帯責任について・・・アリなの??

    「連帯責任」について教えていただきたいです。 1)コンビニのアルバイトについて 1台のレジを複数のアルバイトが使用しているコンビニ(誰がどの会計をしたかは分からない)のレジで過不足が出た時は、その時間帯にアルバイトに入っていた全員で「連帯責任」を負わされるのはアリでしょうか?(AさんとBさんの2人でレジをまわしていて、3000円の不足があれば、AさんもBさんも1500円ずつ支払わされるということです) 「自分はミスしていない!と証明できるなら払わなくてよい」と言われましたが、証明するためには、誰がいつレジを打ったか分かるシステムにしてもらう必要があります。しかしそれは業務上できないと突っぱねられました。 ↑の証明云々の言い分でまかり通るのであれば、店側が「Aさんが1500円、Bさんが1500円の損害を自分たちに与えた」と証明できなければいけないと思うのですが、違うでしょうか。 2)学校図書の連帯責任について 家族が某専門学校に通っています。借りた誰かが返さないため、図書館の本が足りなくなることってよくありますよね・・・。足りない本があれば全学生「連帯責任」ということで、全員で支払わされます。図書館を一度も利用したことがない学生まで、全員です・・・。 1)にしても2)にしても、「連帯責任」システムなら、悪いことをした人がマル儲けですよね?(レジから3000円盗んだら、その1500円は確実に自分のものになります・・・。図書館の本だって、ほしいなと思う本を自分のものにしてしまえば、そのお金をみんなが払ってくれるわけです・・・)なんだかバカらしいです。 法律ではどうなっていますか?

  • 連帯責任という制度の利点ってなに?

    「連帯責任」って何の利点があるの? 高校野球などで誰かが不祥事起こしたら、他の人も連帯責任で大会には出場停止だ! とかやっているけど、これって何か意味ある? なぜ他人と責任を連帯しないといけないの? 同じ組織に所属しているから?利害が一致するから? 連帯責任を強いておけば、不祥事を防ぐ抑止力になるとでも思っているのかな。 本当に連帯責任が抑止力になるなら、何でも連帯責任にしておけばいいじゃん。 政治家が裏金受け取ってたら、その党は全員議員辞職。教師がわいせつなことして捕まったら、校長以下全員懲戒処分。 ベネッセみたいな顧客情報流出した会社は連帯責任として全てのグループ会社営業停止。 こうやればいいのに。 本当に連帯責任に不祥事の抑止力があるのならね。 連帯責任っていう制度ってどういう利点があって、何のためにあるの?

  • 連帯責任、監督責任と言わず「任命責任」と言う理由

    大臣がマズいことになると、総理大臣が「任命責任」というワードで責められます。 任命責任ってなんでしょうか?選んだあなたも悪いということですか? 「内閣の連帯責任」なら、まあ「任命責任」よりはピンときます。 「任命責任」言うたら、辿っていくと、選挙の際、その議員に投票した人になる気が。 だから「任命責任」てアプローチに無理があると思うんですよね。 そんな事言ったら、 なんかの免許の交付を受けた人がその免許で行う行為の中で不正をしたら、 免許を与えた人が任命責任になりませんか? だから、任命したという行為自体には責任無い気がします。 任命した後にその人が何をするかなんて予想できないでしょうし。 ここぞとばかりに攻めるのは良いんですよ。別に。 でも「任命」て、無理やり感がします。(んーちょっと、遠いかな。みたいな) なぜ「連帯責任」とか「監督責任」というワードで攻めないのでしょうか?

  • 体育の授業で連帯責任

    体育で『連帯責任』って使われていると思いますが、その教育目的や効果について教えてください。 そして、皆さんはこの『連帯責任』を受けたことがある方は、どう感じましたか?役に立ったと思いますか? この前、ある学校の体育の授業で忘れ物をした生徒がいたとか着替えに時間がかかって遅刻した生徒がいて、ほかの全員の生徒も連帯責任として真夏のテニスコートを走らせて何人も足をやけどしたというニュースを聞きました。そして、その問題の調査委員会で保護者アンケートをしたところ、連帯責任とかペナルティ肯定意見も多かったそうです。 また、振り返ってみても、小学校から高校まで、体育の授業で、よく「連帯責任」ということが言われていました。管理教育の流れがあって、ペナルティもかなりありました。でも、それが何に役立っていたかよく分かりません。本来はその責任ある個人の責任を追及すればよいのに、連帯責任ということでほかの関係のない生徒に苦痛を与え、その批判(プレッシャー)を問題の生徒に与える手法に何となく腑に落ちない点があります。 それが、体育の授業で多く見られ、他の教科でそう感じたことはありませんが、「スポーツマン精神」「フェアプレーの精神」という体育の精神と対局にあるような気がします。 確かに、昔はよくあったことだと思いますし、水泳の授業で10分間の休み時間に着替えられずに一部の生徒が遅刻したからといって、全員が水着のまま裸足でグランドを走らされたことがありますし、一部の生徒が水着を忘れたからといって全員が裸で泳がされたことがあります(男子だけでしたが)。水着を持ってきている生徒にしてみれば、なぜ裸にならないといけないか理不尽さがあり、その不満が忘れた生徒に向けられていました。これは、体罰ではないでしょうけれど、「見せしめ」というのも体育の授業のペナルティでよくあったものです。これもどのような教育目的かは不明です。 今は、世間の目が厳しいのか、(部活動ではなく)体育の授業がピリピリしている様子はないそうです。 先生も優しく楽しい授業というのも聞きますが、昔は体育の授業はかなりのプレッシャーでした。

専門家に質問してみよう