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回答(1件中 1~1件目)
こんにちは。
私は、自称「歴史作家」です。
特に、鎌倉街道について調べているわけではありませんが、以下のような面白い話がありましたので紹介してみます。
江戸時代
江戸の庶民は「せっかち」で何でも「初物」が好きでした。
文化9年(1812)3月25日に鎌倉で獲れた「初鰹」が馬で鎌倉街道を通り、江戸の魚河岸に運ばれました。わずか17本でした。
6本は将軍家がお買い上げ。3本は高級料亭の八百善が各2両1分で入手。残り8本が一流の魚屋へ。その内の1本を歌舞伎役者の中村歌右衛門が3両(約3~5万円)で買い求め、大部屋の役者に振舞った。
これは、「大江戸ものしり辞典」という本の内容の一部です。
やはり、産物としては「鎌倉河岸」が隆盛したように、海産物が主要な取引ルートであったとも考えられます。
鎌倉時代
鎌倉幕府を中心に放射状に街道が延びていた、と言われていますが、その内の何本かは、途中で途切れている。
鎌倉幕府が戦いを起こす時、「いざ鎌倉」と叫んで、関東の武士が鎌倉に集結した。
これは、出典はなく、私の記憶の範囲。
Web検索でも、丹念に探せば何かの情報は見つかるのではないでしょうか?
投稿日時 - 2009-08-27 11:10:03
補足
確かに鎌倉街道の情報でしたらそれなりに集まるのですが、考古資料などでわかる鎌倉街道の経済面はどうしても陶器などが中心です。
しかし街道沿いの市では米や麦、衣服といったものも庶民の間で取引されていたはずです。
中世の街道でそれらがどのように往来していたのか、というと中々情報が少なく、皆さんが何かご存知でないかと思い、質問しました。
解りづらい依頼で申し訳ありません。
投稿日時 - 2009-08-27 17:17:33