解決済みの質問
今朝アサヒコム(http://www.asahi.com/international/update/0625/TKY200806250269.html)にはロマノフ朝最後の皇帝ニコライII世のご家族のご遺骨の確認の話がありました。
私たちがある意味で、高い峰の世界と仰ぎ見る、歴史の舞台の主役ご一家の末路が描けてくる記事には、平凡な平民としては、違う異世界ながら暗然たる感傷が生じるものです。
それにしても、理想の革命の一形態であるソビエト革命を初め、歴史の数々の革命とは必然的にかかる悲劇という側面は避けられないものでしたのでしょうか。感傷的に沈んでおりますが、敢えてご史観やご感想などを伺えれば幸いです。
投稿日時 - 2008-06-26 16:15:58
概ね歴史上の革命とは強大な支配者に対する反発としての側面があります。
この場合支配者の権力が大きい程その反発は必然的に大きくなります。これは別に難しい話ではありません。 例えばマンガのドラえもんで主人公ののびたは時々秘密道具を使ってジャイアンやスネ夫へ仕返ししていますが大人から見れば他愛も無いイタズラの範疇です。しかしこれが火曜サスペンス等になってくると憎まれた被害者は助けてくれと必ず犯人へ命乞いしますがそれも虚しく殺害される事が多いですよね? これは何も犯人が特別に異常な残虐性を持っているのでは無く許した場合の報復を恐れての事も事情にあります。
これと同じ事は歴史上の革命にも当てはまります。下手に国の内外で王族を残存させたら革命を実行したグループ以外の不満を持つグループや主流派内での権力争いでの名目として担ぎ出される危険があります。他にも他国が革命の輸出(他国の権力者にしてみれば隣国の王が処刑されれば次は自分の番と考えるでしょう)を阻止するために軍を動かし介入するのは必然です。となると正当性を押さえる為にも王族や生き残りはその看板となるでしょう。
それらのリスクを背負っても王族を残すと言うのはそうそうありえない話ということになります。
革命の悲劇とは革命後の中枢部での粛清や民衆の虐殺。それから他国の介入による泥沼の戦争が問題だと思います。
投稿日時 - 2008-06-26 19:39:04
お礼
早速にありがとう御座います。
まことに仰せのとおりでして、全て頷ける内容です。
そうは思っても、落差の大きな悲劇に庶民として感傷的になっております。
ありがとう御座いました。
投稿日時 - 2008-06-27 07:02:32
5人が「このQ&Aが役に立った」と投票しています
ベストアンサー以外の回答(1件中 1~1件目)
時の政府に立ち向かうということは、仲間が少ないうちはくじけぬよう並々ならぬ決意と覚悟を維持し、仲間が増えてきて大きなうねりになってきたら自信が湧き革命の実現を夢見て興奮しますから、過去革命を起こしてきた中心グループは、一種の「集団狂気状態」だったのだと思います。(幕末の薩長の指導者や志士にもそういう面はありましたよね。)
事がなった暁には、当然その興奮状態を鎮めないといけないので、どうしても前政権の象徴が実際に起こした罪の大小に関わらず、関係者の多くが溜飲を下げられるような対処をせざるを得なかったのではないかと思います。(そういう意味では、将軍の謹慎と廃位で住んだ明治維新は信じられない幕引きでした。結果としてガス抜きできなかった分が西南戦争で爆発しますが。)
そういう意味では、組織のトップというのはいつの世も良いときは実力以上に祭り上げられ、悪いときは実態以上に風当たりを強く受ける立場なのだと思います。
投稿日時 - 2008-06-26 19:48:57
補足
まことにありがとう御座いました。
投稿日時 - 2008-06-27 07:36:31
お礼
早速にありがとう御座います。
少し私と違う観点と内容でして、大変頷くと共に示唆に富むことであります。
幕藩制の将軍退位ということ、江戸を内戦の悲惨から救った維新活動の幕末の志士たちは事の流れとはいえ、偉人でもあり恩人でもあり、まれなケースとして誇りに思えますね。
南州西郷さん、そして鉄舟山岡の鉄太郎あにきの会談にしろ、いろいろ脚色はあるでしょうが、幸運でした。
それにしても山岡鉄太郎との会談で、西郷さん、或いはその勢力はやは残存した気持があったのでしょうね。それが、郷党の決起の若者の申し入れに、「おいどんの 命 差し上げましょう」という対応に繋がっていった伏線があったと思うと、事情の理解にとても奥行きと厚みが加わり、具体的な息遣いが感じられてきます。歴史の糸がどう繋がっているかは、論理ではなく、気持ち、事情、そして人間の関係、話の出入りのことなどがあり、思わぬことが影響しておりますね。
見方と光の当たり具合でもあろうかと思えてくるのが、狂気、六分の侠気でもありましょうか。志といっても、そういう狂気性が伴っているのでしょうね。アジアのいろんな活動家たちなど、そんな状況でしょうか。60年安保の前後から、長い年月の間に、日本の革新の方たちもちょいと冷静さが出てきてはいますが。人のことはいえませんが。
トップは祭り上げられ、そして風あたりも状況では受けなければならない。洋の東西を問わず、古代から中世、そして最近にも西欧のある地域でもあった、殺される王というのは、たくさんのご研究がありますが、仰せのことと何か通じるものがありますね。
単なる普通の庶民、または連合の氏族の長くらいまでがいいのでしょうね。不謹慎ですが大王とか天皇とか、どうしても祭祀的な要素や、仰せの要素も多分に残しているかのようですね。過ぎていることばの不敬をお許し頂いて、ちょいと身近なところで。
投稿日時 - 2008-06-27 07:34:21