• ベストアンサー

芸術の重さ

henokuappaの回答

回答No.19

質問の小説を読んでいるわけではなく また裁判の内容さえ知らないのですが >そうであれば理想的です >これを無視して世間に出した場合、不特定多数の読者にとって有意義な作品となっているからモデル人物さえガマンすればよい、とするなら結局は数の問題になってしまいます これは芸術家自身の問題ですよね。 発表する前にモデルになった人に読んでもらうことも可能なわけです。 最低限の礼儀といえるかもしれないです 理想と現実において 現実的に実行不可能なことと実行可能なんだけれどもしないということと違いますよね 名の知れた陶芸家は自分の気に入らない不出来の作品を世に出すのを恥とし割ってしまう。 不特定多数にとって有意義な作品となっているから 云々 というのは公表されてからの結果論なのではないでしょうか。 >私小説は他の分野と比べ一段低いものとして侮蔑を隠さない向きもあるようですが、理解の外ではないなぁとも思います。けれど実在の人間の事情を、ほぼそのままで使いたいのは、それだけ、素材としてバツグンに優れているからで、やはり生半可な個人の芸術的想像力などよりも、自然の造形物として実在する人の姿のほうが強烈な力があるのですね。。。 これが貴方自身の書きたいが書けない揺れ動く思いというところなのでしょうか?

noname002
質問者

お礼

>発表する前にモデルになった人に読んでもらうことも可能なわけです。 最低限の礼儀といえるかもしれないです こうした御意見は他のかたからも挙がっておりました。 「礼儀」というものは自他の存在、その尊厳を認めていることの表れですよね。 私個人の場合はモデル人物に読んでもらうということが不可能になっておりますが、訴訟を起こされた作家の場合は、モデル人物が否と意思表示したところで、やっぱり発表したのではないかな、とも思います。 >現実的に実行不可能なことと実行可能なんだけれどもしないということと違いますよね そうですね。「芸術活動」というものが激しく抑え難い衝動に裏打ちされたものなら、そして、それを他者に伝えるということまでを含めるべきものなら「しない」ということ自体が選択不可能なのかもしれません。 >自分の気に入らない不出来の作品を世に出すのを恥とし~ これも作家自身の個性の問題が関わっています。 >不特定多数にとって有意義な作品となっているから 云々というのは公表されてからの結果論なのではないでしょうか。 そうですね、ここでは結果論としての有意義さ如何を問うのではなく、公表されてしまった、もっと言えば、そういう表現で描かれてしまったことへのモデル人物の不本意や不快を考えています。 >これが貴方自身の書きたいが書けない揺れ動く思いというところなのでしょうか? 一部の思いであることは確かですね。 数度にわたる御回答、有難うございました。

関連するQ&A

  • 芸術の永遠性について

    芸術の永遠性について考えろと言われたが、芸術にあまり興味のない自分には全く分かりません。 物理的に考えれば、作者が死んだ後でも作品は残っていくし、 精神(?)的に考えれば、作者の意図したものと違えども、鑑賞した人間は何年先の人だろうが、何かしらは感じるものがあると思います。 しかし、永遠性といっても、その作品が人の目に触れられなくなったら作品自体が存在していても、無きに等しいと思います。 何か、いまいち言いたいことがまとまってませんが、皆さんは芸術の永遠性についてどう思いますか?

  • 現代芸術アーティストに詳しい方!

    現代芸術アーティストに詳しい方! 現代芸術アーティストに詳しい方におききしたいです。 コトバ を使った作品を展示する作家さんをなるべくたくさんしりたいです。 イチハラヒロコさん、と回文を作る福田さんという方しか知りません。 コトバ の定義する範囲は広めでとらえて頂いて構いません。 よろしくお願いします。

  • 芸術家の生涯をつづった本で、おすすめのものがありましたら教えてください

    芸術家の生涯をつづった本で、おすすめのものがありましたら教えてください。 国内外問いません。 きっかけは、テレビ番組などでたまに、 芸術家の生涯について放送しているものを観て興味を抱きました。 波乱に満ちた生涯、その人格形成、制作での苦悩、 など、興味深く描かれているものを読んでみたいと思っています。 シリーズになっているものでもかまいませんが、 一人の作家より、何人か複数の人物について読んでみたいです。 もし思い浮かぶ作品がありましたら、教えていただけるとありがたいです。

  • どんな芸術作品も何らかのソースがある?

    読書の冬?芸術の冬? 皆様いかがお過ごしでしょうか? ところで、西遊記というお話はご存知の方も多いと思いますが、西遊記を書いた作者は、恐妻家かつ絶対に女遊びが大好きだったに違いないと思ったことはありませんか? だって、孫悟空が暴れまわる時に使う武器「如意棒」ですが、暴れる時だけ大きく長くなるなんて、絶対アレのことですよね。 そして、逃げ切ったと思ってサインした柱が、実はお釈迦様の指で、全く逃げられなかったなんてねぇ。夫は震え上がったことでしょう。 そこで質問です。 事実でも空想妄想でも構いません。風か吹けば桶屋が儲かる的な話しでも構いません。 あなたが思う、もしかしたら、この作品にはこんな裏話?ソースがあるんじゃない?というエピソードを教えて下さい。 あっ、芸術とか作品じゃなくても構いませんよ。 何気なく呟いた奥様の言葉の本当の意味を知って驚愕したとか、そんなことでも構いません。 何か、一捻りあるエピソードを教えて下さい。 よろしくお願いします。

  • 芸術家は社会に必要か

     大学で絵画を専攻しています。将来は画家、あるいは平面作品ではなくともアーティスト(芸術家)になりたいと思っています。  しかし最近卒業が近くなり(といってもまだ1年はありますが)、それにつれてある不安が生まれてしまいました。それは、自分がものを作ることが果たして世の中の役に立つのかということです。  今までは、私自身は他の芸術家の作品から多くのことを学び、私にとって芸術(芸術家)は必要なものだ、ということで自分で納得していました。が、いざ自分が芸術家として生きていこうと考えたときに、本当にそれが正しいのか分からなくなってしまいました。  作りたいから作る、という気持ちはもちろん大事で、絶対のものだと思います。でもそれだけでは足りない気がするのです。社会で生きる限りは社会の役に立ちたいと思う方が自然ではないでしょうか。  現在アーティストとして生きている人は、そのことをどう考えているのでしょうか。また、アーティスト以外の人はどうでしょうか。人生の先輩方、回答よろしくお願いします。

  • 芸術の感じ方・鑑賞の仕方とは?

    少し前のことですが、好意を寄せていた女性が絵をたしなむ(芸大卒の)方だったので、 一緒に美術館にいったことがあるのですが、 その後いろいろあって、「あなたとは芸術を共有できない」と 言われてしまいました。 いろいろ他にも理由はあると思うのですが、 どうも、私が、あまり暗い絵は好きではないし、 よくわからないと言ったのを聞いて、特にそう感じたようです。 彼女はそんな暗闇の中にこそ作者の苦悩がにじみ出て、 深い感動を感じることができるという旨のことをいっていました。 たしかにわたしは、彼女のように、深く芸術を学んできたわけではありません。 ですが、ヨーロッパの美術館の多くを回ったことがあるので、 彼女よりいわゆる名作といわれる作品を直接多く観ていると思います。 彼女からそのように言われて、少なからずショックでした。 それ以来、自分が見てきたものは何だったのだろうと 一人で美術館に行くたびに考えてしまいます。 そこで疑問に思うのは、芸術の鑑賞眼のある人はどうやってその力を 身に付けたのかということです。 1.自分も絵を描いてきたから自ずと他人の絵を観る力もついてくるものなのか 2.自分で絵を描かなくても、その絵の時代背景や、作者の境遇、など を深く学んできたからその力がついてきたのか、 3.絵を観る力も先天的な感性によるものなのか あるいは上記のどれでもないのか、上記のすべてなのか・・・ もう彼女との関係はうまくいかないかもしれないけれど、 あの時彼女が見ていた様に、もっといろいろな角度から、 深く芸術を感じることができるならば、 自分の視野がもっと広まるのではないかと今は考えています。 でもどうしたらいいのかその方法がよくわかりません。 美術館によく行って一人で絵を観ていても、 やはりわからないなぁと思うことが多々あるのです。 たとえば、モネの絵はなんとなく観ていていいなぁと感じますが、 それ以上の深い何かを私は感じることができません。 またいわゆる中世の宗教画のような洋画に関してはますます どこがいいのか私にはわかりません。 ただきれいな絵だなと思うだけです。 そんな絵を私はすたすたと歩いて観ていましたが、 彼女は一つ一つ立ち止まって、じっくり観ていました。 そんな彼女の姿をみていて、素直にすごいなぁと感じました。 すごく漠然とした質問で恐縮なのですが、 絵を観るときどんな風に観ていますか? 絵を観る力とはどうやって身につくものなのでしょうか?

  • 作者・作家と言う、表記の社会的制約について。

    〇 職業表記又は、分類上で、作者・作家と言う事をマスコミで聞きますが、直感的には芸術作品の詩歌・小説・脚本・絵画・彫刻_等に携わる人達をさしますが、自称他称によらず、作者・作家と言う表記は公的な制約を受ける場合が、有りますか。? いわゆる”ペンネーム的”だとしても、当該職業として、社会的実績”有無”の判断基準があいまい(アバウト)と思います。 *作者・作家の認定機関(又は資格有無)などについてもご教示願います。  〇例えば、”聞いたことの無いお名前の方でも作者・作家と流布しても、法律的に罰則はないのですか。? 

  • 有名芸術家かそうでないか

    美術史を専攻している学生です。 美術史を勉強していると言うと、美術の話をふられることがあるのですが、 よく、「その画家(彫刻家、作品等・・・)って有名なの?」と聞かれ、答えに困ることが多いです。 おそらく、(当時はどうあれ)現在有名なのかどうかを聞いていると思うのですが、有名・マイナーの境目って何なのでしょう…。 友人とある画家(よく名前が知られてると思うのですが)で意見がハッキリ分かれて、そういえば有名かどうかって一般的にはどこで判断しているんだろうとふと疑問に思いました。 当然明確な分かれ目なんてありませんし、かなり曖昧で変な質問ではあります。 私自身は、その芸術家についての文献が日本語で出ているような人なら、とりあえず有名だと言っておくのですが…。 有名かどうかを質問する理由が何なのか、聞く側の人の気持ちも知りたいです。

  • 文学作品読解のための英語学習

    こんにちは 最近になって改めて英語学習を再度始めようと思いました。 目的は文学作品の読解です。 もちろん、一概に文学作品といえども時代によって英語のスタイルは違うでしょうが、シェイクスピア、フォークナー、モーム、ヘミングウェイ、オースターといった結構バラバラの時代の作家の作品を読みたいと思っております。 普段英語に触れる機会も多く、速読に関してはある程度の自信がありますが、精確な英文解釈能力が下がっているように感じてきました。 そのため文学作品を読んでも、まともに読めていないということが多くなってしまうような気がします。 それでは文学作品を読む意味がないのではないかと思い、改めて英語を勉強すべきではないかと思い立ちました。 そこで、質問なのですが、英文解釈力を上げる上で参考になるような本をご存知でしょうか? もしご存知でしたら、教えていただきたいです。最近は英語学習の書物も多いようですが、そのほとんどがどちらかというと実用(リスニング、コミュニケーション偏重)目的のものが多いようです。 しかし、そのようなものではなく、難解な文章を読む上での精確な読解力をつけるよいヒントを与えてくれる本があれば、と思っています。  私自身の現在の語学力としては、最近は全く資格試験を受けていないためわからないのですが、高校生の頃に英検一級(筆記試験のみですが)、TOEIC850点程度を取りました。 それ以降も継続的に英文を読んだり、英語でのコミュニケーションもしています。 ただし、自分自身でも平易な会話、平易な英文の読解ばかりのため、文法の基礎的部分、語彙を多く忘れてしまっているとは自覚しています。

  • カントの芸術作品についての考え方について

    ゲーテ/親和力 http://www.amazon.co.jp/%E8%A6%AA%E5%92%8C%E5%8A%9B-%E8%AC%9B%E8%AB%87%E7%A4%BE%E6%96%87%E8%8A%B8%E6%96%87%E5%BA%AB-%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%86/dp/4061975935/ref=pd_sbs_b_shvl_title_5/249-9470917-0511534?ie=UTF8&qid=1193333916&sr=1-1 のレビューを見ていたら 「芸術作品はそれが自然のように見える限りにおいて美しい」というカントの言葉さながらに、語りの技巧の極致が平易さの外見を取って現れている。 と言う言葉が出てきました。 すごく良い言葉だと思ったので、原著を読みたいと思ったのですが、検索したところ、この文言でのヒットは、このレビューのみでした。 質問です。 ・カントの大筋の主張としては、相違はないでしょうか? ・このような内容が書かれているカントの本を教えてください。 よろしくお願いします。