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キリスト教の予定説に何故「悪魔」の概念が必要なのですか。

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  • bender
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回答No.9

> そういう人間の側の論理でみれば徹底して理不尽で無慈悲な存在が > 神というものであると考えるのが予定説だと理解しているのですが、 そもそも、予定説の「理解」が違うのではないでしょうか。 予定説は神様の救いに関する「説」なので、神様が理不尽だとか、 無慈悲だとかいうことは、この際、主観的な感想だと思います。 敢えていうならば、予定説によれば、神様は、その救いにあずかる 人たちを(聖書には「求めよ、さらば与えられん」と書いてあるので、 つまるところ、救いを求める人たちを)決して見捨てることがないと いっているわけですから、むしろ神様は、理不尽なくらい慈悲深いと いえるのではないでしょうか? No. 8 >> 調べてみたところ、予定説を考え付いた人はジャン・カルヴァン。 そういうわけではありません。例えば、Goo 辞書(国語)を調べて みてください。http://dictionary.goo.ne.jp/ あるいは、Wikipedia 英語版で “Predestination” を調べてみてください。 No. 8 >> で、予定説を採る人は「自分達が救われるかどうかはわからない。」 No. 8 >> ではなく、【自分こそ救済されるべき選ばれた人である】としたわけ No. 8 >> ですね。 これは、「予定説を採る人」の考えとは、相容れないように私には 思われます。ぜひ、よく調べていただきたいように思います。 > 何故、予定説を採用した場合でも、「悪魔」の概念が必要なのでしょうか。 予定説というのは、救いに関して聖書に書かれていることから導かれた 説なわけですから、聖書に悪魔について書かれているときに、「悪魔の 概念が必要」かどうかという質問は、あまり、意味をなしていないように 思います。

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