解決済みの質問
古代ギリシャでは、多くの奴隷を使っていた。買い物は女奴隷にさせ、子供の養育について家庭教師的な奴隷もいたという。アテネ市内などを自由に行動していることから、逃亡するとかのおそれはなかったのだろうか。彼らが主に奴隷として仕えている(拘束される)のはなぜだろうか。これはローマ時代も同じである。報償として、身分解放の可能性があったのだろうか? 地中海沿岸各地からの賃金労働者的に考えていいのだろうか。
近代のアフリカの黒人をUSAで酷使したのとは違った奴隷形態に思われる。その違いについて教えてほしい。
投稿日時 - 2007-03-24 12:36:28
アメリカの奴隷制度は、歴史的に見まして、かなり異質なもので、むしろ例外的なものです。
一般的には、奴隷の才能を金で買うというスタイルが多く、才能のある奴隷は、非常に高価で取引されました。
ギリシャの奴隷は、主に周辺の蛮族や戦争捕虜からなりましたが、才能を認められたり、才能が育ってくれば、かなり良い待遇を与えられました。
場合によっては、一般市民以上の生活が保障され、そのうえ軍役も無いという待遇でした。
また、イスラム圏においては、出世するためには、どれだけ権力か財力のある人の奴隷になるかが勝負であったため、自ら奴隷となる人もいました。
高価な奴隷を購入し、逃げられたり、反抗されたり、病気になられたりしますと、買主は、大損ですから、それなりの奴隷には、それなりの対応をしていました。
しかし、なんの取り得も無い奴隷の場合、ガレー船のこぎ手として、一生を終える人も沢山いました。
投稿日時 - 2007-03-24 13:36:00
お礼
回答ありがとうございました。古代日本で、租庸調の税負担から「逃亡」し豪族の荘園に逃げ込むというのは、自ら奴隷(下人)の位置に行くということで、似たものを感じました。世阿弥達のように、才能で出世したものも出ています。アメリカ黒人のイメージではいけないとわかりました。
投稿日時 - 2007-04-23 20:54:57
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ベストアンサー以外の回答(3件中 1~3件目)
古代ギリシャの奴隷制度は時代、地方により若干異なりますが、前5世紀くらいのスパルタの例では、奴隷は征服した近隣の国人や、債務を払えず奴隷になったスパルタ人などで、国家の所有とされていた。
分配地の中に家族と一緒に住み、収穫物の約半分の農作物を分配地の所有者に支払っていた。 土地を離れることは出来なかったが、経済的に独立し財産もあったと云われています。
エジプトにつれて来られたモーゼなどのユダヤ人たちも、同様な身分であったと思われます。
投稿日時 - 2007-03-26 18:26:15
お礼
回答ありがとうございました。市民と奴隷の身分上の違いについて関心がありましたので、質問しました。江戸時代の日本で言うと市民権はない小作人(本百姓)に相当するのだろうか。または、強制連行の末日本に来て、そのまま日本国籍を取得していない在日韓国朝鮮の人が、イチ付けとしてはそれに相当するのだろうか。
投稿日時 - 2007-04-23 20:48:15
例えば古代ギリシャで酒の席の相手をする女奴隷ヘタエラ(後に高級娼婦の意味もつきます)は一流になると、大貴族の宴会に引っ張りだこで中には巨万の富を得て豪邸に住み、王侯貴族に匹敵する名声を得た女性もいます。
これはローマの剣闘士などでも同じです。
ギリシャやローマでは一流の奴隷は、大富豪にもなれたのです。
投稿日時 - 2007-03-24 17:24:08
お礼
剣士スパルタカスのように、活躍。ちょうど、日本で「朝青龍」などが活躍するのと同じ。また、野球でイチローや松坂が、サッカー中村俊輔が外国で活躍しているのと同じだろうか。市民権はないけど、才能があれば、活躍できる。回答ありがとうございました。
投稿日時 - 2007-04-23 20:40:54
商品としてではなく戦利品として敵方の人間を下賜されたものです
カエサルの「ガリア戦記」に詳しいです
映画「ベンハー」でもその制度が判ります
余剰な奴隷は売買もされたらしいですがあくまでも貰ったけれどいらないから売ったようです(映画「カルタゴの女奴隷」)
投稿日時 - 2007-03-24 13:23:11
補足
旧約聖書では、ユダヤ人が奴隷としてエジプトではたらかされていたが、モーセに率いられて脱出したとか。エジプトに肉体労働者的な者として働きに行っていたのではなかろうか。捕虜が奴隷になったとして、どうして逃亡・反抗を企てなかったのだろう。
投稿日時 - 2007-03-24 17:02:28