解決済みの質問
征夷大将軍に本来の意味とは異なる意味が付加されたためでしょう。
征夷大将軍は役職ですが、あらゆる言葉は少しづつ意味が付加されたり、削られたりしています。
征夷大将軍の場合、令外官ですし、武官ですし、地方に赴く官ですので朝廷も任命しやすく、武士も朝廷の権威だけを利用し支配は受けないので都合がよかったのでしょう。
そのうえで新たな意味が付加されてしまうとその職自体に意味が出ます。征夷大将軍の場合、「為政者」ですね。
投稿日時 - 2007-03-10 18:10:47
お礼
なるほど、異なる意味が付加されていったのですね。確かにその都度役職に名前をつけているとややこしくなりますね。ご回答ありがとうございます!
投稿日時 - 2007-03-10 23:12:55
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ベストアンサー以外の回答(2件中 1~2件目)
この呼び名は唐突に出たものではなく、他の官職ですと、京都に在京する必要があったり、天皇の意向をいちいち伺わなくてはいけなかったり制約が多く、比較的制約が少ないものとして選ばれたと思います。
例えば、同格とされる「鎮守府大将軍」という職も、奥州藤原氏の前例があり、東北地方での統治権が認められており、これに着目した頼朝が、東北の敵を討ち滅ぼすという意味で、「征夷大将軍」が出てきたのでしょう。
こういったものは前例に従うことが多く、以降は武士の棟梁の呼称になり、護良親王が敢えてこの地位を欲しがって、「征夷大将軍」に就いた例等が出てきます。
徳川慶喜を最後に、この呼称も本来の臨時の役目になり、小松宮彰仁親王も征討大将軍に任じられますが、役目を果たした時点で官を辞しております。
つまり、慣習化したということですね。
投稿日時 - 2007-03-11 09:08:54
お礼
よくわかりました。今で言うポスト争いですね。アドバイスありがとうございます!
投稿日時 - 2007-03-13 23:21:15