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赤ちゃんは「痛い」と感じているのか?

針で刺されると我々は当然ながら「痛い」と感じますし、そこで苦痛を感じます。 0歳くらいの赤ちゃんや、それと同レベルの脳しか持たないような動物はそういう苦痛を感じているのでしょうか? たしかに赤ん坊を針で刺すと泣くなどの反応は見せますが、実際にその赤ちゃん自身は我々成人のように苦痛を感じているとは思えないんです。その証拠に私は自分が0歳のころに痛みという痛みを感じたことはないと思います。 脳科学的な質問になろうかと思いますがよろしくお願いします。

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  • kobarero
  • ベストアンサー率29% (106/361)
回答No.7

#6です。 >それからもうひとつ聞きたいのですが、成人と比べてどの程度感じているのかがわかりません。もしよければそこらへんも教えていただけないでしょうか? 赤ん坊の心に限らず、大人の心であっても、他人の心が具体的にどう感じているかは、直接知る手段がありません。従って、以下は、あくまで推測です。 まず、重要なことは、赤ん坊には、まだ、言語がないということです。言語がないと、痛くても、「痛い」とは思わないと思います。「痛い」という言語を覚えれば、その段階で、「痛い」と感じるようになると思います。これは、冗談ではなく、言語がないと分析ができないという意味です。 例えば、「痛い」、「臭い」、「かゆい」、「腹減った」という感覚を自覚的に分析はできないということです。生理的には、異なった反応をすると思いますが、これらの違いは、感覚的にはかなりあやふやなものになっていると思われます。 我々大人が、後ろから来た車にはねられ、空中に飛ばされたとすると、その瞬間には、はっきりと「どこがどう痛いとか痛くない」とか正確には、把握できず、まずは、「何か大変なことが起こった」という全体的恐怖感を持つと思います。赤ん坊の場合もそれに近いと思います。 もう一つ言える事は、赤ん坊は「思考する」というプロセスがないですから、外的な刺激に対しては、先ずは、生理的・無意識的に反応することになると思います。この状況は、大人が、後ろから来た車にはねられたときや、ボクシングで、死闘を演じているときなどに近いもので、その最中には、必ずしも、「痛い」などの個別の感覚を明確に意識していないものです。「痛み」を感じる前に、無意識に体が動いているという状態です。 大人の場合は、ある程度、事態が把握された段階で、「ギャー! 痛い!」という意識が明確に湧き上がって来ますが、赤ん坊の場合は、無意識で夢中に反応しっぱなしなので、いちいち「痛い」と意識できているかどうかは疑問です。

tenketu
質問者

お礼

言語のあるなしがそれほど大きな影響を与えるとは思いませんでした。 どうも丁寧に説明してくださってありがとうございました。

その他の回答 (6)

  • kobarero
  • ベストアンサー率29% (106/361)
回答No.6

大人が、間違って、手に熱湯をかけられ、さっと手を引くときの一瞬の感覚に近いと思います。 どういうことかというと、「我」が関与しないということです。 大人と赤ん坊の大きな違いは、大人には「我」がありますが、赤ん坊には「我」がないということです。 赤ん坊には、「我」がないから、「私が痛いと感じる」ということはないと思います。当然、「痛いと感じている自分を自覚する」ということもありません。 では、何にも感じないかというと、多分そうではなく、大人が危険に遭って、何か頭で判断する前に、無意識に行動するときの心の動きに近いのではないかと思います。 そのような「我」のない感覚は、大人になってからは記憶に残りません。それは、「私」の身に起こった感覚と言う自覚がないからです。

tenketu
質問者

お礼

なるほど。感じ方の違いについてはよくわかりました。たいへん参考になりました。 >赤ん坊には、「我」がないから、「私が痛いと感じる」ということはないと思います。当然、「痛いと感じている自分を自覚する」ということもありません。無意識に行動するときの心の動きに近いのではないかと思います ということはほとんど苦痛を感じていないのでしょうか? あるいは、「はっきりとしないぼんやりとした感覚」ということでよいのでしょうか? それからもうひとつ聞きたいのですが、成人と比べてどの程度感じているのかがわかりません。もしよければそこらへんも教えていただけないでしょうか?

  • sugartea
  • ベストアンサー率44% (43/96)
回答No.5

動物について補足します。 ヒト以外の動物は分化した痛覚受容器を持ちませんが、魚類や頭足類(タコ、イカなど)でもこうした刺激に対して、逃避や防衛を起こし、学習効果もあることから痛覚があるものと考えられています。

tenketu
質問者

お礼

回答ありがとうございます。参考になりました。 ただ、どの程度の苦痛を感じているのかがわかりません。 成人の人間と比べてどの程度の苦痛を感じるのでしょうか?

noname#129050
noname#129050
回答No.4

#3です。 送信してしまってから「そう言えば」と思い出したことがありました。 低月齢の赤ちゃんの目に大きなゴミが入っていてビックリしたことが、子育てをされたことのある方はどなたも経験があると思います。ビックリするほどの大きなゴミが目に入っていても、赤ちゃん本人は何ともないようで、機嫌が良くしている時は機嫌がいいですし、それとは関係なくお腹が減ったとか眠いとかで泣きます。しかし「涙」というのも、ある程度成長しないと泣いても出ないのですよ、赤ちゃんって(笑)なので、大きなゴミが入ったまま、ヘタに目をいじるのも怖いのでそのままにしておきますが、いつの間にか取れてなくなっています。(お祖母ちゃん世代の女性は、そういう時には赤ちゃんの目にお乳をたらして流してやった、とか言う話も聞きました) これもまた、大人では考えられない痛覚というか神経をしている証拠ではないかと思います。

tenketu
質問者

お礼

なるほど、それは参考になります。

noname#129050
noname#129050
回答No.3

こんにちは。 専門的なお話はできないのですが、娘が生後6ヶ月の頃に外科手術を受けたことがありました。その時の執刀医(小児外科医)の説明によれば、「新生児でも痛みは感じてはいるが、大人のそれとはかなり違って鈍感である」とのことでした。 娘の病気はソケイヘルニアで、お腹には2cmほどの切開痕がありますが、生後6ヶ月の体に比しては大きい傷だと思うのに、全身麻酔から覚めた後は一切鎮痛剤などは必要ありませんでした。大人だったら耐えられないと思います(目が覚めたらすぐに抱っこしても良いとのことでした)。 生後どれくらいから大人に近い痛覚になっていくのでしょうね。現在娘は1歳4ヶ月になりました。ヨチヨチ歩いてはドスン、スッテンとよく転んでいます。最近「イタイイタイ」という言葉も覚えましたよ(笑)

tenketu
質問者

お礼

回答ありがとうございます。 なるほど、その医者の言葉が参考になりました。 少なくとも成人よりも感じていないということを確信できました。

  • parts
  • ベストアンサー率62% (6364/10149)
回答No.2

無痛症という病気をご存じですか? 先天性無痛症といって痛みを生まれたときから全く感じない人も世界に数人います。 痛みの根本は電気信号です。痛みを感じる神経が全身に張り巡らされその神経が圧迫された時に電気信号が発生し脳に伝わり、そのときに脳が痛いという感覚を覚えるのです。 これは、乳児にも備わっています。叩けば泣きますし、針を刺せば泣くというのはその証拠です。 ただ、それが痛みという一つの「痛み」という感覚として分かっているかというと、それは我々が物心をついてから感じているものとは違うかもしれません。例えば、人にくすぐられると、あなたはくすぐったいと感じるでしょう。しかしその根本は2択のうちのどちらかなのです。それが嫌なら拒否するかもしれませんし、それが気持ちいいと思うなら続けることを望むかもしれません。 元々はこの2つから構成されるのです。それが快と不快です。 それが痛み、悲しみ、恐怖、歓び、楽しい、嬉しい、嫌い、好きなどの感覚や情緒というものに枝分かれするのです。この快、不快という感覚は生きるために必要な最小限の感覚で、最初から備わっています。痛みがその中に含まれるだけで、感覚として感じるものは赤ちゃんもお年寄りも基本は同じです。まあ、鈍いか敏感かなどの差は、個人差、年齢差がありますけどね。 「その証拠に私は自分が0歳のころに痛みという痛みを感じたことはない」 というのが、本当に覚えているかというのは別の話として、もしそうなら実際には痛みの意味が分からなかったに過ぎません。ただ、その感覚は必ずあり不快と感じていたはずなのです。 では、痛みを全く感じないとしたらどうなるか? 生まれつき痛みを感じなければ、自分が痛みという恐怖を知らないで育ちます。例えば、ベロを噛んだら痛いから私たちはベロを噛みませんよね。痛みを感じない人は、ベロを食いちぎるほどに噛んでも痛くありません。だから噛むのです。階段の最上段から飛び降りる。まあ、自殺や自傷でも考えていない限り普通はしませんが、痛みを感じなければ恐れません。骨が折れてもニコニコです。手に針を刺そうが痛みはない。指をはさみで切ろうが痛みはないのです。端からみると痛々しいが、本人はなんともない。 恐怖がないから体が限界でも自傷を繰り返します。場合によっては、人が痛みを感じるということも分かりません。それが、痛みのない世界です。 上記より痛みは、生まれたときから備わっているのが一般的。ただ、それは次に同じ事をしないように、自分が生きていけるようにというための防衛本能の一つ「不快」であるということが重要です。 不快と快は、生きるのに必要なものです。 ちなみに、快は安全など生存を意味します。自分の命を守り(食事、家族、睡眠など)、子孫を残す(性)ことにも繋がるのです。まあ、不快と快しか無ければ野獣より人間は危ないかな?

tenketu
質問者

お礼

ありがとうございます。参考になりました。 しかし、まだ納得がいきません。 >本当に覚えているかというのは別の話として、もしそうなら実際には痛みの意味が分からなかったに過ぎません。ただ、その感覚は必ずあり不快と感じていたはずなのです。 その根拠がほしいのです。不快と感じていたのではなく、脳がそう解釈していたに過ぎないのではないか、と私は言いたいのです。不快と感じていたといえる根拠を教えてください。 また、私も全く不快に感じていなかったとはおもいません。いくらか不快感を感じていたでしょう。重要なのはその程度なのです。成人の人間が感じる不快感と比べてどの程度感じているのか、ということを知りたいんです。 よろしくお願いします。

  • uncadeau
  • ベストアンサー率20% (43/209)
回答No.1

すいません、 >その証拠に私は自分が0歳のころに痛みという痛みを感じたことはないと思います。 意味がわかりません。 自分の身体に異常が加わった時にそれを感じない動物がいるでしょうか。 自分の生存にかかわる危険から逃れる事が出来るのが「動物」であって、それを痛みとして感じるために神経があるわけです。 私は0歳のころの記憶はまったくありません。 記憶が残っている成人というのも聞いた事がありません。 ご質問の意図がわからないのですが…

tenketu
質問者

お礼

アドバイスありがとうございます。 つまりuncadeauさんの考えは、0歳の当時でもちゃんと感じているが、ただそれが記憶としては残らないということでしょうか? 参考になりました。 >自分の身体に異常が加わった時にそれを感じない動物がいるでしょうか。 すいません、私の質問の仕方が悪かったです。私は意識にのぼる苦痛のことを質問したつもりでした。 たとえばアリなどの超下等動物に攻撃しても、たしかに彼らは「痛そう」な反応を見せますが、果たして彼らアリたちは我々人間と同じような「苦痛」を感じているのかということです。 私はそうは思えないんです。人間の0歳の赤ちゃんもまたほとんど感じていないのではないかと思うんです。少なくとも、成人のときよりもその感じ方ははるかに薄いものではないかと思います。 このへんのところ詳しく教えてもらえませんか?

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