• ベストアンサー

【哲学・宗教・歴史】未来は過去にあるって本当ですか

pfarmの回答

  • pfarm
  • ベストアンサー率51% (67/129)
回答No.3

この問いについては、哲学や宗教において多様な考え方があります。 一例として、哲学者のヘーゲルは「絶対精神」という概念を提唱し、歴史はその絶対精神が現出するプロセスであり、未来は過去の積み重ねによって形成されると主張しています。 また、仏教においては因果律が重要な概念とされ、過去の因(ある行為や思考など)が現在の果となり、現在の因が未来の果となるとされています。つまり、未来は過去にあるという考え方が存在します。 しかし、これらはあくまで一部の哲学や宗教における考え方であり、全ての哲学や宗教が未来が過去にあると主張しているわけではありません。また、近代科学においては未来は過去にあるという考え方は通用しません。 したがって、未来が過去にあるという主張は、個々人の信念や考え方によって異なることがあります。 具体的に考えると、未来が過去にあるという考え方は、以下のような解釈もあるかもしれません。 歴史が繰り返される 歴史にはパターンがあるとされ、過去の出来事が繰り返される可能性があると考える人もいます。この場合、未来が過去にあるということは、歴史のパターンが繰り返されることを意味しています。 過去の経験から学ぶ 過去の出来事や経験から学び、それを未来に活かすことができると考える人もいます。この場合、未来が過去にあるということは、過去の経験や知識が未来に役立つことを示しています。 現在の選択が未来を決める 過去の出来事や経験によって現在の選択が左右されるため、現在の選択が未来を決めると考える人もいます。この場合、未来が過去にあるということは、現在の選択が過去の出来事に基づいて行われるため、未来は過去に基づいて形成されることを示しています。 以上のように、未来が過去にあるという考え方には、複数の解釈があることがわかります。

関連するQ&A

  • 【哲学的宗教】人は過去だけでなく未来からも逃れられ

    【哲学的宗教】人は過去だけでなく未来からも逃れられない。 自殺したら未来からは逃れられるのでは?

  • 【哲学】時間は過去で空間は未来ですか?それとも時間

    【哲学】時間は過去で空間は未来ですか?それとも時間が未来で空間が過去ですか?

  • 哲学の未来

    いずれ必ず来る未来において主流をなすと思われる哲学は、どのようなものになるのでしょうか? 現在と同じく、ただ単に多様な哲学が存在するというだけではなく、具体的な指針のようなものがありましたらお聞かせください。 未来といっても、50年から100年後ぐらいを想定しています。

  • 『歴史を忘れた民族に未来はない』のか?

    過去のサッカー日韓戦で、韓国側の応援席に『歴史を忘れた民族に未来はない』と韓国語で書かれた横断幕が掲げられたそうです。 この文句はとんでもない間違いで、本当は『歴史を捏造する民族に未来はない』というのが正しいと思いませんか。

  • 哲学に、なぜ歴史があるのですか。

    私自身は哲学について素人です。 中央公論新社より 「哲学の歴史」という12巻組の本が 出版されていますが、 縁あって、その本が企画段階だった頃に その説明をいただく機会がありました。 そのとき、私は哲学に歴史があるということに おどろきを感じました。 哲学は、それぞれの個人が考えることで それは、その時代に一からその人の中でまとめられるものだと 思っていたからです。 誰かがまとめたものを下敷きに その考えを推し進めるということもあるとおもうのですが、 だとしたら、ある疑問の答えは 歴史をさかのぼれば、どこかで出ていることになります。 おそらく答えが出ているに違いない事を わざわざ自分で考えるのも徒労に感じますが、 歴史を調べて答えを探す事は、 哲学ではないようにも思います。 哲学には、どうして歴史があるのでしょうか。

  • 「哲学」は「宗教学」に近いのですか?

    当カテゴリで、いまだ未締め切りの質問を抱えている者です。 「哲学」がなんたる学問かについては良く知らず、 自分の質問内容が投稿先の候補としていた「心理学」や「国語」には多分当たらないであろうとの 消去法で「哲学」カテゴリに投稿した次第です。 私が投稿した質問はごく日常的な疑問です。。 何人かの方がすぐに回答下さり、とてもありがたく思いました。 しかし、ふと「哲学」カテゴリの質問リスト(回答数も載ってる)をみてみると、 タイトルに宗教的なものが多いように感じたのです。 聖書がどうしたこうした、仏がどうしたこうした、神がどうしたこうした… しかも、宗教的な質問ほど多くの回答が集まっているように見える。 これは私が考えていた「哲学」とは異なる傾向です。 「哲学」は宗教などから離れて、あるいは少なくとも宗教の教え等は第三者的な視点から捉えて、 人間の真理を追究する学問と思っていたからです。 ざっとみた感じなので申し訳ないのですが、 どうにも「哲学」カテゴリが「宗教」に巻き込まれているように思えてならないのです。 たとえば、本カテゴリで興味深い質問をみつけ、少し見てみたのですが、 回答された内容に、「輪廻転生」を前提としたものが複数見られました。 私は「輪廻転生」自体は否定しません。 しかし、「哲学」カテゴリで、 「人間は生き返るのだから大丈夫だよ」などとする意見はどうしても受け入れ難い。 これってまさに宗教的じゃない?気持ちわるーい!と思うのです。 私の「哲学」に対する認識は間違っているのでしょうか?

  • 哲学と宗教との違い

     こんばんは。  哲学や宗教等を学ばれた方に質問です。  私は全くの素人ですが宜しくお願い致します。  哲学の入門書には、キリスト教など宗教の説明も記載されておりますが、宗教とは哲学のカテゴリーに含まれるものなのですか? それとも宗教と哲学とは全く異なるものなのですか?  哲学と宗教との違いを教えて下さい。宜しくお願い致します。

  • 哲学と宗教の折り合い

    哲学も宗教も詳しくないのですが、常々疑問に思っていることがありますので易しく教えてください。 何かの宗教を信仰している哲学者は、信仰と哲学をどのように折り合い付けているのでしょうか? 信仰を不可侵にしてしまえば「哲」学では無くなってしまうのではないかと思いますし、逆に宗教を哲学の対象にしてしまうと信仰ではなくなってしまうように思います。 宗教と科学の矛盾に関してはガリレオとかダーウィンの例を良く聞きますが、哲学と宗教の矛盾が問題となった例は聞いたことがありません。むしろ哲学の方が本質的に矛盾するように思うのですが。

  • 哲学が宗教から学ぶ事はありませんか?

    私は家が無宗教だたので、宗教というものを知らなくて 若い日に宗教を幾らかかじりまいした。 そのお陰で哲学の盲点も見える様な気もします。 哲学が宗教化してはいけないと思いますが 仏教なり、キリスト教なり、神道なり、儒教なり、新興宗教から学ぶ点はないでしょうか? 哲学は疑って疑って疑い抜いて 結局何だかよく分からない状態の様ですが 宗教は一応此れ此れだから世界はこう、人間はこう、宗教はこうと格好を付けなければ成りません。 哲学が流行らない今、宗教に生き方を求める人も多いようです。 広告塔とか言って 有名人が宗教の看板になってたりします。 宗教で行けなければ、哲学は対案を出さなければ行けません。人々はそれを待ってると思います。 あなたの対案は何ですか? 宗教に学ぶこと。或いはその対案を教えて下さい。 出来れば端的にお願いします。哲学は現代に生きる人にアイデアを出せるか? よろしくお願いします。

  • 哲学と宗教

    下の質問で”哲学の価値”はとういう質問を出しているのですが、その質問を出す前には共に漠然としたものであり一貫性がみあたらないな~と感じていました(共に専門的な知識はありません) それで、”哲学の価値”についてはそうでもなさそうだと思い回答を参考にしていろいろ見て回っている所なのですが・・・ どうしても宗教の一貫性のなさ(各宗教にによって考えが違っているようなこと等)が哲学と結びつけるのに無理があります(個人的にですよ) 私に基本的な知識がないからということは分かってはいるのですが、ふと思ったのですが、宗教が先に生まれたのかそれとも哲学(共に言葉が生まれる前でも良いです、それらしきもので結構です)が先だったのかどうなんでしょうか? へんな質問なんですが頭が混乱してきて整理したいのでよろしくお願いします