• 締切済み

『こころ』主人公の存在意義は?

高校の読書感想文の宿題の為に夏目漱石の『こころ』を読んだのですが、どうにもわからないことがあります。 それは、何故主人公が「先生」ではなく「私」なのか、ということです。 最終章は「先生」の遺書で話が進みますよね。 なんだか最終章だけでもよくできた話に思えるし、この作品のテーマである「エゴイズム」もこの章だけでしっかり描かれている気もしますし。 その前の「先生と私」「両親と私」は何故この作品に必要なの?!と思ってしまったのです。 でも無いと無いで寂しいような…。 ・主人公が「先生」ではなく「私」であるのは何故?(「私」の存在意義は?) ・「先生と私」「両親と私」は「先生と遺書」にどんな影響を与えている? 以上の2点、どうかわかりやすく解説をお願いします。

みんなの回答

  • aiaisama
  • ベストアンサー率4% (13/261)
回答No.6

・主人公が「先生」ではなく「私」であるのは何故?(「私」の存在意義は?) 先生は本来「教授的な職に就きたかったと思うんで。 奥さん頂いた替わりに社会的自己顕示は諦めた。 子も作らなかった。確か奥さん抱く事も自粛してた。 そんな先生にとって、打ち明ける弟子&息子に近い存在の出現は、意義有る&救いに繋がるものだった。 ・「先生と私」「両親と私」は「先生と遺書」にどんな影響を与えている? 青年に移り変わる真っ只中、初めて出会った肉親以外の父なる存在との出会いって、大学生にとって素晴らしい物なんじゃないでしょうか? 男性にとって、父以外の師・先輩との出会いって、憧れなんでは?そして必要なものでは? 他人だけど、敬愛・尊敬が成り立つ世界。(私から見て) 完全客観的な立場に向かって罪を吐き出す事。 身内間では甘えが存在しますから、吐いても意味がない相手です。(先生から見て) 先生が親を越える師になっていく過程が描かれています。 先生は、諦めてた弟子に会う機会に恵まれて、満足したから初めて、純粋な心でKに対して殉死出来る心境になれたんだと思います。先生は親戚との金銭トラブルで大変傷付いてました。私に出会って救われた部分が有ると思います。

  • railways
  • ベストアンサー率50% (8/16)
回答No.5

わたしはたまたま最近この本を読み返しました、ので知識は無いけど思い入れはあります。 まず、挙げられるのは「先生」と「私の両親」の対比です。学校を卒業したからといってすぐに就職などしなくてもいいという思想(自らもそれを体現している)の先生と、大学を出たからにはすぐに金を稼ぐべきだという両親。 いわば「都会型知識人」と「田舎型実業家」とも表現できるこの対比は漱石の「猫」や「三四郎」にも見られる構図です。 そのような相反する二人の大人と接する主人公は明らかに先生により深く傾倒しており、実の両親の考え方には強く反発しています。 このことは「両親と私」の最後で実の親が危篤だというのに心の師である先生のところへ駆けつけるという、軽薄ともとれる「私」の行為が証明しています。 儒教的道徳からはとても考えられないこの行いが、「私」のエゴイズム(我侭ともいう)では無いでしょうか。 また、この物語の鍵となる出来事が明治天皇の崩御です。明治という時代とともに「先生」はその生涯を閉じます。 明治20年代(?)にあってその生き方が古めかしい「K」を江戸時代的な侍精神の持ち主、 自らの罪にさいなまれ迷いながら生きるも結局は死へと向かっていった「先生」を明治時代の人、 そして彼らの生き方を見つめる「私」は、これからの時代(大正)を生きる未来人、 と考えてみてはどうでしょうか。 彼らはいずれも「都会型知識人」に属する人ですが、それでも生き方は時代を反映して大きく異なります(もしかすると一人の人間の精神が変化する過程かも知れませんが)。もし、この物語が「先生の遺書」だけだと彼の自殺後には何も残らなくなってしまいます。しかし、「先生」も示唆していますが「私」という読み手が存在することで「K」と「先生」の魂は受け継がれて行くことになります。 長々と駄文を連ねてきましたが、わたしなりの結論としては 「私」は「先生」の唯一の理解者であり後継者である、です。 「私」の存在により「先生」は、「それから」の代助や「門」の宗助のように一人でうじうじ悩まずに済んだ、と乱暴に言えばそういう風に解釈しました。 ************* 追記 今回、夏休みの宿題のために読んだのであればその感想文を残しておいて、5年後か10年後にもう一度この作品を読むことをお勧めします。きっと違った見方が出来るでしょう。 また、現在ビックコミックスペリオール誌上で「こころ」を漫画化したものが連載されています。 現代風にアレンジもされているので、原作に強い思い入れがある人は読まないほうが良いと思いますが、小説だけでは判らなかった部分が見えてくるかも知れません。

noname#9152
noname#9152
回答No.4

回答・アドバイスというよりも一読者の感想と思って読んでくだされば幸いです。 十代の頃に『こころ』を読んだ時、わたしは「私」という青年を単なる「語り手」として理解していたと思います。しかし近年読み返した時、「私」という青年はこの作品になくてはならない存在だと思うようになりました。最初に読んだ時には読み流してしまったある箇所に引っ掛かりをもったからです。それは、「先生と遺書」の章の「二」にある次のような言葉です。 「私は何千万といる日本人のうちで、ただあなただけに、私の過去を物語りたいのです。あなたは真面目だから。あなたは真面目に人生そのものから生きた教訓を得たいといったから。」 「私は暗い人世の影を遠慮なくあなたの頭の上に投げかけて上げます。しかし恐れてはいけません。暗いものを凝と見詰めて、その中からあなたの参考になるものをお攫みなさい。」 「あなたが無遠慮に私の腹の中から、或る生きたものを捕まえようという決心を見せたからです。私の心臓を立ち割って、温かく流れる血潮を啜ろうとしたからです。その時私はまだ生きていた。死ぬのが厭であった。それで他日を約して、あなたの要求を斥けてしまった。私は今自分で自分の心臓を破って、その血をあなたの顔に浴びせかけようとしているのです。私の鼓動が停った時、あなたの胸に新しい命が宿る事ができるなら満足です。」 これらの言葉の重みに気づいた時、わたしは激しく心を揺さぶられました。これらの言葉は、先生が青年に向けて遺書を書く理由を語っています。しかし、もしかしたら、先生はこの青年と出会わなければ自殺をしなかったかもしれない、ということすら暗示しているようにも思うのです。 もちろん、「私」が先生を追い詰めた、などということを言うつもりはありません。そうではないけれども、先生は「私」と出会い付き合いを深める中で、自分の心の中の闇と真正面から向き合う決意をしたのではないかと思うのです。 もっとも、この青年の何が先生にそのようなことを考えさせたのかということは、今のわたしにはわかりまん。ただ、それがこの作品を読み解く鍵ではないかと思っています。   * 既出の回答と重複する部分もありますが、ご了承ください。 なお、質問者さんに余計な先入観を与えてしまったかもしれませんが、「かしこい人」ではないので(笑)、あえて書かせていただきました。   * 以下、余談です。 十代の頃ではなく近年読み返した時、この作品の構成の見事さに驚きました。特に、汽車に飛び乗って手紙を拡げるところから一転して先生の遺書が始まり、それが長々と続く。その場面転換の鮮やかさには、(作品の主題とはまた別に)ほとほと感心していました。しかしNo.3さんの回答によると、漱石は最初からそのような構成を思い描いていたのではなかったのですね。これまた驚き。俄かには信じられません。

回答No.3

確かに『こころ』というのは、不思議な構成をとっている作品です。 これに関しては、従来から「先生と私」という章などは要らないのではないか、いたずらに推理小説的手法を採っているだけではないか、と批判する人もいました。 ただ『こころ』がこのような構成をとっているのには、事情があったんです。 漱石は最初『心』を短編の連作として書くつもりでした。 当時漱石は朝日新聞社の記者として(小説を専門に書くという契約は、一般の記者とはずいぶん違いますが、ともかく漱石は帝大を辞めて、朝日新聞社の社員となっていたのです)随時、新聞に連載小説を書くことになっていた。 ひとつひとつには違ったタイトルをつけていくが、その通しのタイトルを仮に『心』としておく、という連載前の手紙が残っています。 そうして開始された連載の第一回目のタイトルが「先生の遺書」でした。 漱石は書き始めるまでに大変に苦労をし、実際にこの作品を書き始めたのは、紙面に載るわずか四、五日前になってやっとのことだったようです。 ところが連載が進むうちに、とても「短編」で終わりそうなものにはならなかった。 そこで、「先生の遺書」というタイトルのまま、作品は書き続けられます。 しかも、途中から、漱石のあとに連載小説を開始することになっていた志賀直哉が、自信が無くなった、と執筆を辞退し、志賀を推薦した漱石みずから、つぎの執筆者を捜さなければならない羽目に陥ります。 執筆者探しは難航し、その間、漱石は自分の連載を引き伸ばさなければならなかった。 結局「先生の遺書」というタイトルは、連載が終了する百十回まで一度も変更されることはなかったのです。 書き上げられて単行本にされる段階で、比較的独立性の高い章ごとをまとめて「先生と私」「両親と私」「先生と遺書」の三部構成にし、全体に『心』という題をそのままつけた。そうしたいきさつがあって、現在の形になったのです(典拠:江藤淳『漱石とその時代』第五部 新潮選書)。 作品の完成度から見れば信じられないことなのですが、この作品の構成は最初から漱石が思い描いていたものではなかった。 連作短編を構想していたときの漱石の念頭に、どのようなイメージがあったのかはわかりませんが、とにかく「先生の遺書」というタイトルから、「先生」は最終的には死んでしまうことと、「先生の遺書」が作品の中で大きなウェイトを占めることになっていたことは決まっていたのでしょう。 けれども、もし志賀直哉がすんなり連載を開始していたら、「遺書」はここまでのボリュームにはならなかっただろうし、そうなると、現在残っているものとはかなり印象の異なるものになっていたことは想像にかたくありません。 ですから何が言いたいかというと、漱石があらかじめ明確な意図を持ってこのような構成を取ったのではないと言うこと、とくに、質問文中の二点目、 >「先生と私」「両親と私」は「先生と遺書」にどんな影響を与えている? などは、書いている段階ではおそらく漱石自身にもわからなかった部分であろう、ということなのです。 質問者さんが『こころ』を読むとき、その背後の作者に思いを馳せるのは、とても良い読み方だと思います。 けれども、間違えないでほしいのは、作者や、あるいはかしこい人や偉い評論家がどこで正しい「『こころ』の解読」をしてくれているのではない、ということです。 質問者さんが読む。自分でなぜだろう、と問題をたて、答えを考える。 そうすることで、今よりはるか前に書かれた『こころ』という作品が、もう一度質問者さんの中で息づき始めます。 >その前の「先生と私」「両親と私」は何故この作品に必要なの?!と思ってしまったのです。 これはとてもいい着眼点だと思います。 もう一度、そこに注意して、もしこの部分がなかったらどうだろう、「私」がいなかったらどうなるだろう、と考えながら、読み直してください。 おそらくそれが質問者さんの、ほんとうの意味での「感想文」になると思います。 がんばってください。

  • ryuchan
  • ベストアンサー率53% (7/13)
回答No.2

 主人公の「私」は「先生と遺書」で危篤状態の父の側を離れ、既に自殺しているであろう先生のもとへ駆けつけます。これはなぜか。  僕が高校一年で「こころ」を読んだときには、もしかしたら先生の自殺を止められるかも、という一縷の望みのために駆けつけたと解釈していましたが、翌年国語教師に「今から駆けつけても絶対に間に合わない、それなのに駆けつけたのは先生の奥さんに会うためだ」と言われ、目から鱗が落ちました。  そういえば主人公と先生の奥さんて結構いい雰囲気だったですよね。  閑話休題。  ……いずれにしても、先生は自らの過去、そして自殺を誰にも知られないようひっそりと日記に残すのではなく、他のXとかYとかの青年に話すのではなく、他ならぬ「私」に告白する必要があったのでしょう。  その理由が何かということはおいておくとしても、この時点で「私」という存在は「こころ」という小説になくてはならないものです。  この辺の理由を探っていくことが、他でもない「こころ」研究につながっていくのかもしれませんね。

ba_nana
質問者

お礼

回答ありがとうございます。 青年と奥さんの文、以前別の質問で回答されていたものですよね。質問を調べているときに読ませていただきました。興味の沸くお話です。 そして、とても面白い考え方をなさる先生ですね。 私が去年教えてもらっていた先生も「国語は先生によって読み解き方が違うから、いろいろな先生から教えてもらうと面白い」と話していたことがあります。 青年と奥さん、2人があの後どんな会話をしたのか、考えるとキリがなさそうですね。 その先生に一度教えていただきたいと思いました。 青年にとっても先生は特別で、先生にとっても青年が特別だったのはわかります。 そして、先生は「私」に遺書を残した。 逆に考えれば、先生は「私」だから遺書を残してまで事実を明かすことを決心した、ということでしょうか。 それはつまり、「私」は先生にとってなんだったんでしょうか。変わるきっかけ?それとも別の…? あ、なんとなく考え方がつかめてきました。整理すれば、文章にもできそうな気がします。 ありがとうございました。

  • koga_s
  • ベストアンサー率21% (36/164)
回答No.1

こんにちは。 大分前に読んだのでちょっと不安ですが、書いてみますね。 「先生と私」「両親と私」についてですが、もし「先生と遺書」だけだったらどうでしょう。 ただの告白小説になってしまい、それだけの内容になってしまいます。 前の二章があることによって、「私(青年)」の現代の生活と「先生」の過去を重ね合わせて読むことができます。 青年がたびたび先生に諭されるような場面(確か「君はまだ若い」というような意味のことや、お金が人を変える、愛とは何か、という話) がありますが、それが青年にどんな影響を与えたのか考えてみると良いと思います。 また、主人公が「私」なのは何故か、ということですけども、主人公が「私」だとどこかに書いてありましたか? どの小説についても言えますが、主人公が誰か、という問題には「裏の主人公」「本当の主人公」という 考え方が常にあります。 「こころ」の主人公が「私」では納得いかない、と思われるのなら、「私は『先生』が主人公だと思う」という主張で感想を書けば、 より良い内容になるのではないでしょうか。 少しでも参考になれば幸いです。

ba_nana
質問者

お礼

アドバイス有難うございます。 >ただの告白小説になってしまい、それだけの内容になってしまいます。 確かにそのとおりです。私が最初の二章を「無いと無いで寂しい」と思ったのもそこからかもしれません。 前の二章で先生が諭していたことが、三章目によってより深みを増しますよね。きっと青年も遺書を読む前と後では先生の言葉の意味の捕らえ方も違うはずですし。 先生だけに着目するのではなく、青年の心情にも目をつける…。なるほど、参考になります。 >主人公が「私」なのは何故か、ということですけども、主人公が「私」だとどこかに書いてありましたか? びっくりしました。裏の主人公、本当の主人公! 主人公=青年、という固定観念を持たずに読めば、また違った感じ方ができるかもしれません。 また始めから読み返したくなってしまいました…。この小説は本当に魅力的です。 「主人公は先生では?」と書くことによって読み手に「ムムッ?」と思わせて読ませる感想文になりますし、私の感想にもなりますね。 たとえハッキリと答えが見つからなくても、ひとつの考え方としてよいかもしれません。 ありがとうございました。

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