登録日:2003/06/27
素人の間でも専門家の間でも、数々の概念が論理階型上の誤りを内に秘めたまま大手を振って歩き回っているのである。例えば、“探求”という概念。
電気ショック装置のついた箱を多数用意してネズミの前に並べても、ネズミの探求心を決して殺ぐことはできない。この事実に心理学者たちは頭を抱えているようだ。いくら罰しても、ネズミの学ぶことは、一度電気ショックを受けた箱の中は突っつくまいということだけで、箱というものの中を突っつくべきではない、ということは一向に学習しないのである。……
箱というものの中は探るべきではないということを学んでしまうことが、ネズミにとっていかに好ましくないことか、少しばかり感情移入してネズミの視点からものを見れば、すぐに気がつくことである。……
探求の目的は探求自体の是非を知ることではない。探求の対象に関する情報を得ることである。“犯罪”というような概念についても同じことがいえる。われわれは、ある行為そのものを指して、またその行為の中に含まれるものを指して“犯罪”と呼んではいないだろうか。そしてあたかも犯罪行為とわれわれが呼んでいるものを処罰し続けていくことによって、この世から犯罪が消えてなくなるかのように考えて行動してはいないだろうか。
“犯罪”とは実は“探求”同様、行為の組織法に他ならない。したがって行為を処罰して犯罪が消滅すると期待するのは浅薄である。犯罪学と名のる学問は、こんな単純な論理階型の誤りから、何百年もの間、抜け出してはいないのである。
グレゴリー・ベイトソン『精神と自然』
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