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ベストアンサー以外の回答(1件中 1~1件目)
ロシアは昔から不凍港を手に入れたかったのです。そのため東アジアでは日本特に今の北海道や中国(清)、朝鮮を狙っていました。
朝鮮は日本が開国させるまでは鎖国状態だったため、開国後は勢力拡張に努力しています。明治18年にはロシアの属国とするような朝露密約の締結寸前までいきました。
日清戦争で日本が旅順を占領したため遼東半島を獲得したところフランス、ドイツとロシアの3国が干渉したため日本は清に返還しました。ロシアはその代償に満州の鉄道敷設権を獲得し、遼東半島を含めて派兵をしました。ロシアの強引なやり方に列強が文句をつけて撤兵を約束させたのですがロシアは守らないことが日露戦争のひとつのきっかけです。
旅順は要塞化して中国には返還するつもりはありませんでした。
日清戦争後はロシアは朝鮮により手を伸ばし、日本と争っていました。閔妃等によるロシアへの接近で日本は危機感をつのらせ、日本は閔妃を宮殿(景福宮)で暗殺したほどです。(景福宮に大きな案内板と遺体を燃やした場所の松林が残っていますが、日本人向けツアーでは案内しません。暗殺は日本の三浦大使が黒幕でしたので国家が暗殺したのです)
日本は朝鮮がロシアのものになると、次は日本が占領されることも恐れました。幕末には一時ロシアが対馬を占拠したくらいですから。
現在の考え方で測るとおかしいですが、帝国主義の時代で生き延びるには日本も強国となるために朝鮮が必要だったのです。
戦争も喧嘩も一方だけが悪いケースは少ないでしょう。
投稿日時 - 2004-07-24 15:45:16
お礼
ありがとうございます。遼東半島に派兵・出張ってたんですね。
投稿日時 - 2004-07-25 02:25:04