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お盆行事

先祖の霊を自宅の迎えて一緒に過ごす。人間として自然な感情です。いまでは仏教行事のように思われているがもっともっと古くからあったのではないかと思っています。昔からこの夏の時期に行なわれていたのでしょうか。何故にこの時期なのでしょうか。 お盆に集まった時にみんなに一つ講釈をしてみようと思っています。

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noname#224207
noname#224207
回答No.5

>人間として自然な感情です 日本人として自然な感情であって、人間としてではありません。 キリスト教圏にもイスラム教圏にもこのような考え方も習慣もありません。 仏教発祥のインドにもありません。 逆にいいますと日本特有の考え方であり習慣です。 この日本でも、一つの行事として庶民が行うようになったのは江戸時代以降です。 一方で盂蘭盆会という仏教行事は、朝廷などの貴族階級では古く推古天皇の時代から行われていました。 一方で祖霊崇拝という考え方や、それに伴う祭事は縄文時代からあったとされています。 夏季に休暇をとり祭事を行うと言うのは、農耕文化から生み出されたものです。 いわゆる、農閑期の慰労をかねた行事です。 日本では古くから祖霊は一体となって山上にいて里人を見守っているという考え方がありました。 田畑などの農耕地に春になるとこの祖霊を招いて守護してもらい、収穫後には山へ戻ってもらうという考え方があり、この送り迎えの行事は現在でも行われている地域があります。 祖霊は一体であり守護してもらうのも村落全体です。 お盆の迎え火送り火も村落単位で行う地域もあります。 有名なのが京都の五山の送り火です。(通称大文字焼き) このように、いろいろな考え方が複合して出来上がったのがお盆という習慣行事です。 現在お盆と呼ばれている習慣行事は、庶民にとっては歴史的には極めて新しいものです。 特定の宗教に基づいたものではないことから、行事の内容や実施時期などは地域々々で独特な形式がとられています。 特に明治以降太陽暦が採用されたことから、太陰暦のままで行う地方と太陽暦で行う地方があります。 東京を中心とした関東地方ではお盆は7月15日を中心として行われます。 8月15日というのは、太陰暦の日取りを太陽暦に換算した結果決められた日取りです。 東京などでは旧盆と呼んでいます。 地方からの出身者が増えたこともあり、大型マンションなどでは、各部屋(お宅)で実施時期が異なるということが起きています。 お墓詣りをされる地域も多いかと思いますが、お墓が現在のような姿になったのは明治以降です。 古来から、埋葬墓と詣り墓と二つ墓が設けられていました。 実際に遺体が埋葬される墓は簡素なもので、時間とともに消滅しました。 詣り墓は、石塔など恒久的なもので、寺院内あるいは、自宅近隣の山林などに設けられていました。 古いお寺にある五輪塔などはこの詣り墓です。 このようにお墓の形式も取り扱いも現代のやり方は歴史的に極めて新しいものです。 お盆という行事は、歴史などに関わらず大切にしたい習慣行事であることには変わりはありません。 特に自宅に仏壇を設ける習慣が激減していることもあり、亡くなった家族を再認識して命というものを考えるのに最適な行事です。 今回のご質問のように、日本の伝統や民俗史を振り返る切っ掛けともなります。

titelist1
質問者

お礼

日本古来の習慣であることも分りました。この時期なのは農閑期だったからとは納得です。また、開放的な気候で門戸を開けていてるので霊が帰って来やすいと考えたかもしれない。 ありがとうございます。

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その他の回答 (8)

回答No.9

No.8です。訂正します。 >年に一度7日間だけ黄泉路を通れるようにした。 2週間でした。 新暦で言うと、8月7日の盆の入りから8月20日の廿日盆までです。 タヂカラオが大岩を持ち上げてられる限界が2週間なのかな。 それで、黄泉の国から歩いて来ると七日間かかるので、7日に黄泉の国を出て13日の夜に到着する。 (古来日本では死者にも足があり、歩いて黄泉の国に行くので、死に装束に脚絆と杖を持たせる習慣があります) 帰りも同じだけかかるので、本当は1泊して14日には帰らなければならないのですが、きゅうりやナスで作る動物を使うと早く帰れるので16日の朝まで居れるらしい。 ってことだったような気がします。

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回答No.8

日本神話において、葦原中国(生者の国・日本)と黄泉の国(死者の国)は自由に行き来できていた。 しかし、イザナギがイザナミから逃げるために、黄泉比良坂に大石(道反の大神)を置いて黄泉路を塞いだ。 それ以来、死者は生者の国に来ることが出来ず、生者は死者の国に行くことができなくなった。 これまで、自由に行き来できたことが、イザナギのせいで出来なくなった事によって悲しむ人が大勢出たので、責任を感じたイザナギ(アマテラスだったかもしれない)がタヂカラオに命じて年に一度7日間だけ黄泉路を通れるようにした。 こんなのが、お盆の由来だったような気がするのですが、出典が分かりません。 孔雀王あたりのマンガで読んだのかもしれません。 お盆という名称は、皆さんがおっしゃってるように仏教の盂蘭盆によるものですが、 旧暦7月15日という日程は、道教の中元節によるものです。

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  • kurinal
  • ベストアンサー率10% (128/1195)
回答No.7

こんばんは。 (大)昔、中国では、「喪に服す」というのが、大変だったらしいです。 (立ち上がるのに両側から支えが必要なほど、、、だったとか)

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  • hannya-gl
  • ベストアンサー率17% (6/35)
回答No.6

超能力第一と言われる、釈迦の十大弟子の一人、目連、が超能力を使って、死んだ母の様子を見に行きます。化粧もせず、慎ましく、懸命に、私を育ててくれた、優しい母だったから、死後は極楽で安気に暮らしている、と思っていたたら。目蓮の母親は、地獄で、痩せ細り、下腹だけが飛び出し、口を開け、食べ物を求め放浪する、餓鬼、となっていました。目連に気づくと、声を上げ、何か食わせてくれと、泣き、哀願します。目連が、ちよっと待っていて下さいと、いそぎたべものを用意すると、母がは奪うように取り、 食べようと口に近づけると、食物は炎に変わり、燃え尽きてしまいます、何を持っていっても、何度繰り返しても、結果は同じでした。餓鬼は食う事が出来ないのです。母は怒り、悔しがり、お前が悪い、と罵りさえします。 あまりのことに、目連はブッダの元に行き。私の母は悪い事はしていません、何かの間違いではないでしょか。なんとか、母を救って下さい、と頼むと、ブッダは たとえ天地が動こうと、どうにもならぬ。とこたえます。 思い悩んだ後、目連は気づきます。母は私を愛したが故に、地獄に落ちた、我が子も、人の子も、同じであるとは考えず、私の得や人にたいする些細な勝利を、我が事として喜び。私に勝る者を妬み、恨みさえしていたのだ。そんな心を隠していたの。わたしもまた、そういう母の心を見ようとしていなかった事、に気付きます。再びブッダの前に現れた目連は、自分の母だから助けて欲しいと言った事を詫びた後。 地獄で苦しむ者のために、私に出来る事は何でしょうか、と尋ねます。 ブッダは 毎年、8月15日は、全国から修行者がこの山に集まる、徳の高い日だから。修行者達に奉仕をしなさい。 と言います。 回向の語源なのかどうか、 盂蘭盆経は中国で創られた偽経、とも言われるているようですが。超能力が出てくるところをみると、密教でしょうが、密教以外の宗派にも取り入れられているようで?、理由は、お盆、の風習が既にあった、ということでしょうか。 盆の16日は地獄の、釜の蓋、が開く日だから、けっして生き物を殺してはいけないと祖母に言われ、 網を隠して遊びに出た事があったような。  偽経の偽経?

titelist1
質問者

お礼

偽経と言っておられるように、何となく嘘くさいですね。

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回答No.4

仏教には「先祖の霊を自宅に迎えて一緒に過ごす」という考えはなく、輪廻転生したら魂は戻ってくることはないというのが基本です。 日本神道の考えでは、死者の魂は天に昇るのではなく、生者の身の回りにいて、生者を見守っているものと思われていました。 その霊が年に1回戻ってきて生者と一緒に過ごし、しばらくして再び、霊の世界に戻って行くと考えられました。 仏教の外典として「盂蘭盆経」が作られ、当時の仏教徒が人が死ぬともうそれを顧みることなく忘れ去ってしまう風潮に危機感を覚えて、そのお経が作られ、先祖を大事にするように唱えましたが、インドでは「盂蘭盆経」は普及せず、それが普及したのは中国でした。 中国の儒教の祖先崇拝の民間信仰と結びついて盆の時に祖先の墓を参詣することが始まりましたが、中国で仏教が栄えたのは唐の時代で、それ以降は儒教が優勢になりましたので、中国でそれが定着することはななく、儒教の「清明節」に先祖の墓を参ることになっています。 現在の中国で、仏教の盆の行事というのはありません。 それが残っているのは日本だけです。 小乗仏教の国であるタイでも、ミャンマーでも、盆の行事があるという話は聞いたことがありません。 中国では、昔、四節季といって、お正月と春分の日と、夏の夏至と、秋分の日の4回、お墓参りする習慣があり、日本でも戦前は年に4回お墓参りしていましたが、戦後に夏の夏至以降お墓参りする習慣が定着して、現在に至っています。

titelist1
質問者

補足

私もこの習慣は仏教ではないなと思っていました。日本古来のものであることが分りました。お盆の行事は弥生時代からあったのでしょうか。そのような記述を見たことがありません。不思議な習慣だと思っています。

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回答No.3

基本は下二人のご意見ですが、そんなに仏だ神だといわなくなった室町やそれ以前には 商業で村から奉公に出る人たちが、「盆だから」という理由で1週間お休みを頂ける 盆供養というのはかなり昔の文献からありましたよ。 今となっては霊だの先祖だのは二の次で、生きてる家族がこの日ばかりと顔を合わせ互いの無事を 話し合い成長を見る日となってきています。 まあ家に仏壇ある家とか、先祖代々の墓があるいえとか少なくなってきましたからね。 拝む物がないのですよ。

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  • merciusako
  • ベストアンサー率37% (909/2438)
回答No.2

「お盆」というのは、盂蘭盆会(うらぼんえ)の略です。 釈迦の弟子の目蓮の母が亡くなり餓鬼道に落ちた。 釈迦の教えに従い、7月15日に僧侶たちに食物を施し、供養することによって、母を餓鬼道から救い出した。 という言い伝えがあります。 盂蘭盆会は、餓鬼道や地獄に落ちて苦しんでいる霊を救うために供養することです。 これに日本古来の「先祖の霊が帰ってくる」という言い伝えがミックスされたものが現在のお盆です。 7月15日、旧暦の8月15日に供養を営むのですね。

titelist1
質問者

補足

日本古来の言い伝えが知りたいのです。

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  • maiko0318
  • ベストアンサー率21% (1483/6970)
回答No.1

お盆(おぼん)は、太陰太陽暦である和暦(天保暦など旧暦という)の7月15日を中心に日本で行なわれる、祖先の霊を祀る一連の行事。 一般に仏教の行事と認識されているが、仏教の教義で説明できない部分も多い。古神道における先祖供養の儀式や神事を、江戸幕府が庶民に強いた檀家制度により仏教式で行う事も強制し、仏教行事の「盂蘭盆」(うらぼん)が習合して現在の形が出来たとされる[1]。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8A%E7%9B%86

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