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読解

こんにちは エッセイを個人的に読んでます。 文章中の〝去天即私〟とはどういったものと考えられるか教えてください。 私にも思いあたることはたくさんあって、たとえば夏目漱石に関する「即天去私」という読み方がそうだった。この読み方を読者に強制したのは小宮豊隆であるが、小宮豊隆は弟子として漱石の近くにいたことによる情報量の多さを振りかざして、漱石の好んだ「即天去私」ということばを漱石の晩年の心境全体に拡大し、漱石の後期の作品のテーマはそれだと断定して、その独断を読者に強制したのである。つまり、漱石の小説を道徳の教科書にしてしまったわけだ。  漱石の小説は、「即天去私」と〝去天即私〟が混在したところが面白いのであって、私もごく若い時期には、その面白さで漱石作品を愛読した。だから小宮豊隆のこの〝定説〟に出会ったときには憤然とした。今ではこれは〝定説〟ではなくなっているが、しっぽが完全に切れているわけではない。漱石を道徳家として仰ぎ奉ろうとする読者は、案外多いのである。しかしそれは決して漱石を〝より「良く」読むこと〟にはならないだろう。 印刷では「則天去私」ではなく「即天去私」となってます。 ではよろしくお願いします。m[__ ]m

みんなの回答

回答No.1

この文章に記載されている事のみで判断するとするなら、 ・『則天去私』の対義語が『去天即私』 ・『則天去私』とは道徳的な思想或いは行為に繋がるキーワード となるので、『去天即私』は不道徳な思想或いは行為に繋がるキーワード と定義することになると思いますが如何でしょうか?

ba___I-v-1___ka
質問者

お礼

>この文章に記載されている事のみで判断するとするなら 漱石を多少でも読んでいれば、この短文に範囲を限ることもなんですがね。 文鳥、硝子戸、猫の一部、夢十夜、このくらい読んだくらいでは回答は無理かもしれませんね。 >『去天即私』は不道徳な思想或いは行為 これ以上の回答を待つのは難しいようですね。

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