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数学は正しい?

noname#7273の回答

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noname#7273
noname#7273
回答No.7

>しかしあえて、現実的でない仮定を採用してある公理系を >構築すると、それは数学という体系と相似形をなす(←こんな言葉しか >しらないもので。。。)、つまり一つ一つの公理は >数学とある公理系とでまったく違うのに、公理系の表現する性質 >はきわめて類似している、といったものができるような気が >するのですが、この可能性についてどう思われるかお聞きしたいです。 数学は自然科学の言葉である、つまり数学は表現の1つの道具である という面とともに、数学それ自体の中に、独立の、抽象的な世界があります。 だから >しかしあえて、現実的でない仮定を採用してある公理系を構築すると、 という試みが幾多となされてきたわけです。たとえば、 数学でのベクトル束の切断は物理の場の概念以前に発見されていた、 リーマン幾何学は相対性理論より以前に打ち立てられていた、 楕円関数の発見はある曲線の弧の長さの問題から出た、等々の 事例があるようです。 >構築すると、それは数学という体系と相似形をなす(←こんな言葉しか >しらないもので。。。)、つまり一つ一つの公理は >数学とある公理系とでまったく違うのに、公理系の表現する性質 >はきわめて類似している、といったものができるような気が >するのですが、この可能性についてどう思われるかお聞きしたいです。 体系と体系の関係という意味での相応しい言葉は今浮かびませんが、 たとえば、まったく別個に研究され、それぞれ 定式化された2つの集合が、実は「同型」であったというようなことは 沢山事例が見つかると思います。たとえば、 行列(1行目がa b,2行目が-b aの2×2型の正方行列)の集合と 複素数の集合とは「同型」であるとかなど。 また、似たようなことで、 集合演算や論理演算での「双対性」や、 数の集合を拡張するときの形式不易の原理とか、 ユークリッド幾何学と非ユークリッド幾何学の関係、等々 gattoさんのいわれているような可能性は 確かにあるのではないでしょうか。 多分そのものズバリの答えにはなっていないかとは思いますが、 とりあえず。

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