出羽神社(羽黒山神社)の歴史について

解決済みの質問

出羽神社(羽黒山神社)の歴史について

 出羽三山への旅行を計画しています。
 全くの無知なので、ちょっと予備知識をと思ってネットで色々学習しているのですが、いろいろな表現で書かれていたり、どっちが本当なのと疑問を感ずるような記述もあったりでもやもやしています。
 何せ飛鳥時代までさかのぼるようですので曖昧な部分も多々あるかとは思いますが、とりあえず出羽神社(羽黒山神社)の歴史について自分なりに次のように整理してみました。

1 蜂子皇子が、まず羽黒山に神(出羽神社の初め)を祀り、修験道場を開いた。続いて月山や湯殿山を開く。
2 平安時代には入り密教(真言宗)の影響を受けて神仏習合が進む。
3 江戸初期に寂光寺となり天台宗の寺となる。
4 明治の廃仏毀釈で寂光寺大金堂は三神合祭殿(出羽三山神社)
となり、寂光寺は廃止。

 というふうに現時点では理解しているのですが、これ良いのかどうか、確認ないしは訂正いただけたらありがたいのですが、よろしくお願いします。

投稿日時 - 2008-06-04 22:04:55

QNo.4075764

困ってます

質問者が選んだベストアンサー

歴史という点で間違ってはいませんよ。

出羽三山について調べるのならば、三山を語る上で欠かすことのできない「講」についても調べてみてはいかがでしょう。(「出羽三山 講」で調べると結構HITします)

 7月1日に月山が山開きをすると、関東・東北の信者が大挙して押しかけます。通常パターンでは
1.講の人々が出羽神社の三神合祭殿にて太々神楽(だいだいかぐら)を奉納。
2.宿坊に宿泊。
3.翌日、早朝から月山登山。(宿坊を4時とか5時に出発)
4.月山から湯殿山へ。(湯殿山への山道はかなりきついので、別のルートで下山してからバスで湯殿山に向かうグループも多い)
という感じです。

 7/1以降の出羽三山は白装束の信者がいっぱいいますよ。週末の午後、羽黒山神社の参拝者の半分以上は白装束である、といっても過言ではありません。

かくいう私も、江戸時代から続いている「三山講」の一員で、神社から感謝状や赤袈裟をもらいました。
宗教団体とは関係のない、「男子たるもの、一生に一度は三山に詣でるべし」という教え(?)の「町内会限定三山詣り」です。

投稿日時 - 2008-06-04 23:19:34

お礼

さっそくのアドバイス、感謝です。
出羽三山の最も基本的なところをお聞きしたわけですが、安心しました。
10月に訪れる予定ですがまだ時間がありますので、もうちょっと学習を深めてみたいと思います。
ありがとうございました。

投稿日時 - 2008-06-05 11:10:52

ANo.1

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ベストアンサー以外の回答(1件中 1~1件目)

ANo.2

 山岳での信仰ということ、皇子の所縁ということではhttp://www.houkouji.or.jp/の方広寺半僧坊に類似しますね。
 こちらの宗派は臨済宗ですが。ご参考までに。

投稿日時 - 2008-06-05 09:17:39

お礼

さっそくのアドバイス感謝です。
山岳信仰ということで参考にさせていただきたいと思います。
ありがとうございました。

投稿日時 - 2008-06-05 11:22:37

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