• 締切済み

旧暦の新暦の差は29日?

夏目漱石の出生年月日を見たところ、 1867年1月5日(新暦2月9日)と書かれていたのですが、 新暦の採用は1873年の明治5年12月3日を 明治6年1月1日にした時からだと調べました。 それなら日にちの差は29日であるはずなのに、何故漱石は35日の差になっているのでしょうか?

みんなの回答

  • nene-k
  • ベストアンサー率42% (118/279)
回答No.6

旧暦と新暦は、別々のこよみなので、一発で「マイナス何日」と計算できる物ではありません。 http://sk01.ed.shizuoka.ac.jp/koyama/public_html/koyomi98/memo.html 個々の日付の差を知りたいのであれば・・・↓ http://maechan.net/kanreki/

全文を見る
すると、全ての回答が全文表示されます。
noname#58790
noname#58790
回答No.5

3年に1度閏月を起きます。 29日として、1年の誤差は9.6日。 これを修正して「ユリウス」に変わったのでしょう。 グレゴリオにはそれ以降に変更します。 現在の1月1日=11月23日で計算すれば計算は合います。

全文を見る
すると、全ての回答が全文表示されます。
回答No.4

旧暦と新暦の差は、定型した差ではないため簡単には説明できません。 例えば1868年は閏4月があります。白虎隊で有名な会津戦争は9月22日に降伏ですが、現在の暦では11月6日になり、45日ずれることになります。

全文を見る
すると、全ての回答が全文表示されます。
  • gootaroh
  • ベストアンサー率47% (396/826)
回答No.3

旧暦は、新月の日を「第1日目」とします。これがいまだに残っている「ついたち」の語源です。 新月から満月を経て再び新月になるまでは、平均すると約29.5日です。 ということは、旧暦における1ヶ月の日数は、29日か30日のいずれかで、新暦のような31日や28日というのは存在しません。 旧暦においては29日の月を「小の月」、30日の月を「大の月」と言っていました。 新暦でも旧暦でも1年は12ヶ月ですが、旧暦は1ヶ月の平均日数が29.5日のため、29.5×12=354日で、新暦の365日より11日不足する(つまり、季節がずれる)ことになります。 1年で11日ということは、3年で33日のずれなので、約1ヶ月分ずれていることになります。 そこで、約3年に1度の割合で1ヶ月プラスして1年を13ヶ月にします。 これを閏月(うるうづき)といい、閏月がある年を閏年(うるうどし)といいます。 新暦では、4年に1度、2月を29日にする年を閏年といっていますが、旧暦でいう閏年とは、このように意味合いが異なります。 さて、旧暦から新暦に移行した1873/1/1は、旧暦でいうと1872/12/3になり、確かに29日ずれているように見えますが、この比較は「無意味」です。 なぜなら、旧暦の12月は29日か30日のいずれかであり、新暦のように31日で固定されていないからです。 見方を変えて、新暦の1872/12/1は、旧暦でいうと1872/11/1で、ぴったり「ついたち」同士でした。 このときの旧暦11月は「小の月」だったため、新暦1872/12/29=旧暦1872/11/29ですが、翌日は新暦1872/12/30=旧暦1872/12/1なのでした。 いずれにせよ、ご質問者様が思っていらっしゃる「29日の差」というのはたまたまであり、旧暦のルールでは特定の月の日数は変動するので、「29日」と固定することはできません。 さらに、閏月を考慮するともっと差は広がるでしょう(この場合の「差」も旧暦の○月を新暦での日数で考えると、という「無意味」な前提ですが。) 例えば、新暦に改められた1873年は、旧暦では閏年でした。 (ちなみに、改暦の理由は欧米に見習うため、と思っている方が多いですが、実は、公務員の給料を年俸制から月給制に変えたため、閏年だと1年に13回支給することになり、当時財政難だったため、閏月のない新暦に変えちゃった、というのが真相だそうです) この年の閏月(閏6月)は大の月だったため、さらに1日差が開くことになりました。比較してみると、旧暦1873/7/1=新暦1873/8/23で、旧暦7月を新暦のように31日までと考えると(この考え方自体が、先ほどから二度ほど「無意味」と申し上げている理由です)、53日もずれていることになります。 旧暦のルールは新暦と違ってかなり複雑です。 でも、複雑なだけに面白く、日本の歴史、文化、伝統、行事などとも密接に結びついていますので、「昔の人はこういう風に考えていたのか」と意外な発見があります。 この機会に、旧暦やこよみのことについて勉強されてみてはいかがでしょうか。 こよみについては、このサイトが詳しいですよ。 新暦と旧暦の相互変換もできます(つまり、○年○月○日は旧暦では○月○日なのか、などの計算)。 http://koyomi.vis.ne.jp/mainindex.htm

qwert200x
質問者

お礼

大変詳しい説明ありがとうございます。 日本がグレグリオ暦を採用したのが1973年で、それ以前は太陰太陽暦だと調べて分かりました。 太陰暦の調整月である閏月を入れる時期に規則性がなければ グレゴリオ暦との差がどれくらいかというのは分からないと感じました。

全文を見る
すると、全ての回答が全文表示されます。
  • ymmasayan
  • ベストアンサー率30% (2593/8599)
回答No.2

29日と言うのはどこから出てきたのでしょうか。 実は差の日数は大きく変動していました。 旧暦とは言いながらあくまでも新暦との差が大きくなりすぎないよう閏月(うるうつき)と言うのを使っていました。 例えば3月と4月の間に閏3月が入ったりします。これが1年13ヶ月が存在する理由です。 結局、うるう年もうるう秒もうるう月も地球の公転周期を基にして微調整しているわけです。 蛇足ですが、新暦は諸外国で長年使われていたので、日本が新暦を採用していなかった時期でも新暦に換算することは容易です。

qwert200x
質問者

お礼

単純に12月3日と1月1日の差で29日です。 調整の月日が入れられているということは、はっきり何日という差で計れる訳ではないということでしょうか? 大体1ヶ月程度と考えて宜しいのでしょうか?

全文を見る
すると、全ての回答が全文表示されます。
回答No.1

いわゆる新暦と今は亡き旧暦の1ヶ月の長さや1年の長さが同じでは ないからです。 あの頃は、1ヶ月は必ず30日で、1年は時々13ヶ月だったんですよ。

qwert200x
質問者

お礼

ということは何日の違いというのは分からないのでしょうか?

全文を見る
すると、全ての回答が全文表示されます。

関連するQ&A

  • 旧暦と新暦(日本)

    旧暦と新暦は季節にずれがあるようです。このことについていくつか質問があります。 ★1;ずれは一ヶ月とも聞きますし、二ヶ月とも聞いたことがあります。この差は旧暦に閏月が入るためかと、漠然と認識していたのですが、その通りなのでしょうか。 ★2;具体的には、日本は明治政府から新暦に移ったと思いますが、それは旧暦の何月何日を新暦の何月何日としたのでしょうか。 ★3;旧暦は平安時代のものと江戸時代のものは同一なのでしょうか。 ★4;36節は旧暦のものですよね?新暦に当てはめたら、上記の通り、一ヶ月~二ヶ月ずれているのでしょうか? ★5;ちょっと別の質問ですが、初春、盛夏、中秋、初冬などと四季の中でも季節を細分化する言い方がありますが、正式な言い方は全て定まっているのでしょうか?(時期は定まっていないと思いますが) ★★類似質問もいくつか見てみましたが、つかみかねました。よろしくお願いします。

  • 旧暦と新暦(?)の関係

     旧暦のA月などという言い方がされますが、 単純に平行移動すれば新暦になるわけではないようです。 なぜでしょうか?  旧暦がたとえば360日の場合、1年に1回、うるう日を5日程度挿入すれば新暦になりますが、 毎年挿入を行っていれば、ほぼ旧暦を平行移動することによって新暦に換算できるはずです。  他方、季節が約365日で一巡することを知らなかったとすれば、 どんどん旧暦の月と季節がずれてきてしまいそうですが、 そうはなっていなかったようです。  真相をご存知の方、よろしくお願いします。

  • 歴史の教科書に出てくる日付は新暦?旧暦?

    時は元禄15年12月15日・・・今日は討ち入りが行われた日です。と毎年12月15日になるとTVで言われますが、これって旧暦の12月15日のように思うのですが 実際はどうなのでしょうか。またすべての史実の日について旧暦の日付を新暦に読み替えているとすれば季節感がずれてしまうし、厳密にいえば「今から200年まえの 今日は明暦の大火がありまして・・・・」などはうそではないかと思うのですが どなたか教えてください

  • 夏目漱石の「二百十日」について。

     突然失礼いたします。  夏目漱石の「二百十日」は、明治39年10月1日発行の「中央公論」(第21年第10号 秋期大附録号)(反省社)に発表されたものです。  この作品に関する、当時の批評文や感想などが載った号(「中央公論」でなくとも結構です)などは、ありませんでしょうか?  夏目漱石の明治39年10月の書簡から、高浜虚子や寺田寅彦、若杉三郎などが批評していることは分かるのですが、その批評文(書簡?)はどこかで読めるのでしょうか?  不勉強で、大変申し訳ございませんが、もしよろしければ、お教えいただけると本当に嬉しいです。

  • 夏目漱石が正岡子規に送った書簡について

    明治23年の12月31日に夏目漱石が、正岡子規宛に書いた 「故に小生の考にては文壇の立て赤幟を万世に…」 の書簡で、夏目漱石が具体的に正岡子規にどうせよ と言っているかを知りたいのですが、「漱石・子規往復書簡集」 には現代語訳は載っているのでしょうか。 載っていなければ、載っている本をお教え頂ければ幸いです。

  • 映画「坊っちやん」について

    夏目漱石著の「坊っちやん」(明治三九年)を原作にした同名の映画がいくつかあるはずなのですが、いつのものでどこの会社が製作、配給したものかご存知あるかたいらっしゃいませんでしょうか? すくなくとも中村雅俊主演ののもと南原さん(?)主演のものがあるはずなのですが・・・

  • 旧暦から新暦に変わったのはいつでしょう

    2月は28日までになったのはいつのころからでしょう うるう年というのができたのはいつなのでしょう

  • 新暦と旧暦ってどういうこと?

    新暦と旧暦について、ウィキぺディアや辞書などを読んでみたのですが、いまいちよくわかりません。新暦は、太陽が地球を一周まわるのを一年としてそれが365日ということですよね? それでは、旧暦とはなにを基準にして一年をカウントしているのでしょうか? 和歌などでは、如月(二月)の季語が春、文月(七月)の季語が秋となっているのはなぜなのでしょうか。よろしければ、意見をお聞かせください。

  • 旧暦と新暦について 

     2009年は、1月26日が、旧暦の元旦(1月1日)にあたっていた。その日の月のかたちは【(1)新月 (2)上弦の月(右半分の半月)(3)満月   (4)下弦の月(左半分の半月)】である。    旧暦の2月1日は、2009年は【(1)2月 (2)3月 (3)4月 (4)5月】25日であった。その日の月のかたちは【(1)新月 (2)上弦の月(右半分の半月) (3)満月 (4)下弦の月(左半分の半月)】である。  キャンプが行われた2009年4月10日は、旧暦の【(1)2月 (2)3月 (3)4月 (4)5月】15日であった。その夜の月のかたちは【(1)新月 (2)上弦の月(右半分の半月)(3)満月 (4)下弦の月(左半分の半月)】である。  また、2009年【(1)2月 (2)3月 (3)4月 (4)5月】月29日が、旧暦の3月3日であり、その夜の月の形は【(1)新月 (2)上弦の月(右半分の半月)(3)満月 (4)下弦の月(左半分の半月)】である。 全く解けません。助けてください。   

  • 旧暦と新暦について

    2009年は、1月26日が、旧暦の元旦(1月1日)にあたっていた。その日の月のかたちは【(1)新月 (2)上弦の月(右半分の半月)(3)満月   (4)下弦の月(左半分の半月)】である。    旧暦の2月1日は、2009年は【(1)2月 (2)3月 (3)4月 (4)5月】25日であった。その日の月のかたちは【(1)新月 (2)上弦の月(右半分の半月) (3)満月 (4)下弦の月(左半分の半月)】である。  キャンプが行われた2009年4月10日は、旧暦の【(1)2月 (2)3月 (3)4月 (4)5月】15日であった。その夜の月のかたちは【(1)新月 (2)上弦の月(右半分の半月)(3)満月 (4)下弦の月(左半分の半月)】である。  また、2009年【(1)2月 (2)3月 (3)4月 (4)5月】月29日が、旧暦の3月3日であり、その夜の月の形は【(1)新月 (2)上弦の月(右半分の半月)(3)満月 (4)下弦の月(左半分の半月)】である。 全く解けません。助けてください。