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「打ち過ぎた」とは?

miya-mclの回答

  • miya-mcl
  • ベストアンサー率51% (323/624)
回答No.3

古い辞書で申し訳ありませんが、旺文社古語辞典改訂新版(1993年重版分)にこうありました。 うち-す・ぐ【打ち過ぐ】(自ガ上二) 組成>「うち」は接頭語 1過ぎる。経過する。 2程度を越える。 この場合は、1でしょうね。 程度を越えるじゃあ、意味が通りませんから(笑) なので、文章の意味は、質問者様の解釈であっていると思います。 「打ち過ぎた」の活用に関しては、#2さんに同意です。 感覚的になじむ言い回しは、現代文学のもので、近代文学を私たちが読む場合、古文と原文を混ぜた感覚で読んだ方が無難です。 つまり、単語は古文、助詞助動詞は現代文・・・ですかね。 だから、我々現代の人間にはなじみのない言い回しがたくさん出てくるんですよ。 一つの例として、「ああ」という感嘆詞を漢字で「嗚呼」と書きますよね。 これ、他にも漢字があって(覚えていなくてすみません。国文科なんですがいかんせん古今集ばっかりやってたもので……)、全部意味が違うんです。 近代文学を読むときは、そこまで考えて読むと面白いですよ。 あ、でも、どこで調べたらわかるんだろう? 図書館で、文法の本でもあればいいのですが(笑) すいません……

hakobulu
質問者

お礼

ご回答ありがとうございました。 >近代文学を私たちが読む場合、古文と原文を混ぜた感覚で読んだ方が無難です。 :そうかもしれませんね。 因みに私の辞書も古いです。(^^;) 色々と大変参考になりました。

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