回答受付中の質問

諸行無常

諸行無常とは、どういう意味で、何を指し示しているのですか。悟るとは、何を、悟るのですか。悟ることがない、と言うことを、悟るのですか。誰が、悟ると言う言葉を、使い出したのですか。その意図はなんですか。教えてください。

投稿日時 - 2007-02-10 20:22:35

連想キーワード:

QNo.2741282

すぐに回答ほしいです

3人が「このQ&Aが役に立った」と投票しています

[  前へ  |  ]

回答(12件中 1~5件目)

ANo.12

質問者様のご質問に対して、諸行無常とはどのような意味なのか、ということについて回答させていただきます。

余り知識がないのですが、イメージができるように説明をしてみます。


まず、諸行無常とは、

「世の中の一切のものや現象は、常に変化し生滅し、不変のものはないということ。
仏教の根本思想の一つ。
「諸行」はこの世の一切の事物。
「無常」は、常住(一定のまま)ではないこと。」(言葉の作法辞典)です。

この世の一切のものはつねに変化しているのだ、変わらないものはない。
という考え方です。

この原理から出発して、物や人に執着せず、煩悩を断じて心を鎮めることで人は幸せになれる、という涅槃寂静の教えを生み出したのだと思います。


『平家物語』は諸行無常の考え方をイメージでよく表しています。

祗園精舎の鐘の声、
諸行無常の響きあり。
娑羅双樹の花の色、
盛者必衰の理をあらは(わ)す。
おごれる人も久しからず、
唯春の夜の夢のごとし。
たけき者も遂にはほろびぬ、
偏に風の前の塵に同じ。

口語訳

祇園精舎の鐘の音には、
諸行無常すなわちこの世のすべての現象は絶えず変化していくものだという響きがある。
沙羅双樹の花の色は、
どんなに勢いが盛んな者も必ず衰えるものであるという道理をあらわしている。
世に栄え得意になっている者も、その栄えはずっとは続かず、
春の夜の夢のようである。
勢い盛んではげしい者も、結局は滅び去り、
まるで風に吹き飛ばされる塵と同じようである。

http://www2.odn.ne.jp/~nihongodeasobo/jugemu/gion.htm


そのむかし、平家一族はとても栄えていました。それがしかし源氏により滅亡に至ったのです。
全てのものは常に変化している。人間も例外ではない。永遠なものなどなく、すべてがうつろい、儚いものなのだ。というようなイメージだと思います。

諸行無常は諸行無情とよく間違われるようですが、このような全てが無常である世の中が、人間の無力さをしめす、情け容赦のないものに映るのでしょうね。

>祗園精舎の鐘の声、
 諸行無常の響きあり。

とは、私の推測ですが、鐘の音を聞いた人は、
「平家が栄えていた当時も、こうやって鐘の音がなっていたなぁ。あのころはこんなことになるとは思わなかったなぁ。平家の栄華はずっと続くと思っていた、、」と思ったのだと思います。


また、養老孟司『バカの壁』新潮文庫にはこのような解釈が載っています。

「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」という文から、どのように読み取るべきか。
鐘の音は物理学的に考えれば、いつも同じように響く、しかし、それが何故、その時々で違って聞こえてくるのか。それは、人間がひたすら変わっているからです。聞く方の気分が違えば、鐘の音が違って聞こえる。『平家物語』冒頭は、実はそれを言っているのです。(ページ56)


だらだら続きました。すみません。

参考になればうれしいです。

投稿日時 - 2011-07-15 19:17:40

ANo.11

諸行無常という事は、誰でも何時かは死んでゆく。という事です。その事を、強く意識した事が「一切皆苦」という世界です。がんになった訳でもないのに、「死」を現実のものとして、今にも死ぬのではないかと、常に「意識」して生きてゆく事です。その事で悩みが生じます。

悩みの中には、救いが在ります。希望が在ります。それは何かと言いますと。自分の心の矛盾が、悩みだからです。自分が「死にゆく事」は決っています。それで悩みが有ると言う事です。自分は死にたくないと言うことです。その事に矛盾が有ると言う事は。自分の中に「永遠のもの」が有るという「証明」なのです。

「禅問答」を持ち出すと、説明しやすくなります。これは、分からないものの代名詞にもなっています。これは私達の分別脳では、解けません、それで、禅者は、分別を捨てろ。と言います。

それでは、貴方の質問の答えを言います。それを唱えたのは「お釈迦様」です。悟ると言う意味は、禅問答が解けたと言う事です。言い方を替えれば、人生問題が解決したと言う事です。

あの難解の禅問答が解けたことを、確認する時の言葉に、「生死の問題は解決したか、どうか?」という問いかけで、確認します。その時に、解けた人は、生まれぬ前の自分が何ものか分かった。という返答をします。自分が生まれる前の気持ちが分かったといいます。

それは、分かってもらう方がムリなのですが、あえて、言います。死にたくないと苦しんでいる自我が、自分の中のもう一人の者に出会う事です。それは「仏性」です「神様」と云っても良いのです。

自我が自分の有限性を、悩みとして受け取るのは、「仏性」が永遠そのものだ、からです。有限の自我が永遠そのものである仏性に抱き抱えられることによって、今度は、肉体としての死は、本当の事ではない。その事を知って、仏性に全てを任せて。安心して生きてゆく「絶対肯定」という「境涯」になります。「絶対の安心。絶対の心の自由」を獲得出来ます。

その事が、有り難い事として、全ての経典が成り立っています。その事のために、仏教経典が存在します。仏教というものは、本当は宗教ではないのです。知っている人が少なすぎて、認知されていませんが。本当は「究極の心の癒しのための精神療法」と言えます。中でも「禅宗」が悟りというものを、代々伝え続けていると言えます。

自分自身に存在する、自分自身を悩ませている者に出会うことが「悟りを開いた」と言います。それは「無意識」を使って自分自身を巧妙に「働かせています。」その「働きそのもの」に出会うことを「見性成仏」した、と言います。

投稿日時 - 2008-03-19 21:44:17

ANo.10

「諸行無常」は全ての現象は常に止まることなく移ろい行くという意味。

悟るとは全ての苦しみの原因を見つけを無くした状態の事。
苦しみとは「欲・怒り・無知」によって生まれるもの。

お釈迦様=仏陀が最初に発見したと言われている。

使い出したい意図は苦しみから抜け出す為の方法を語るため。

その方法は「八正道」といわれるもの。

「言葉・行動・想い」において今までやってない善いことをし悪い事はせずに、今までにやった悪い事を止め善いことはする。ちゃんとした社会的な役割をこなし生きる。今に気づく、集中力つける。そしてものの在るがままの状態を見極める。

道徳的にもなれるし人格も高められ、悟りにも至れる。
形だけでも仏教国なんだから義務教育に入れたら善いと思うもですが、宗教アレルギーがありますから難しいのですかね・・・

もっと細かく方法が書かれているので徐々にでも実践してみてはいかがでしょうか。

参考URL:http://www.j-theravada.net/index.html

投稿日時 - 2007-03-14 12:20:31

ANo.9

諸行は無常、つまりすべてのものは無常であり空なのです。
空ならば仮我であり、無我でもあるのです。
無我をあらしめているものも無我であるのです。
つまり悟りはどこにもないということです。
これが「空」であり、「無」です。
ではなぜ「空」があるのか。「真空妙有」があるのか。
それは「縁起」があるからなのです。

投稿日時 - 2007-03-05 15:57:49

ANo.8

「変わらないものはなく、全て変わってゆく」と  いう意味。
何を意味しているかは、
人間、人生、境遇、環境、国、世界 全て
悟るとは、
全ては変わるものであり、変わるものに心を囚われすぎてはならない。
囚われの心に、苦の原因がある。
という趣旨
教えの根本はお釈迦様

投稿日時 - 2007-02-22 15:03:39

お礼

 おくれました。ありがとうございます。

投稿日時 - 2007-02-26 03:49:18

あわせてチェックしたい
  • 『誰と?』という言葉 ...
  • 誰が「小泉劇場」と言い出したのか ...
  • 彼の意図は? ...
PR
【回答募集中】花粉にひと言、物申す![ 詳細 ]

OKWaveのオススメ

教えて弁護士さん!

お金の悩みQ&A特集はこちら

おすすめリンク