解決済みの質問
率直な質問で面白いですね。
結論から言えばおっしゃるとおりです。
なぜなら知的好奇心の源である「知性」は、人間を動かす衝動のうちの
ごく一部でしかありません。
一方で人が恋愛に向かう源である「感性」は、人間を動かす衝動の
全体だからです。
数学で使うベン図を頭に描いてください。
あれの外側が「感性」、内側が「理性」という構造になっています。
哲学ということばが「知」を愛する、という語源を持つことは
広く知られていますが、その「哲学」の(少なくともヨーロッパにおける)
始祖であるソクラテスも、がちがちの「弁論家」「知性主義」であるかの
ように見えながら
最終的には、最高善が「エロス」に向かうことを喝破しています。
最も真実を見た魂は、哲学、芸術、そして「恋をする人間」になる
( パイドロス より )
あるいは中国の歴史を見てください。戦乱が収まり、政治が安定に向かい、
何の不自由もない身分に(なったはずの)君主や皇帝も
何代かすると必ず美女と美衣美食におぼれ、また国を傾けます。
本当に「ほかの価値はないのか?」と問いたいぐらい
人間にとっての価値は「色(色欲)」が最上位に来ます。
投稿日時 - 2006-08-24 09:56:58
お礼
そうですか。やはり。子供の頃ならともかく、大人になってこの事実に気付くと、自分の動物性を少なくとも理性的に生きている自己という中に当てはめなければならないという、結局は矛盾の中における人生だという認識を新たにするわけですね。
本当に他にすることがないのかというくらい、最後はここに帰ってくる、認められるとすっきりしますね。
投稿日時 - 2006-08-24 17:36:16
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ベストアンサー以外の回答(2件中 1~2件目)
>独断ですが、ここのサイトでは性に関する質問も回答も多い気がします。
>やはり人間は知的≦痴的存在なのでしょうか?
独断で問われてはbossambaさんの独断にかなうような回答ができるとは思えませんが、第1文と第2文の間に暗黙の前提が隠れているので、まずそれについて補足をお願いします。
性に関する質問が多いということから、人間は知的というよりむしろ痴的であるといえる、という結論を出すためには、「『性への興味』は痴的なものである」という前提を明らかにする必要があります。bossambaさんがなぜそのように思われるのかを補足していただかないことには、この論理の歯車は機能しません。
>この不等号が逆転したら、人類滅亡に向かうのでしょうか?
もし「人間は知的≦痴的存在」が正しいとするならば、人間がいる限り本質であるその不等号は逆転するはずがないということになります。
もし「人間は知的≦痴的存在」が間違っているとするならば、その不等号は人類滅亡の要因として(影響はあるかもしれないが)重要ではないことになります。
投稿日時 - 2006-08-19 14:42:35
補足
感覚的ですね。根拠はありません。皆さんはどうなのでしょうか。やはり性に対する好奇心というのは結局スケベ心から発していることが大部分だと思われます。それと一般的な知的興味とはやや断絶があるのではないかと。
投稿日時 - 2006-08-20 12:13:04