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守屋 毅が書いた文章ですけど。文章の名前は「趣味」です。

外人です。詳しく教えてくださいませんか。 これはその文章の一部分ですけど、 近代になって日本が西洋とあらためて接触した時、その 科学や技術に、さしたる驚がくをおぼえず、またそれゆえに、これといった抵抗もなく、ヨーロッパの知識を受容することができたのは、江戸時代に趣味として蓄積してきた高度な教養のおかげであったとは、いえるかもしれない。江戸時代の大衆の趣味は、共通して「お稽古ごと」という特色をもっていた。なにがしかの技術や知識・芸能をしかるべき先生からならうこと自体を趣味とするのである。ここでも、われわれの想像をこえるようなものが、たとえば医学といったものが「お稽古ごと」の対象にふくまれていた。 質問(1)「お稽古ごと」は何の意味ですか。ほかの言葉で説明していただけないでしょうか。特に「ごと」のつかいかたです。

  • aifen
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質問者が選んだベストアンサー

  • ベストアンサー
  • Diogenesis
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回答No.1

「お稽古ごと」は「稽古事(けいこごと)」に「お」がついたもので, 「稽古して身につける技芸」のことです。 具体的には舞踊,楽器演奏,書,絵画,武芸などが含まれます。 現代ならバレエにピアノに習字に空手といったところでしょうか。 「ごと」は「事(こと)」の連濁で, 「賭け事(かけごと)」,「祝い事(いわいごと)」などと同じ使い方です。

aifen
質問者

お礼

分かりやすいご説明ですね。見てすぐ分かりましたよ。ほんとうにありがとうございました。役に立ちましたよ。ほんとうにありがとうございました。

その他の回答 (1)

回答No.2

aifen さん こんにちは。 お 稽古ごと = 習い事 = お金を払って教えて貰うこと ↑                  (踊り・武道・料理 など) 丁寧に言うときの 「お」です。 わからなければ また 聞いてください  ^^ ...  。         

aifen
質問者

お礼

早い回答どうもありがとうございました。みてすぐ分かりました。ほんとうにありがとうございました。

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