• ベストアンサー

謝ってほしくはない

adelaideの回答

  • adelaide
  • ベストアンサー率37% (184/497)
回答No.5

こんにちは! 既にご回答していらっしゃる皆さんのご回答全てに「ごもっとも!」と拍手喝采したくなるような気分です。・・・こんな時に不謹慎ですが・・。 さて、警察発表の捏造疑惑(?)ですが、個人的には、刑事的責任能力のある容疑者のきまぐれ(?)で言う事がコロコロと変わり、結果的に警察発表が二転三転する形になっているのではないでしょうか? このご時世ですから、捏造などしたら、それは例えば外○省の木っ端○人が、成田空港を税金で買ったチケットで出張ごとき名目で出国をし、現地駐在の日本の大企業などの「お世話」になりきり、「また成田空港に戻るまで一度も自分のお財布からお金を出さなかった」結果、余った予算で海外旅行ツアーが出来るような金額のワインを買う・・・ような行動に等しいと思います。 (何だか訳のわからなくなりそうな例え話でスミマセン) また、宅間容疑者に対する感情は、恐らく、人権優先主義の死刑反対派の方々以外の国民は、みな、同じだと思います。まさしく、○しても、○し足りないという感じでしょう。 でも、宅間容疑者がどのような発言をしようと、わたしはオウムの松本智津夫が法廷で居眠りをしたり、相変わらず訳のわからない事を言っている事と同じ類の事だと思います。 masatoshi-mさんがご質問のタイトル通り「謝って欲しくない」とお考えなのは、まだ容疑者の事を人として見ているからだと感じます。 わたしはもう、そうではないので・・・。 (この回答も、削除されますかね?) 今回の事件で、法制度の改正をいろいろと検討されていますが、やはり最低限でも終身刑の導入と死刑の存続だけはしてほしいと強く思っています。 他国と比較することはナンセンスかもしれませんが、韓国や台湾からのニュース映像で、犯罪を犯した人間をカメラに向かって立たせ、ハッキリと写しますよね。かつての大統領ですらそうされています。日本でもああいった報道の仕方はどんどん取り入れるべきだと思います。そこに、犯罪を犯した人間の存在という真実がある からです。 また、死刑制度反対を唱える人々には、現在の法律上で死刑を逃れ、無期懲役となり、出所してきた人達のケアを責任持って行うくらいの義務は果たして欲しいと思っています。 「医者は、自分の子供も医者にしたいと思うけれど、弁○士は、自分の子供を弁○士にしたいと思う人は少ない」と聞いた事があります。 まあ、世の中には中坊さんや、オウムに殺害された坂本弁護士のような方々もいらっしゃる訳で、一概に言い切れることではありませんから、今後の弁護士会の善処を期待したいところです。 もしもこの世に本当にゴルゴ13が存在し、わたしが、逃げる背後からナイフで刺され、わずか7~8年間の命を絶たれた子供の親だったら、きっと依頼していたことでしょう。政治と同様、この国の法律は、そう思わせるほど未熟だと思います。

masatoshi-m
質問者

お礼

>このご時世ですから、捏造などしたら、それは例えば外○省の木っ端○人が、成田空港を税金で買ったチケットで出張ごとき名目で出国をし、現地駐在の日本の大企業などの「お世話」になりきり、「また成田空港に戻るまで一度も自分のお財布からお金を出さなかった」結果、余った予算で海外旅行ツアーが出来るような金額のワインを買う・・・ような行動に等しいと思います。 ははは、いや面白いたとえです。ちょっと苦しそうですが、 時事ネタのてんこもりで、私はこういうたとえは好きです。(^。^) >masatoshi-mさんがご質問のタイトル通り「謝って欲しくない」とお考えなのは、まだ容疑者の事を人として見ているからだと感じます。 わたしはもう、そうではないので・・・。 あ、いえいえ、違うのですよ、adelaideさん。 犯罪が起きた時点で私は既に容疑者を「人として」は見ていませんでした。 「謝って欲しくない」と考えているのも 「謝罪の心」は人間にしかないと信じているからです。 >やはり最低限でも終身刑の導入と死刑の存続だけはしてほしいと強く思っています。 同感です。「死刑廃止の流れは全世界的なものだ」と言う人権派弁護士も いるようですが、「観念だけでしか人生観を確立できんのかよ」 と思います。現実にはどうなんでしょう? 「死刑廃止」の国は どのくらいあるのでしょう。調べよう調べようと思って 今に至っています(^_^;)。 「人が人を裁けるのか」という、歯の浮くような似非正義を 振りかざす人もいますが(あ~おぞましい)、人を裁いているんじゃない。 犯罪を裁いているのです。あ、私、お礼の中で余計なことを…(^_^;)m(__)m >また、死刑制度反対を唱える人々には、現在の法律上で死刑を逃れ、無期懲役となり、出所してきた人達のケアを責任持って行うくらいの義務は果たして欲しいと思っています。 ああ、ホントにいいことをおっしゃいます。 「かっこいい」?ことばかり言いたい放題では困りますよね。 それとも彼らは「実人生」の生活感が欠如しているのでしょうか。 「法律知識」や「人権・平和・愛」などといった観念ばかりが 頭の中ばかりか、心の中にも溢れ返っているのでしょう。 >もしもこの世に本当にゴルゴ13が存在し、わたしが、逃げる背後からナイフで刺され、わずか7~8年間の命を絶たれた子供の親だったら、きっと依頼していたことでしょう。 adelaideさんたら、また物騒なことを…(笑) でも人間なら皆そうしますよね(って、私も物騒(^_^;))。 まことに失礼ながらm(__)m、adelaideさんはお名前からして「女性かな?」 とも思うのですが、お書きになる内容は随分硬派ですね。 あ、勿論硬派なことを書く女性がいても全然構わないのですよ。 変な意味で書いたのではありませんので、ご気分を害されたら申し訳ありません。 adelaideさん、ご回答有難うございました。

関連するQ&A

  • 命は命で償える?

    一応、死刑賛成という前提で考えます。 死刑賛成者の多くは 被害者遺族の身になって 奪った命は 自分の命を差し出して償うのが当然という考えがあると思います。 しかし、宅間守や加藤智大なんかは 死刑は当然なのに 喩えようのない やるせなさを感じるのではないでしょうか? 宅間は裁判で 「お前らの子供8人は わしが殺して わしが死刑になるために生まれてきたんや。」とか言ったそうです。 遺族としても 宅間を生かしておくのは 言語道断だけど、死刑にしたら 宅間の思い通りになったようで、特に 宅間が言ったように 自分の大事な子供の命が あんな外道の命の 1/8しかないことを認めるようで 非常に悔しい思いをしたと思います。 それに、遺族たちも いざ 宅間の死刑が執行されてみて、区切りはついただろうけど、虚しさを感じ、宅間の最後のセリフが頭に蘇り、自己嫌悪に苛まれたんではないかと察します。 命は命で償うというは、逆から 考えれば 最初から自分の命を差し出すつもりなら 何人殺して構わないということにも なりかねません。 死刑賛成派の論理だと 命はどれも同じ長さで 数本束ねても長さは変わらないということになるかと思いますが、死刑反対派の人からみて、命は命で償うことの最大の不条理は何だと思いますか?

  • なぜ残虐な刑は禁止されているの?

    現在、江戸時代に行われていた「市中引き回し」のような残虐な刑は禁止されていると聞きました。 それはどのような理由で禁止されているのでしょうか? もしそれが人権に関わるものだとすれば、なぜ命を奪う「死刑」は認められているのでしょうか? 私は個人的な意見として「極刑が死刑」という制度に反対で 現在において死刑に値するようなひどい犯罪者はどうせ死刑にするぐらいなら その犯罪者が「死んだほうが100倍マシだ」と思うような厳しい罰をそいつが寿命を全うするまで与え、心から自分の行った行為を悔いるようにしてもらいたいです。宅間守のように「俺は反省なんかしない。早く殺せ。」といったような態度で望んで死刑を受ける奴もいる事を考えると、必ずしも今の極刑が被害者の方が本当に望むものではないとも思います。 過激な意見だったかもしれないですが、回答の方よろしくお願いします。<m(__)m>

  • 宅間守の捨て台詞

    宅間守は 法廷で遺族に向かって “おい、くそガキの親! おまえらのガキの8人分の命は ワシ一人を殺して終わりの程度の価値やったんやぞ! エエ学校に行かせて偉そうにしとったから死んだんや! ガキどもが死んだ原因はおまえらあるんや! せいぜい一生反省せいよ! あの世でもおまえらの子供しばき倒したるからな! あははははは!あははは!こらおもろい!” と捨て台詞を吐き、遺族たちの感情を逆撫でしました。 そして、宅間は異例の早さで死刑が執行されました。 まあ、宅間を生かしておくのは言語道断だとして、でも、死刑が執行されたことで 遺族たちは 宅間に対する憎しみも緩和され、少しは気が晴れたかもしれませんが、宅間の思い通りになって 却って 虚しさや 屈辱感や 敗北感を感じただろうと思います。 しかし、こういうのって、どう解釈したらいいんでしょうか? 宅間と遺族の思惑が一致してドローなのか、8人の児童が生贄になって 宅間という悪魔を倒したと考えるべきか....

  • 日本の死刑方法は生ぬるくないか?

    日本での最高刑は言うまでもなく 死刑です。これは 人の命は最も大事なものなので、他人の命を奪ったら、自分の命を奪われるということだと思います。 しかし、中には 宅間守や加藤智大のように 死刑になりたくて 殺人を犯したという 実にふざけた奴もおります。これは、死刑方法が手ぬるいからだと思いますが、 そんな気持ちにならないほど過酷な刑にすれば 殺人なんか犯す人はいなくなると思いますが、みなさんは いかがお考えですか?

  • 宅間守や松村恭造を生む社会の問題について

    先日、長岡京主婦殺害で逮捕された松村容疑者も、宅間守と同じく、体格が比較的良いことから、小さいころから周囲に暴力を振るっていたそうです。高校では校内の樹木を勝手に伐採したり女性教師に暴行したりして退学し、ある時は警察官に自転車を投げるなどの傷害事件も起こしていたようです。家族にも暴力をふるっていたようです。しかし後に大検を取り、練馬区の大学に合格したりとしっかりした面も見せますがすぐ辞めたそうです。宅間守も、航空自衛隊や市役所の公務員などちゃんとした仕事に就いた経験がありながらも、事件を繰り返し、社会への逆恨みからあの惨事に至りました。なぜこのような人々が生まれてしまうのでしょうか。これらの人々より恵まれない人もいるのではないでしょうか。

  • 証拠があるのに否認する容疑者

    たまに、被害者の体から犯人のDNAが検出され容疑者とそのDNAが一致してるのに、それでも容疑を否認する容疑者がいたりしますが、そのような容疑者は全員、DNAの一致なども検察や警察の捏造だって苦しい言い訳をしてますが、やはりこういうのって罪を逃れるために弁護士の入れ知恵で言ってるだけでしょうか? あと、DNAで一致してる部分も警察の捏造なんてことはあり得るのでしょうか?

  • このような場合、弁護人というのはどうするのか?

    法曹関係もしくはその世界に詳しい方、教えてください。 ある弁護士がある事件の容疑者の弁護人になったとします。 その容疑者は断固として無実を主張しています。 その弁護士は自分なりに彼の身辺を調査していくうちに、偶然、間違いなく彼が犯人である という物的証拠を掴んだとします。それは捜査機関側は全く気づいていません。 このような状況の場合、一般に弁護士というのは、その証拠を隠し、 自分の弁護している人間の無実であるという主張に沿って裁判を続けていくのでしょうか? それとも、先ほどの証拠を彼または警察に開示し、裁判において、できるだけ罪を軽く することに努力するのでしょうか?

  • 宅間守の最後っ屁

    日本での最高刑は言うまでもなく、死刑です。 これは 万人にとって 命ほど大切なものはないからこそ、他人の いちばん大切なものを奪ったら、自分の いちばん大切なものを差し出す、ごく、当然のことだと思います。だからこそ、死刑は 殺人などの重犯罪の抑止力になっているんだと思います。 ところが、たまに、宅間守や加藤智大のように、死刑になりたいから人を殺したなんて ふざけた人がおりますが、「死刑になりたいから」なんて、そんな最後っ屁みたいな、負け惜しみみたいな事を一々真に受けなくても・・・という気もします。 宅間なんて、威勢の良い事をあれこれ言ってましたが、いざ執行の段になると、顔面蒼白、足はがくがく震えてうまく歩けず、両側から引き摺られる様にして・・・という元刑務官の証言も有ります。そんなもんだと思います。 そこで質問ですが、みなさんは、宅間守の心理のどのように分析しますか?

  • 弁護士について、ひっかかります。

    殺人犯の裁判が起こります。 容疑者側には弁護人がいます。 なぜいるのかと知り合いに聞いたら容疑者側の人権も守るためとかなんとか・・・。 これおかしくないですか? 殺人犯は、人を「被害者」を殺しています。 当然被害者の人権も命も奪ってしまったことになります。 人の人権を奪っておいて自分の裁判に弁護人つけて自分の人権守るって・・・。 正直、人の命奪った側には人権なんかいらない!!と思ってしまいます。 なぜ弁護人を付けるのか教えてください。 頭が悪くてスイマセン。

  • 死刑になりたいから人を殺した人には

    日本での最高刑は言うまでもなく、死刑です。 これは 万人にとって 命ほど大切なものはないからこそ、他人の いちばん大切なものを奪ったら、 自分の いちばん大切なものを差し出す、ごく、当然のことだと思います。だからこそ、死刑は 殺人などの重犯罪の抑止力になっているんだと思います。 ところが、たまに、宅間守や加藤智大のように、死刑になりたいから人を殺したなんて ふざけた人がおりますが、それだったら、そんな気持ちにならないほど過酷な死刑方法を採用すればよいだけの話だと思いますが、何か 問題点はありませんか?