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ダウントンアビー あれこれ

 最近、ダウントンアビーという海外ドラマをみています。 そこで、いろいろと質問です。  一つ目は、舞台となる城がハイクレア城というそうですが、 多分、いろいろな作品で使われているかもしれませんが、 エックスメンファーストジェネレーションの教授のお城 としても使われていませんか?  二つ目は、イギリスの貴族の土地と人民の制度についてです。 ダウントンアビーの物語はww1の少し前、 タイタニック号沈没事件のころから始まり、ww2の少し前ぐらいで 終わるそうです。途中、ww1の時、登場人物の何人かが出征し、 伯爵も形だけみたいな感じで軍服を着ていました。 はっきりとは明示されていないけど、兵士はイギリス軍兵士として、 出征していたはずです。また、伯爵は上級指揮官として招集されていて、 会議というかパーティみたいのにでていました。たしか、赤い軍服だった ような。あくまでドラマですが、モデルとなった貴族、お城、領地が あったはずです。普段の生活ではダウントンでは伯爵様と呼ばれていて、 土地も伯爵様のもの、人も伯爵様に仕えているというかんじです。 ただ、戦争時では、ダウントン軍指揮官の伯爵さまのもと、 ダウントン連隊の一兵士として出征ではなく、そんなの関係なく、 イギリス軍の普通の部隊に編制されて出征しているようです。  うまく、説明できませんが、日本の場合、江戸時代まで、 藩があり、戦時には天領以外の人は自分の藩に属し、殿様を 指揮官にして出征していたはずです。それが、明治維新で 廃藩置県、版籍奉還などで国家の人民、兵士となり、指揮官も国家が任命したはずです。 イギリスでは、ドラマのなかでは貴族制度がそれなりにのこっているようですが、 この廃藩置県、版籍奉還みたいなことは起こらなかったのでしょうか?もし、 起こったとしたら、どういう感じで貴族様の土地から、女王陛下の土地に、 貴族様の領民から女王陛下の、またはイギリス国家の国民になったのでしょうか?  もしかたら、貴族制度として、伯爵号はあるけど、土地、人は イギリスの物、ただ、貴族としていろいろな法律、税金の優遇があるだけ という感じなのでしょうか?ダウントン伯として貴族として城、土地を もっているのではなく、ものすごいお金持ちとして城と土地を持っていて 領民も領民としてダウントン伯に税金としてお金を払っているのではなく、 小作人として、または土地・建物をかりてるとして、借地、借家料として お金を払っているという感じなのでしょうか?  物語途中でダウントン伯の友人のスコットランドの貴族が、 ダウントン伯はうまくやった、うちは時代の流れに乗れなかったみたいな話を して、土地と城を手放してインドに行く話がありましたが、どんな感じなのでしょう?    

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みんなの回答

回答No.2

一番目の回答者です m(__)m 追加とお礼を頂きまして,ありがとうございます..私自身も,少し Web上で調べましたところ,当時のイギリスの貴族階級の方々の収入源は,主に,地代(領地などか)と,不動産や企業などへの投資だったそうで,基本的には,普通の労働者のように,体を動かし,あくせく働かない感じが前提の生活スタイルだったようですね‥‥‥李氏朝鮮王朝の貴族階級,両班(リャンバン)の人達も,いわゆる儒教などの学問ばかりで,働かず,走ることさえ許されなかったそうですが,約一%の両班が,朝鮮半島の富を独占していたとか..脱線しましたが,結局,ダウントン・アビーの伯爵家の人々の収入も,多くは,領内からの地代などだったと思われますね‥‥‥‥その他,新聞社かの事業にも,投資していたのでしょうか‥‥‥前回の私の回答の,伯爵家のお嬢様が,ファッションデザイナー云々という記述などは,勘違いだったようです m(__)m 当時のファッションショーの様子などが,ドラマ上で描かれていたので..ちなみに,伯爵家の長女の女性の婚約者の男性は,タイタニック号の事故で亡くなり,新たな男性を探すことが,重要課題でもあったんですね‥‥カーレーサーの貴族の,○○卿とか出て来てましたが,○○卿といえば,アニメ,機関車トーマスの,トーマス達の雇用主(社長?)も,確か,○○ハット卿という貴族っぽいおじさんでしたね‥‥第一次世界大戦では,貴族階級の子弟が,士官として,率先して,戦地に赴き,白兵突撃などをしたそうですが,ドイツ軍の最新兵器(機関銃や手榴弾か?)や毒ガスなどの化学兵器に苦戦し,多くの戦死者を出したとかで,第一次世界大戦後,アメリカのドルが台頭し,イギリス経済は,勢いを失い,工業化・産業化促進の為,イギリス政府は,中産階級や労働者階級優遇政策や,累進課税による所得税や固定資産税,相続税の強化,又,イギリス国王による,政府に貢献した産業資本家への爵位授与など,日本の明治期などにも,いわゆる財閥系企業の創業者の子弟などが居ましたが,日本の場合は,伏見宮博恭王などは,旧日本海軍内でも,一般の学生達と一緒に生活していたとかですし,とにかく,世界恐慌~第一次世界大戦~アイルランド独立戦争~ナチス=ドイツの台頭~第二次世界大戦・太平洋戦争へとつながる過程において,大英帝国の衰退と共に,イギリス貴族達の凋落も,加速して行ったみたいですね‥‥‥

sg10000
質問者

お礼

回答ありがとう。 二度も回答いただきどうも。

回答No.1

イギリス史には,詳しくないですが,少し NHKの海外ドラマ,『ダウントン・アビー』を見たことがあります,確か,第一次世界大戦後の,イギリス政府の政策か何かで,旧来のイギリスの貴族階級の,立場や特権などが,崩れかかっている云々という内容だったと思いますが,ダウントン・アビーの住人のお嬢様方も,ファッションデザイナーなどとして,会社で仕事をされていたように思いますし,ダウントン・アビーの重鎮のおばあ様も,福祉関係の事業などをされていたのか,けっこう社会貢献していたように思いますね‥‥‥伯爵家の執事やメイド(女中),下男などとの,身分の差などは,主人の家族達とは,かなりあったのかもしれませんが,ドラマでは,執事や女中,下男など,けっこう,伯爵家の雇用主の方達と,仲良さげで,気さくな関係に見えましたね‥‥‥イギリスの場合は,現在でも,貴族階級や労働者階級などの,身分制度が,残っているようですが,基本的には,イギリスの土地や国民は,イギリス国や国王のものだと思われますし,現在の,(戦後)民主主義制度上の日本でも,皇室や皇族,それに準ずる人々(旧華族などか)も居ますが,旧来の,貴族制度や貴族院も,戦後,廃止され,明治憲法は,基本的に,当時の明治政府が,プロイセン王国(現ドイツ)などの,ヨーロッパの国々の制度を導入し,模範としていましたので,江戸時代の雄藩で,勤皇・討幕活動などに貢献した,薩長土肥などの,藩閥政治などは,有名ですが,江戸時代には,けっこう幅を利かせていたらしい,旧武士階級の方達の中には,明治維新で,禄を失い,貧窮した方もいらっしゃったとか‥‥日本の場合は,明治時代には,武士階級の象徴などである,刀や髷は,身分などと共に取り上げられ,城は,ほとんど潰され,一気に,西洋化が進みましたので,早くから,工業化,産業化,民主化しているイギリスとは,違うと思いますが,ダウントン・アビーの時代には,イギリスの旧来の裕福な貴族階級が崩壊し始め,第一次世界大戦による,国内の疲労や疲弊,借金などもあったのかもしれませんが,貴族に対する,政府からの俸給なども減ったので,家計をやりくりするのが大変だったのかもしれませんね‥‥日本も,戦後,旧来の威張っていた軍人なども,旧日本軍が,解体されたので,かなり貧乏になったりしたようですし,イギリスにも,当時,民主化などの運動があったのかもしれません..

sg10000
質問者

お礼

回答ありがとう。 すこしずつ貴族の特権が崩れていって、伯爵の次の世代が 新しい時代に適応していくというかんじは見ています。  質問としては、ダウントン藩というかダウントン領という形なのか、 ダウントン地方の貴族でお金持ちのダウントン様なのか。  あとイギリス政府からこの時代は俸給がでているのですね。 たしか嫁さんの持参金の話がなんども出てくるのと、 一括相続の原則で話がややこしくなっていたのを覚えています。 質問とはずれていますが。

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    アメリカ。ワシントンについてまとめてみました。世界史は苦手なので、間違ってるかもしれません。もし間違いございましたら、一部分でもいいので、どうかご指摘のほど、お願いいたします。感想等でもうれしいです。よろしくお願いたします。 銃声がこだまする。 風穴を開けられた兵士たちは、次々と倒れていく。 1750年ごろ。 植民地をめぐって、フランスとイギリスは対立していた。 フランスは今のカナダからミシシッピ川に至る広い地域を治めていた。 一方、イギリスは大西洋岸の細長い土地に13の植民を築いていた。 両国の目的は、勢力の拡大であった。 「すぐにここから立ち退くように」 イギリスからの手紙を持ってきたのは、身長180もある大男だった。彼はまだ未開の地だったアメリカの野を走り、草をかきわけ、急流をいかだで下り、ようやくにしてここまでたどり着いたのだった。 彼こそが後のアメリカ大統領ワシントンその人だった。 書面を読んだフランス側は一笑に付した。 とうてい飲める内容ではない。 戦争が始まった。 フランス軍はインディアンを仲間に取りこみイギリスと戦ったので、この戦争はフレンチ・インディアン戦争と呼ばれた(7年戦争ともいう)。 荒野の中、イギリス軍は隊列を組んで行進してくる。 「隊列を崩しましょう。このままではやられてしまいます」 ワシントンは指揮官に忠言したが、彼は意見を聞かなかった。栄光あるイギリス軍は美しくなければならない。我が大英帝国軍人はいかなる時でも誇り高き存在なのだ。 列を崩さず整然と行進するイギリス軍は絶好の標的だった。木の陰から撃たれる銃により目の前の兵士たちは次々と倒れていく。 イギリスは負けた。 その後、何年にもわたり、戦争は繰り広げられた。 幾多の戦闘の末、勝利したのはイギリスだった。 パリ条約が結ばれ、ミシシッピ川より東にある全てのフランス領やカナダがイギリスのものとなった。 さて、ここ植民地13州では。 「おい、聞いたか?また新たな税金がかけられるそうだ。今度は印紙にまで税金がかけられるそうだ」(印紙とは、新聞、卒業証書、商業手形、法律文書などのことです) 「冗談じゃない。イギリスは一体オレたちを何だと思っているんだ」 「イギリスは俺たち植民地の人間を本国議会に出席させないくせに、税だけは取ろうとしやがる」 「そうさ、こいつは悪法だ。『代表なくして課税なし』だ!(=議会に代表を送れないのに、課税をするなんてふざけるなって意味)」 植民地からの怒りに驚いたイギリスは印紙法を取りやめにしたが、その代わりに茶などのの品物に税をかけてきた。 ある晩のこと。 ボストン港のイギリスの商船(=東インド会社の船)に不振な男たちが乗りこんだ。インディアン…いや、違う。インディアンに扮した植民地の人間だった。 「おい、全部捨てちまえ」 彼らは木箱をかつぐと手当たり次第に海へと投げ捨てた。ボストン港は赤く染まった。 彼らは積荷の紅茶を全部海に投げ込んだのだった。この事件をボストン茶会事件といいます。 「不当な法律を取り消してください」 植民地の人間はイギリスに頼んだ。しかし時のイギリス国王ジョージ3世は言い放った。 「これは大英帝国への反逆だ。いいか、力で屈服させるんだ。植民地をイギリスに服従させるんだ」 ‘どうして、イギリスは分かってくれないんだ’ 「もはや戦争は避けられない。戦争に勝つしか、我々が自由になるすべはない」 人々は決意した。 ついにイギリス軍と植民地軍との戦争がおこった。ここにアメリカ独立戦争の火蓋が切られたのだった。 その頃、コモンセンスという本が民衆の間ではやっていた。 「おい、お前何を読んでいるんだ?」 「コモンセンスさ。俺たちにとって独立は必要なことなんだ。俺たちが戦うのは自由のためなんだ」 トマス・ペインによって書かれたこの本は人々を勇気付け、独立の気運を作り上げた。 初代最高司令官にはワシントンが任命された。 ジェファーソンが独立宣言の原案を考え、そして、1776年7月6日、独立宣言がなされた。 すべての国民は生まれながらにして平等であり、生命、自由、幸福を追求する権利を持っていると信ずる」と。 その月、イギリス軍の大船団がニューヨークへと姿を現した。 海を埋め尽くす大艦隊。 あまりにも歴然とした戦力差。ワシントンは一時撤退し巻き返しをはかった。その後、アメリカ軍は苦戦しながらも戦いを進めた。冬がやってきた。 衣服も武器も薬も足りない。 志願兵は帰ってしまう。 「一体、どうしたらいいんだ」 ワシントンは頭を悩ませた。 一方、その頃、ベンジャミン・フランクリンは、フランスで交渉をしていた。 「イギリスはフランスの長年の敵。今こそ、イギリスに打ち勝ついい機会ではありませんか」 ワシントンが頭を悩ませているとき、吉報が届いた。 フランスと植民地との軍事協定が結ばれたのだった。 フランス艦隊がやってきた。大艦隊を引き連れて。 アメリカ、フランスの連合軍がイギリス軍を包囲し追い詰めた。 ついにイギリス軍が白旗をあげた。 これより植民地13州は「アメリカ合衆国」という国名を名乗ることになる。 1783年、パリ条約でアメリカ合衆国の独立は、正式に認められた。 イギリスはミシシッピ以東の地をアメリカに譲り、13の州はひとつの連合国家としての歩みを始めた。そしてワシントンは初代の大統領になった。 ワシントンは2期、大統領をつとめたあと、3期のすすめを断りのちに引退した。ワシントンは故郷バージニアに戻り、3年後世を去った。首都は彼の名にちなみ「ワシントン」と命名された。 (注)ジェファーソンは、独立宣言を下書きした政治家。1800年の選挙で、彼は3代目の大統領に選ばれる。このころ、ヨーロッパ中をまきこむナポレオン戦争がはじまっており、彼はどの国にも味方しない中立の立場をとり、国内を安定させる努力をした。フランスよりルイジアナを購入し、国土も2倍に広げた。 以上です。よろしくお願いいたします

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    大摩邇様のブログ記事ですが、 (ジョン・コールマン博士の書籍にある情報の様です) 陰謀論書籍を御読みになる方は御感想をお願いします。 【ロスチャイルドを奴隷として扱う一族】 ロスチャイルド一族が「ビッグ・ブラザー」となり、世界政府の樹立を謀っていると 思っていたら、上には上がいて「ロスチャイルドを奴隷として扱う一族」がいたとは。 よく考えてみると、スイスという国の銀行へは、世界中の大富豪がお金を預けているのだ。 皇室も預けていると聞いたことがある。エリザベス女王とか各国の王侯貴族も預けている のだと思う。(追加4月1日:12億人の信者を持つカトリック・バチカンも)。 その莫大な資金は、どう運用されているのか。 ロスチャイルドやロックフェラーは戦争を起こしては、敵対する両陣に金を貸し付けては 儲けているが、その金を出す黒幕はスイスの銀行だったわけだ。ということは、 世界中の戦争は、世界中の大富豪のお金で行われているということになる。 スイスは永世中立国となっており、思考から外されてブラックボックスになっていたが、 そのスイスの金融の支配者が、ユダヤ金融のボスだったというのは、言われてみれば、 大いに納得がいく。 「私に一国の通貨の発行権と管理権を与えよ。そうすれば、誰が法律を作ろうと、 そんなことはどうでも良い。」というロスチャイルド財閥の祖マイヤー・アムシェル・ ロスチャイルドの言葉は、とてもよく知られている。インパクトが強く、 その言葉で、ロスチャイルド家が金融で世界覇者になろうとしているのだという印象を 刷り込まれていたのではないかと思う。 私も含め、ロスチャイルドが世界のトップであると勘違いするのは、大方と思われる。 (中略) さて、ロスチャイルドを奴隷として扱う人物であり、スイス金融界の「ドン」として 君臨しているのが、スイスのシェルバーン伯爵。この人物について、 「ロスチャイルド、ロックフェラーを奴隷として扱う ベネチア=スイス」 (世界の真実の姿を求めて!様)から孫引きさせていただく。 スイス金融は世界の富豪から資金を集め、ロスチャイルドを利用して 領主や国家をそそのかせて戦争を起こし、両陣営に融資をしていた。 勝っても負けても借金は返すしかなく、払えなければ土地を手放すことになるが、 その土地をロスチャイルドが受け取り、スイス金融へ渡し、 そこから資金提供者へ分配され、領土は切り分けられることになる。 こうして、国家解体を行っているのが、スイス銀行とその資金提供者であるといえる。 スイスのシェルバーン伯爵が、その首謀者であるが、彼はどのような人物であるのか、 どのような目的を持って、絶え間なく戦争が起こされているのか、 またその歴史的背景について、以下をお読みいただきたい。    【ワン・ワールド陰謀、その首謀者の素顔】 これと関連して、フリーメーソンリーが果たしている極めて重要な役割を、 もう一度見てみよう。アメリカのみならず、全世界で事件を生み出し、 いわゆるワン・ワールド政府という社会を目指している。身分も高く 「先祖伝来の遺産を継ぐ」立派なファミリーの心と意識と哲学を支配する、 この陰謀の首謀者シェリバーン男爵とは、いったい何者だったのか。 ボストン、ジュネーブ、ローザンヌ、ロンドン、ジェノバ、ベネチアなどに住み、 アヘンと奴隷で信じられないほどの富を築いたファミリー、ウィリアム・ビット、 マレット一族、シュルムベルガー一族のようなファミリーも含めて、 シェルバーン伯爵は、その心と頭脳を支配しているのである。 (中略) シェリバーンは何よりもまず、スコティッシュ・ライトのフリーメーソンであり、 イギリス、フランス、スイスのイエズス会と強いつながりを持っていた。 イギリス首相ウィリアム・ビットを操っていた以外にも、 ダントン、マラーといったテロリストや、アーロン・バーに率いられた 東部エスタブリッシュメントの裏切り者たち、 イギリス東インド会社のスパイから経済学者になったアダム・スミス、 その嘘っぱちで西側経済を破滅させたマルセスまでもが、シェルバーンの支配下にあった。 このようにフリーメーソンのリーダーであったシェルバーンは、 15世紀のルネッサンス以降に人類が享受した利益をすべて破壊し、 キリストから授けられたキリスト教思想、合衆国憲法に示された社会政治理念や 個人の自由という概念を裏切るのに、最も力を振るった人物であった。 要するにシェルバーンはルネサンスを憎悪し、忌み嫌い、 一般大衆は自分達の階級に仕える為に存在しているという、 特権思想を固く信じていた。 産業資本主義を憎み、封建制度を熱烈に支持していた。 さらに、同盟の父ウィリアム・ぺティ伯爵が創設したロンドンの英国学士院が 前身となって、王立国際問題研究所(RIIA)が生まれた。ニューヨークにあって アメリカの外交問題を操る外交問題評議会(CFR)もここから生まれた。 (中略) フランス革命でのジャコバン党の悪行も同じようにシェルバーンが操っていた。 ロスチャイルドのボス達 拙稿「ダイアナ元皇太子妃を殺害した一族」より続く。 ・・・・・13世紀のスイスの都市を研究しなければ、現代の事は分からない。・・・・・ 古代ローマ帝国と、その末裔であるハプスブルク帝国の皇帝の 絶大な権力による支配は、その部下である貴族達に大きな不満をもたらした。 人間、誰しも他人に支配等されたくはなかったのである。しかし、 そこにはローマ・カトリックに対する、異端・キリスト教原理主義 (その原型であるドルイド教)の教義「人類絶滅を至上目的とする」が深く関与していた。 この異端を信奉する貴族達は軍事力を持ち、また領地で農民を働かせ、 農産物を農民から暴力で奪い、その富を蓄積していた。金と軍隊を持ち、 皇帝など居なくても「自分で独立できる」と考えたのである。 そこで、各地で皇帝に対する闘争・戦争を引き起こし、 時には異民族であるトルコ軍を招き入れ、皇帝と戦争を行わせる。 この絶え間無い戦争は「人類絶滅」の目的に沿って実行された。 皇帝は戦争の費用で借金だらけになる。 この金を皇帝に貸し付けたのがロスチャイルドである。 皇帝は担保として土地を差し出し、やがては借金が返済出来なくなり、 担保の土地をロスチャイルドに取られてしまう。 そして、この銀行家ロスチャイルドの資金をロスチャイルドに 与えていた預金者が、皇帝からの独立を狙う騎士・貴族達であった。 エッシェンバッハ一族、レーゲンスベルク一族、サヴォイ一族 (ダイアナ元皇太子妃の暗殺犯)、キーブルク一族、フローブルク一族、 ラッパースヴィル一族、トッゲンブルク一族と言った貴族達が、 ロスチャイルドに資金を貸し、ロスチャイルドがその資金を皇帝に貸し付けていた。 ロスチャイルドは、こうした貴族の「使い走り」でしかなかった。 借金が払えなくなった皇帝からロスチャイルドが担保の土地を取り上げると、 当然、その土地は資金提供者であった貴族の所有物となる。 こうして皇帝の権限の届かない土地が、貴族・騎士達によって都市として独立する。 産業革命が起こる以前、農業以外の産業としては綿織物等の手工業が 主流であった時代は、河の水流を使った水車が動力であった。 この動力が得られる、スイスのような山間部が産業地帯となり、 さらにスイスでは、現代の時計につながる鉄砲、刀等の精密機械業、 金属加工業が発達し、山間部で火薬原料も採掘された。 産業と兵器が、スイスにあった。 綿花はインド製の物等がヴェネチアから荷揚げされスイスに届き、 スイスとヴェネチアは姉妹都市であった。 やがて貿易で富を作ったヴェネチアの貿易業者=金融業者がスイスに移住する。 皇帝に反逆した貴族達は、兵器と富と産業を求め、スイスに結集した。 これが、やがて現代の金融国家スイス、マネーロンダリング天国スイスを形成する。 こうして、西暦1200年以前に成立した原初形態のスイスの都市国家は、 わずかに35都市、その中で人口が2000人を上回るのは11都市に過ぎなかった。 しかし、この都市が連合し、やがて国家を形成して行く。 これが現在の国家の出発点であり、国家とはローマ皇帝の 「質流れ品の寄せ集め」であった。 国家制度の起源は、ここにある。 西暦1200年という、現代から800年以上時代を遡る事で、 ロスチャイルドを支配し、その背後にいる一族達の姿が浮かび上がって来る。

  • この読み物がご都合主義に感じない点を教えて!

    こんにちは 小説カテゴリには作る側の方もいらっしゃるでしょうか? もちろんそうでない人でもかまいません、多くの本を読んだことがある人に伺いたいことがあります。 私の好きなゲーム「スカイリム」には多くのゲーム内書籍が用意されています。 その中に「後衛の心得」という本があり読むと軽装スキルがアップします。 こちらから読むことが出来ます(URL:http://skyrimlibrary.ldblog.jp/archives/21567026.html ) 一度読んでいただき、その構成についてお聞きしたいのですが、「後衛の心得」という本の内容を説明しますと 【舞台は剣と魔法のファンタジー世界で石造りの城などがあります。 主人公メネグールはカスカベル伯爵の邸宅(要塞)で、撤退を援護する後衛として一人邸宅を守る任務を受けていた。 城は頑丈で井戸水も豊富で数ヶ月は持ちこたえられそうだったが、軍が残していった食料庫である荷車の中を見てみると、ネッチ皮の鎧がギッシリと詰まっており食べられない皮だと知らない兵士が置いていったのだとメネグールは落胆する。 ネッチはクラゲのようなキノコのような大きな生物で、その皮で作られた硬いゼリー状の鎧を食料と間違われていた。 空腹をしのぐために中庭の草1本まで食べつくし、とうとう食べるものがなくなってしまった。 メネグールが空腹に悩まされる原因は他にあり、それは城の外に広がるリンゴ林に成るおいしそうなリンゴと風で運ばれてくるその匂いだった。 メネグールはネッチ皮の鎧を着込み、敵の野営地となっているリンゴ林に忍び込んでリンゴを取ってくることを決意する。 メネグールの友人であるアエリンはネッチ皮が牛の皮鎧のように食べられるものではないことを知っており、またネッチ皮の鎧の扱い方も知っており、過去にその話を聞いていたことをメネグールは思い出した。 メネグールはリンゴ林へと忍びこんだが、案の定敵に見つかるものの、アエリンに聞いたとおり、ゼリー状の鎧の特性を活かし、一度敵の攻撃を受け流してから生まれた隙を突いて攻撃することで、 結果として、リンゴをたくさん手に入れることができた。 メネグールは戦争が終わる4ヶ月以上もの間、リンゴ林に忍び込んではリンゴを手にいれ、敵に遭っては攻撃を一度受け流してやりすごしてきた。 そしてある時、戦争が終わり、メネグールが独りで守っているカスカベル邸にカスカベル伯爵と停戦協定を結んだ両軍の国王がやってきて、メネグールが敵軍の騎士に「林の影」と呼ばれていたことを話、その栄光を称えた。 続けて、カスカベル伯爵は所有物であるリンゴ林のリンゴがなくなっていることを指摘した。さらに、メネグールは傭兵であり、傭兵は経費を自己負担しなければならないことが古くからの規則であることも指摘した。つまりは食べたリンゴ代をメネグールに請求した。 メネグールはその指摘(攻撃)を一度受け止め、「それでしたら喜んで払いますよ。秋の収穫の後で利子を付けて、私自身に」と言い、その攻撃を受け流した。リンゴ林での戦闘のように。 続けて、古くからの規則では、3ヶ月以上君主に仕えていない者が占有した場合その不動産及び称号権が認められるという。 よって、メネグールは古くからの規則にのっとり、カスカベル伯爵を名乗ることができるようになりカスカベル邸も手に入れた。 メネグールは邸宅を守る4ヶ月以上もの間、邸宅にあった書籍をたくさん読む中で、この古くからの規則のことを知ることができた。 と、言う内容の話です。 このお話は偶然ネッチ皮の鎧が食料と間違われて用意されており、偶然アエリンという友人から使い方を聞いており、偶然空腹で、偶然リンゴ林が城の外にあり、偶然邸宅の本を読んで古くからの規則を知っていた。というご都合主義もびっくりなくらい舞台が完璧に用意されています。 ですが、私がこのお話を読み終えたときにはメネグールしてやったりとニヤニヤとしてしまうような満足感がありました。】 私は趣味でお話を書くことがあります。最近ではセカイ系と呼ばれる、現実とは違う世界でのお話を書くことがあるのですが、どう読んでもご都合主義な感じがでてしまいます。 「後衛の心得」のようになるべくしてなったような話でもご都合主義に感じないのはなぜでしょうか。 またどうすればご都合主義にならないような世界設定を考えることができるでしょうか? 何かアドバイス等あれば回答をお願いします。