• ベストアンサー

儒学とは

儒学とは簡単に言えばどのような学問でしょうか?色々書類を見ましたが結局何が言いたいのかわかりません。頼山陽さんも儒学者ですよね・・・

質問者が選んだベストアンサー

  • ベストアンサー
  • TANUHACHI
  • ベストアンサー率31% (791/2549)
回答No.2

 こんばんは、夜分に失礼します。 儒学の「儒」は、儒教の「儒」を意味します。本来は「孔子の教えや言葉」などを研究するとの意味になります。そしてその研究家を儒者と呼びます。  儒者で有名な人物として、中国では孟子や朱熹・王陽明などの人物。日本では藤原惺窩・林羅山・中江藤樹・伊藤仁斎・荻生徂徠・石田梅岩などの人物が知られています。  このうち (1)朱子学派………藤原惺窩・林羅山・石川丈山・木下順庵・貝原益軒・新井白石・室鳩巣などの人物 (2)陽明学派………中江藤樹・熊沢蕃山 (3)古学派………山鹿素行・伊藤仁斎 (4)朱子学派の亜流である崎門学派………山崎闇斎、 (5)古文辞学派………荻生徂徠・太宰春台などの人物がおります。  これらの「~学派」は書道や生け花などの「~流」と同じものとお考えいただければ、分かり易いかとも存じます。  頼山陽も「最初は儒教を考究していた」が、この人物の正体はその主著である『日本外史』を見ても明らかなように、「一応は歴史学者として」分類もされています。その評価ですが、理不尽なこじつけなども見られる国粋主義的な姿勢を見せていることでも知られています。ですので「儒学者」として分類することにはいささかの疑問符も付きます。  尚「儒教」には「易姓革命」といって、道徳によって全てを治めるとの考え方があり、「修身斉家治国平天下」などの言葉にも表されていて(『礼記』)、王たる者は武力に頼らず、仁や道徳によって「国を治める」との考え方をします。

その他の回答 (3)

  • TANUHACHI
  • ベストアンサー率31% (791/2549)
回答No.4

 >朝鮮は仏教を迫害して仏閣など取り壊しまくって儒教を推奨しました。宗教でもなんでもありませんけどね(笑) ↑ デタラメですね。8世紀の新羅時代には仏国寺が創建され、それ以前の6世紀飛鳥時代に高句麗から慧慈とよばれる僧が日本に訪れ聖徳太子と呼ばれる人物に仏教を講義しています。  その後も鎌倉時代には『高麗版大蔵経』が高麗の伽耶山海印寺に於いて作られています。朝鮮半島での「儒」の扱いは政治的統治の原理として用いられ、この点では徳川時代の日本と変わりません。李氏朝鮮時代には儒教が国教化されますが、国内の寺院全てを破壊したとの記録はなく、近代では寺院の再興も見られます(ですから現在に寺が残っていることになります)。  元より「儒教」とは「教」の文字が付いていますが、信仰ではなく「儒者(孔子)の教え」との意味です。それを信仰の対象とするとの意味ではありません。誤解なさらないように。

  • mougmoug
  • ベストアンサー率28% (2/7)
回答No.3

関係ないですが 朝鮮は仏教を迫害して仏閣など取り壊しまくって 儒教を推奨しました。 宗教でもなんでもありませんけどね(笑) ということで、仏像が盗まれた問題は 日本にあったから保存されていたわけですよ

  • jaham
  • ベストアンサー率21% (215/1015)
回答No.1

孔子の教えです 見当はずれの調べ方をしているのでは

関連するQ&A

  • 儒学・仏教・国学について教えていただきたいです。

    儒学や国学は一般庶民には学べなかった学問ですか? 仏教は学問とは違うのでしょうか?

  • 江戸時代の民衆にとっての儒学とは?

    本居宣長の「国学」と「儒学」を比較する中で、疑問が出てきました。民衆にとっての「国学」とは捉えやすいのですが、儒学については疑問が残ります。当時の民衆にとって、「儒学」とはどんな学問だったのでしょうか。教えてください。

  • 儒学者について。

    儒学者はどんな性格をしていましたか? 中国の儒教以外にも日本の歴史も読書していましたか? 日本の儒学者は現地の中国に留学に行ったりしていましたか?

  • 儒学

    儒学(朱子学)って今で言えば「道徳」? 英数理社国に比べて、そんなに目の色変えて学ぶほど難しい科目じゃないと思うけど・・・。 綱吉や新井白石は超長時間儒学朱子学を勉強したそうです。 朱子学ってそんなに難解な科目なの?

  • 儒学についてです。

    江戸時代に儒学で一派が起こりました。(古学・古義学・古文辞学?)等に属さないで『私は論語しか読まない!孟子しか読まない!』というような人はいたのでしょうか?

  • 福沢諭吉って儒学者ですか?

    福沢諭吉って大学を作ったり、現代だとお札になったりと有名ですが、儒学者か学者のような人物だったのでしょうか? もし儒学者なら当時かなり異質かと思いますが。

  • 儒学における論語とは

    はじめまして、28歳の男です。 最近論語をかじって、儒学に興味を持ったのですが、論語は儒学の大本であり、その後弟子の孟子がさらに発展させて「孟子」を出し、それらを元に学者たちが連綿と研究を続け昇華させ、やがて朱子学、陽明学とたどり着き、それが日本に伝わって、日本では佐藤一斎の元に大成されたのだと思いますが、だったら、現在一番手ってり早く最新の儒学を学ぶには、佐藤一斎の「言志四録」を読めばいいと言う事なのでしょうか? また、その途中経過である論語や孟子は下位バージョンと考えてよいのでしょうか? そりゃ儒学学者なら論語や孟子は必読なのでしょうが、我々一般人が手っ取り早く最新で優れた儒学に触れたいとなったら、「言志四録」を読めばよいと言う認識で間違いないでしょうかね? どうもなぜか世間では本家本元の論語ばかりがもてはやされ、その発展形である朱子学や陽明学が影が薄い気がしたので、朱子学とは一体何なのか実態がつかめず、今一とっかかりにくかったので質問させていただきました。

  • 江戸時代の儒学者は三国志等も読んだのでしょうか?

    江戸時代の儒学者は中国文学の三国志や封神演義等といった書物も読んだのでしょうか? ちなみに儒学者は貧乏暮らしだったのでしょうか?それとも富裕だったのでしょうか?

  • 日本の儒学者について教えて下さい!

    江戸時代~明治時代までの儒学者は日本古典の古事記等は読書したりしましたか? それと、折衷学派とは何ですか? よくわかりません。

  • 国学者と儒学者はどちらが地位が高いのでしょうか?

    江戸時代~明治時代までにかけて儒学者や国学者が多数現れましたが、結局どちらの地位が高かったり、裕福だったのでしょうか? お金がなく貧しくて自給自足の家庭では私塾を開いて生徒らに教授していた?現在でいう所の田舎等にある私塾の先生みたいな感じだったんですか? 資料が少ないようなので何方か知っている方がいたら教えてくださると助かります!