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※ ChatGPTを利用し、要約された質問です(原文:自己の居場所。)

自己の居場所とは?アイデンティティの探求について

このQ&Aのポイント
  • 23歳学生がアイデンティティの居場所について悩んでいます。金銭や娯楽に価値を見出せず、学問にも興味が持てず、自己を見失ってしまっています。
  • 精神科でアダルトチルドレンという曖昧な診断を受け、親の教育が自分の性格に影響していることに苦しんでいます。
  • 自己を同定するために自己認識をしても、ますます自己から遠ざかっているような気がしています。アイデンティティの居場所についてアドバイスを求めています。

質問者が選んだベストアンサー

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  • booter
  • ベストアンサー率34% (269/769)
回答No.12

経験則ですが時間がありますので回答します。 私も状況は同じような状況かもしれませんが、昔の自分と比較すれば今の私はアイデンティティは確立しているように思われますので、ご参考になれば。 あんまり偉そうな事を言えた人間ではないのですが、上から目線で回答しちゃいますね。 自己同一性 - Wikipedia http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E5%B7%B1%E5%90%8C%E4%B8%80%E6%80%A7 上記からも一部引用しますと、自己同一性(アイデンティティ)が自己に喪失しているという発見と焦燥(「自分とは何か」「これからどう生きていくのか」「どんな職業についたらよいのか」「社会の中で自分なりに生きるにはどうしたらよいのか」が自分の中に無いのが分かり焦る事)とその確立なるものは、どの人間社会でも永遠普遍に見られるもので、kirin1985さんだけが抱えている問題ではありません。アイデンティティの喪失発見と希求自体は何ら問題はありません。 また、生きている上では皆誰しも誰かしらに迷惑をかけます。100%完璧超人な人間はおりません。 そうした皆が持っている罪悪感ですが、これは自分への贖罪意識のみに振り分けられると、自他共の人生にとってよくありません。 何事も中庸が肝心です。無反省もいけませんが、反省のしすぎもよくありません。 何故罪悪感が人間に必要かというと、それを反省し同じ事を繰り返さないように気をつけるためです。 しかし、私自身は社会に迷惑をかけたランキングで人を並べていったら、間違いなくトップ集団におりますので、こんな正論を書いていても、本当は人の事についてあれこれ言えません。 ただ、だからこそ「そのトップ集団にいる自分はどうすべきか」という対策も見えるので、もし迷惑をかけたと贖罪するなら一旦胸の内で整理すべきでしょう。解決策がハタと決まったならば、同じような悩みを持つ人はいるもので、アドバイスとして役に立ちます。 感情は意識に従うべきで、贖罪は反省から再起へと転ずるべきです。 また、「四十にして惑わず」(人間40代になれば迷ってはいけない)との言葉がありますが、これを裏返しにして言いますと、その手前の20代、30代はこうした「自分はどうするべきか」という点について迷っていて良い事になります。もっと突っ込んで言えば「人間は自分の人生に迷いやすいものだけれども、40以上は迷っちゃいけないよ」という事です(これは塩野七生さんの受け売りですが)。人間迷いがある事がデフォルト設定なので、特にここに悩む必要はありません。 ではその「自分とは何か」「これからどう生きていくのか」「どんな職業についたらよいのか」「社会の中で自分なりに生きるにはどうしたらよいのか」という点において、どのような解決をすれば良いのでしょうか。 私自身の経験則で言えば、様々な人と出会い、様々な映画、書籍、マンガを見て、読んで、楽しんで、少し難しい言い方になりますが世界に潮流している「人間としてこう生きるべきだ」という思想を発見していったのが「自分のやるべき事は何か」を発見した事が解決策の一つとなりました。 人間は友人を選ぶのと同様、その創作物である映画、書籍、マンガ、音楽などには相性がありますが、私が相性の良いものだと思ったものは下記のものです。相性は完全に合致はしないと思いますが、ご参考までに。 <書籍> 学問のすゝめ http://www.amazon.co.jp/dp/4061597590 一生に読む本はこれ一冊で良いと思ったくらいです。 斉藤孝さんの全訳も出ていますが、私は上記の伊藤正雄さん校柱版を推しています。 校柱版が読みにくければ全訳版を。 ただ、校柱版も頑張って読めば読めない事は無いのでこちらを紹介しています。 ファウスト http://www.amazon.co.jp/dp/408761008X 上記リンクは第一部ですが、私の注目しているのは第二部の終盤で、ファウストが人を使って社会に貢献する所ですね。 ファウスト自身も人生の意味に悩んでいます。 繁栄――明日を切り拓くための人類10万年史(上)-マット・リドレー http://www.amazon.co.jp/dp/4152091649 発展し続ける人類社会は破滅へ向かうのか、更なる繁栄を迎えるのか。 フィナンシャルタイムズ&ゴールドマンサックス選ビジネスブックオブザイヤー2010候補作。 <映画> ロレンツォのオイル http://www.amazon.co.jp/dp/B0000QWX2C 爽やかなラスト。私はこれを観て色々と勇気付けられました。 デカローグ http://www.amazon.co.jp/dp/B0009OA5IE ポーランドのテレビドラマ「デカローグ」の第一話が大変良い。 人間は信仰と理解のどちらを優先するのか。どちらを優先すべきなのか。 誰もこんなん買わないと思うのに中古で\20000とか高すぎると思います。 地元の図書館などで蔵書として注文できる機会があれば行ってみて下さい。 鑑賞後はかなりヘコみますが、理解と信仰においてどちらが優先されるのかという部分について理解が深まります。 <マンガ> 固い本ばかり読んでいても気が沈んでバランスが取れなくなるので、 息抜きには元気の出るマンガを読むと良いと思います。 私は次のマンガが面白いと思っています。 ・ドラゴンボール ・ジョジョの奇妙な冒険 ・SLAM DUNK ・柔道部物語 ・ぼくんち ・うつくしいのはら ・鋼の錬金術師 ・はじめの一歩 ---- 自分自身を成長させる為には、できるだけ沢山の人に会って影響を受け、沢山の本を読んで良い思想を拾い、沢山の映画やマンガを見て感動する事により行動思想を自己強化させる事です。

kirin1985
質問者

お礼

 幅広い推薦図書と推薦漫画、映画ありがとうございます。  現状で考え、行っている自己強化の延長線上で行えそうです。書籍に関しては恥ずかしい話全て未読なので、今後読み進めていきたいと思います。  ご回答、本当にありがとうございました。

kirin1985
質問者

補足

 この場をお借りして。  多くの方々、ご回答本当にありがとうございました。  答えを求める自分がベストアンサーである人を選ぶなんて皮肉にも思いますが、こちらに選ばさせて頂きます。  どの方の回答も何度も読みましたが、正直なところ『ダウンロードは出来ているが、インストールは出来ていない』と言う感じです。今後も何度も読み、一つ一つ実践し、身に付ける事が出来ればと思います。  また自分は敬語が苦手であり、節々で淡白で無関心な文面になってしまったかもしれません。ここにお詫び申し上げます。  半分以上の回答が自分にとってベストアンサーでした。自分にとってはどんな本よりも考えさせられる質問になりました。みなさん、本当にありがとうございました。

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その他の回答 (17)

回答No.7

居場所は自分で決めるもの。ここが自分の居場所と決めればそこが居場所。居場所がないと言っている人は何らかの理由で居場所を定めたがっていない。ここは本当の自分の居場所じゃない。こんなの本当の自分じゃない。 今の自分が自分。水増しも目減りもさせない自分を見られるようになれば苦しさはなくなるのに、それをするための自分の鏡になってくれる他人ではなく自分ばかり見ているから色々なことが見えなくなる。 目の前を見る。現実から始める。やってみる。 青年期モラトリアムなんて言葉があります。

kirin1985
質問者

お礼

 理想の自分、理想の居場所。確かに現実・現状ではほど遠いです。その理想を夢見ているから現状の自分が見えなくなる……確かにそうですね。  目の前を見ると言うのが具体的にいかに変化をもたらすか、もたらせられるか答えはまだ出ていませんが、意識していきたいと思います。  回答ありがとうございました。

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回答No.6

いろんな意見があるかと思いますが。この方の本を 一度読んだらいいかも知れません。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%B8%E7%94%B0%E7%A7%80

kirin1985
質問者

お礼

図書館行って借りてきました。 『希望の原理』冒頭数頁を読みましたが、興味のある内容ばかりで大変面白いです。行間も広くて読みやすいのでサクサク読めそうです。 図書の推薦、非常にありがたいです。ご回答ありがとうございました。

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  • MOG56222
  • ベストアンサー率12% (6/50)
回答No.5

質問者様に限らないのですが、心の病んだ方とお話すると、自分の世界観や能力を絶対化して、それを地面とし思考を組み立てる傾向を感じます。 簡単に言えば、自分が思うこと感じることは真実だと信じる傾向です。 ご参考になれば幸いです。

kirin1985
質問者

お礼

それは違うと言えば回答の否定になって、その通りだと言っても矛盾してしまいます。返答は難しいですね。 心を病んだ方全てに当てはまるかはわかりませんが、私個人としては当てはまると思います。 頑固である自分は気が付いてもなかなか改善出来ません。自分の基準で納得したものだけを受け入れ、納得した人を受け入れてしまいます。単純に恐がっているのかもしれません。 積極的に他者の価値観や思考を取り入れると言う事でしょうか、心掛けたいと思います。 回答ありがとうございました。

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  • yasuto07
  • ベストアンサー率12% (1344/10625)
回答No.4

土壺にはまりましたね。 わらい。青春の心の痛みに、真剣にハマリマシタネ、笑。 村上龍と村上春樹の初期の作品をたくさん読んで、サイド質問してください。 山川健一も、力がある作家です。あなたの心には効くと思います。 ブラックホールデシカナインデスよ。 通常、あなたが生活で、利用している心が脳に占める割合は10パーセント程度です。 あとの9割は、氷山と一緒で、水面下に有るのです。 素晴らしいカウンセラーでも、一人の人と10年くらい付き合わないと、 その氷山を理解できないそうです。 ボブディランは歌いました、その答えはいつも、風の中さと。 あなたの心の問題は、風の音をよく聞いて見ること。 心の中の水面に、ヒトシヅク落ちてくる、水滴の波紋を感じることです。 それは己でエトクシナケレバならないでしょう。 スターウォーズシッテイマスカ?。 フォースの力とあらんことを。よく映画を見直して、お勉強してください。 ハードボイルドワンダーランド世界の終わりーーーー春樹の著書の門番より。 私は心の出入り口の門番ーーーかなと自負しています、笑。

kirin1985
質問者

お礼

ドツボにはまりました。 村上春樹もスターウォーズも読まず嫌い観ず嫌いでしたが、この機会に挑戦してみます。スターウォーズは小学生か中学生の頃モノマネで遊ぶくらいの大衆向け娯楽映画に思っていたので、意外でした。山川健一は初耳です、これも挑戦してみます。 正直なところyasuto07さんの回答の半分くらいしか理解できていない程の読解力のなさなので、読み解けるか不安ですが推薦図書は非常に助かります。 回答ありがとうございました。

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回答No.3

私も似たような経験があるのでご参考までに 私見を述べさせて頂きます。 安定した自分が見出せず、曖昧模糊とした 感じのまま自意識過剰になってしまうというのは 自分の精神の構造や論理展開に瑕疵があるというより 身体の不調や自分の置かれた環境に起因する事の方が 多いような気がします。 論理的に妥当であれば「人のせい」にしても 私は少しも悪いことだとは思いません。 つまりは「問題はここにあるのではないか」と仮定して そこに立脚点を作るのです。 また、全共闘時代の学生に「体制に反抗する」権利が あったように(無論今でもありますが)、 現代の若者には社会に対して無気力になる権利が あると私は思います。 「真に受ける」ほど現代の日本社会が「まとも」とは 私には思えません。 あまりに自己相対化が過ぎて疲弊してきたときは 「自分を甘やかして」クールダウンしても全然大丈夫です。 ご健闘をお祈りします。

kirin1985
質問者

お礼

言葉の節々に優しさを感じました。ありがとうございます。 問題の原因を過程する、のは、正直考えてもいなかったです。自分はいつもその原因探しに没頭しては諦めていたようにも思います。考える事、実行する事への指針になりました。 無気力になる権利、自分を甘やかす権利、そう言っていただけるといくらか肩の荷が下ります。 回答本当にありがとうございました。

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noname#149600
noname#149600
回答No.2

出かけますので、一部だけ簡単に・・ >>地に足がつかず、ふわふわ浮遊している自己が落ち着きません。 多くの人がそうです。 自分で認識しているかどうかはともかく。 と言うか、通常には気にもしない・・が、正確かな。 さて、地に足がつかず・・とありますが、あなたは具体的にはどの様に感じて、あるいは解釈していますか? それが分かれば、解決の道は近いです。 今、私が答える事は簡単ですが、それは他人の言葉・・ あなたが、どの様に・・考えているのか、感じているのかが一番大切なのです。 >>自分を同定する為に自分を認識すればするほど自分が遠ざかっているような気さえしてきます 自分を認識するとはどの様な事ですか? 具体的に・・・

kirin1985
質問者

お礼

お忙しいところ、回答して頂き恐縮です。 >>他人の言葉…… 確かにそうですね。自分の見る自分を他人に教えてもらう、質問自体矛盾を孕んでいたかもしれません。 >>あなたは具体的にはどの様に感じて、あるいは解釈していますか? 抽象的な浮遊感は常に感じているのですが、具体的にと言うと……。 躁のように極端ではないですが、自分はいつもなにかをしています。表面ではなにもしていなくても頭はフル回転していたりと。それ故、考える事、落ち込む事が極端に少なくなりました。起きている間、眠りに落ちる寝台の上でも携帯をいじってゲームをしたりネットを見たりと、なにもしない事が恐い訳ではないのですが、落ち着かないです。一時も休まらないのが浮遊感の原因と考えています。用もないのに喫茶店に行ったり、坐禅を組んでみたりとなにもしない為にやってみましたが、直ぐに元通りと言う次第です。 この不毛な悩みの根源はそこにあると思います。そんな事でも、もう少し積極的にやってみたほうが良いのでしょうか? >>自分を同定する為に…… 主に知識をつけようとしています。自分を成り立たせる意味でも知識が必要と感じ、本を読む、知らない事を調べるなどですね。元々頭のデキもよろしくないのでその意味もあります。 精神病に関する本や、戦争に関する本、現代社会の本や、大衆小説など、広く浅い知識をを集めている感じです。本などまるで読まなかった人生だったので、新しい価値観や知識が自分の内面を変えていくように感じ、自分に合う価値観、型を模索しています。それが自分の中で、自己の同定になります。 頭の中がまとまってないのでだらだら冗長な文になってしまった事、お詫び申し上げます。回答ありがとうございました。

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  • TakMat
  • ベストアンサー率75% (277/368)
回答No.1

以前、境界型人格障害に近いアダルトチルドレンの女の子とつきあってました。 ですので、あなたの痛みは少し分かります。 あまり、深く考えず、自己だ、アイデンティティだと言葉で正確に定義できないようなものに縛られない方が良いですよ。(極論を言えば、そんなものないですから) 何か軽く熱中できるものを探した方がいいですよ。お手軽なもので、仮に熱中できなくても、ちょっとの間、やってみるってくらいが良いと思います。

kirin1985
質問者

お礼

境界性人格障害も疑っていたので、通ずるところ多いと思います。 この悩みは数年来のもので、熱中出来るもの、添え木は常に探していました。やはり生き方は宗教かと思い、教会に通ったりダライ・ラマ14世の講演に行ったりとしたものの、壁一枚挟んだ別世界の事のように感じてしまう始末です。カルト宗教にどっぷり浸かれる人間が羨ましいです。 生来の飽き性な性格や、興味の無い事に頓着出来ない悪癖もあって、おおよそは一時的なもので終わってしまいます。 アイデンティティなんて曖昧なもの考えなくて良い、全くその通りだと思います。ですが、それが何故か自分には出来ないのです。喉に詰まった澱のように粘着質に気持ち悪く頭を支配するのです。 否定的な回答ばかりで申し訳ありません。回答本当にありがとうございました。

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