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江戸幕府の国防について

PENPENMAKKYの回答

回答No.1

質問1:無いです。幕末に海軍奉行が設置されるまでは海上防衛組織はありませんでした 質問2:割愛 質問3:無かったから黒船(蒸気船2隻と帆船2隻)如きでパニックになったのです。  18世紀までは、ヨーロッパのアジアへの軍事的進出はほとんどありませんでした。アジア自身は柵封体制下で対外関係は安定していたのです。19世紀に入り造船技術が進む一方で、銃器の生産が安定化してきたため、軍隊を伴った貿易と外交(砲艦外交)が始まります。日本は1820年代に危険を察知し、外国船打ち払い令(国防に関する命令)が出されます。  日本が江戸時代のように内需完全解決(食料自給率100%)なら、最低限の国防さえあれば鎖国できます。ですが日本はカロリーベースで40%しか食糧がまかなえていません。対外貿易をせねば生きてはいけません。そうなると商船団を守る軍艦も必要ですし、日本の権益を維持するための軍備が必要です。 日本の旧唱歌がそれを示しています。 われは海の子 いで大船に乗出して 我は拾わん海の富 いで軍艦に乗組みて 我は護らん海の国 海洋貿易国家が生きていく道を示した素晴らしい歌です。ま、某団体は『とまや』が非現実的ということでこの歌を教えるのを止めさせました。その結果、日本の子供がどれだけ体たらくになり、貿易と国防・外交の重要性を忘れる結果となったことか…嘆

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