• ベストアンサー

アスペルガーとアマテラス語方言

arayata333の回答

回答No.4

Q&Aのサイトにもどってきてみて、  お一人お一人の質問に対応するのは(アカデミックな事以外は、63歳まで 真剣に人の生涯について考えて来た人間ですから 言葉はどんどん連想されて出てくるのですが)、時間的に大変だなと思えてきています。 もちろん、 どうせ全部に答える時間なんてないのですが、 どんな人のどんな文もわたしには大切に思えるのです。 が、 無理は無理と承知しています。 ただ、やってみないことには私は解からないという気持のいつも強い人間のようなのです。 精一杯は その気持のままに、質問を選ばず回答してきましたが、 やるだけやってみた感はあるので、  すでに、この人にはこのように書いてみたらどうだろうか?とかいろいろな回答が思い浮かんでいるのですが、 ここからは、 ここに戻ってきた意図と絡めながら すこしづつ意図的に質問を選んでいこうと思っています。 bragelonneさんへの回答も なかなかそのあたりの意図がある者としては大変です^^。 質問のお気持は その出所とかも解かるつもりなので(前回のご質問へのNO:6の回答へのレスの最後の文の中の》恩恵の上の恩恵《という意味合いも その出所を暗示しておられるのですよね) よく解かる気持となるのですが、 読み取るのも大変ですし、やはりかなり時間を取られてしまいます。 アルペルガー症候群というのは始め聞きましたが、 ご紹介のURLの中身はすべて読ませていただきました。 (こちらを読む方が“こちらでの議論を読むより”はるかに時間がかかりません^^) これも これを読まれてのbragelonneさんの 正義の刃の鋭さ自体はよく解かるのです。 正義というより、人に差別をつけない精神(そちらの言葉で言えば“》人を裁かない《こころ”からの 鋭さなのでしょう。 私も 強烈に疑問を感じたところが多々あったのですが、 大きくはなぜ専門化がその症状について『診断』をくだすことにこだわっているのか?のあたりについて はっとして、えっ!という気持になりましたし、 人は 常に変化するしその可能性にはたくさんの機があるのにレッテルを貼ったら固定しがちな面があることを 専門家の方がたは 「これでは どう考えられているのか?」疑問にならざるをえませんでした。 まず、そのあたりを 何故いきなりアマテラス語と例えたのか?  何故 アスペルガー症候群から 二枚舌症候群といきなり飛んでしまうのか? と思いましたが  ついさきほど、前回のそちらの質問が、そのあたりのご議論となっていたこをを知りました^^。 いちいちこれでは 読むのが大変なのですが^^;。…。 さて、 今回の質問文は アイロニー(皮肉)が強すぎるのをオブラートで包んだような感じの^^文と見ましたが、 結論は、これでは心理学者たち全体が(((アマテラスにくみした学者達の一群と共闘しているかのように)))、「「みずからのその症状(((つまり二枚舌症候群)))を隠すための社会的戦術にあるのではないか。 という文というふうに読めたのですが、 そうなのでしょうか? この文のあたりでは、 》社会的戦術《というのが 私にはよく解かりませんでした。 ただ単にビジネス戦術という事なのでしょうか? それとも あるいはもっと大きなビジネス戦術や戦略と うまく歩調をあわせているのではないかという疑いがあったりするのでしょうか? 二枚舌症候群ということを問題としているのであれば、 そのあたりもいろいろ詮索してしまいます。 しかし、 これを分析するのは 大変です。 相手は曲がりなりにも専門家ということになるからです。 専門家にはプライドというものもあるでしょう。 そういう自我の世界も考えてあげないといけないような問題です。 ほんとうは心理学者たちという職業は一応は 大学の心理課程のような簡単な心理学とかをしかもかじっただけでも卒業できてしまうカタチから出発できてしまう しかもその後は先生としてトップライトをあびる生活が待ってしまっているシステムの内にあるわけです。 それなら、もしほんとうに突き詰めて論議したら 私たち庶民の哲学家とか心理学家のライバルであるはずが無いのです。 だから 私はそういう人たちがいたら ほおっておきます。 心理学自体の発展には、私たちにも責任があるのですし、 みずから心理学を またその観点からはできるだけ脳科学をも庶民側の力でさらに開拓してゆくことだけを考えます。(日本民族的に^^) そこを議論したら、さらにさらにさらに^^(ちょっと皮肉ですが)、議論はややこしくなるだけだと思います。 心理学自体が発展すれば どうせすべては変わってゆくという 実践理論をここは私なら選びます。 もちろん、 それはビジネス戦略ではなく、すべて無料でその道を進みます。 情報無料化を進める道の中ですべては闘いとられていくはずです。 が、 一方では 最近ネットの世界が量的にどのようになっているのか少し見えてきた気がしているのですが、 今はまだマスコミとかのような影響力は無いのだから、  何が事をおかしくしているのかの 鋭いものの見方を論議しておくことは 真実ままにあってもいいとも思えてきています。 そして、bragelnneさんの 言い回しの中でのその道は、 これはもしかしたら「ちょうどいい」バランスのある世界なのかな?とも思えています。 二重の観点、 1つには、私自身は実践的でありたい、実際に質の良いコミュを応援していきたい、というその観点から、 また、もう1つには、ややこしすぎは困ったな^^という地点から、 (遠くから眺めた議論は一方がはっきり それを凝視していても 複雑なだけでなく怪奇にすらなってしまう、というあたりは、時間が赦す限り、つっこみたくなりますし)、   延々とのめりこむわけには いきそうにないという立場から、 ですが、 bragelonneさんの誠意は これからも応援していきたいと思います。 こんな感じですが宜しくお願いします。 なお、 心理学界は ほぼ二つの勢力に分かれていると聞いたことがあります(今からは30年以上も昔に聞いたことですけど)。 1つは 「心理テストなんかで人の心は計れない」というグループ、 もう1つは 「まずはテストから心の探究が始まる」とうグループ、 私のその時の印象は、後者が今ここでの問題のグループという感覚を受けています。

bragelonne
質問者

お礼

 ご回答をありがとうございます。  ★ 前回のご質問へのNO:6の回答へのレスの最後の文の中の》恩恵の上の恩恵《という意味合いも その出所を暗示しておられるのですよね  ☆ ううーん。これは――このあと説明するように――直接には 関係ないですよ。  ★ まず、そのあたりを 何故いきなりアマテラス語と例えたのか? / 何故 アスペルガー症候群から 二枚舌症候群といきなり飛んでしまうのか?   ☆ これは 本音と建前の使い分けが二枚舌なのですから それに対して アスぺルガーが額面どおりにしか意味を受け取らないと言われる特徴とは 比べられるはずです。  ★ ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~  結論は、これでは心理学者たち全体が(((アマテラスにくみした学者達の一群と共闘しているかのように)))、「「みずからのその症状(((つまり二枚舌症候群)))を隠すための社会的戦術にあるのではないか。  という文というふうに読めたのですが、 そうなのでしょうか?  この文のあたりでは、 》社会的戦術《というのが 私にはよく解かりませんでした。  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~   ☆ おおむねそう(皮肉まじり)ですよ。戦術というのは 社会の動きを効率よく進めるためには 疾患のあるものをたばねて保護しておけばよいだろうというものです。自分たちの症状は アースをして弱い者たちに感染(うつ)してしまっているというわたしの推測です。  ★ だから 私はそういう人(心理学者)たちがいたら ほおっておきます。  ☆ この種の関係する諸学問に叛意を表わしていますが その前に この疾患の起源というものを考えてみたいというのが いちばんの課題です。その意味ではわたしも放っておきます。したがって 次のご方針とは別の道を行きます。  ★ 心理学自体が発展すれば どうせすべては変わってゆくという 実践理論をここは私なら選びます。  これまでにも少なからず説明してきております。ぜひご参照ください。

関連するQ&A

  • 女性のアスペルガー症候群と男性のアスペルガー症候群

    女性のアスペルガー症候群と男性のアスペルガー症候群では症状が違いますか? 女性のアスペルガー症候群の人が健常者と社会で関わっていくのは難しいでしょうか?

  • アスペルガー症候群について

    すみません。ネットで調べたのですが、わからないので質問します。 20代後半、社会参加できていません。 誰かとコミュニケーションを取った時に、これまで何故か場がしらけてしまうことが多すぎるので、気にはなっていたのですが。 http://www.autism.jp/asp_index.html で当てはまる部分、当てはまっていた部分が多く有り、これまでの原因がここにあるのではないかと思って質問させて頂きます。 (1)この年齢で、当てはまらないことが1つでもあれば、アスペルガー症候群ではないのでしょうか。 (2)アスペルガー症候群と鬱病との相関はどのように理解するのしょうか。 (3)アスペルガー症候群かどうかを判断するには、どのような方法があるのでしょうか。専門医療機関はどこでしょうか。 (4)アスペルガー症候群であった場合、社会への参加はできないのでしょうか。 (5)アスペルガー症候群であった場合、治療により完治しますでしょうか。 (6)アスペルガー症候群であった場合、生きていく上で困ることは何ですか? 専門家の方や、アスペルガー症候群の方からの回答をお待ちしています。

  • アスペルガー障害と言われるものについて

    アスペルガー障害と言われるものについて http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%83%AB%E3%82%AC%E3%83%BC%E7%97%87%E5%80%99%E7%BE%A4 上記はアスペルガー症候群についてのwikiです。 ちらほら聞くいわゆる「知的障害者」の一種と今まで思っていましたが、ふと思って検索した結果、今までの見解が間違っていたのでは?と思いました。 この「アスペルガー症候群」とは「知的障害」の一種だと思いますか? 単に人の得手不得手、何でもかんでも分類しようとする学者のエゴのような気がして仕方ありません 例えば「100m走で12秒以上かかる人間は運動障害」とでも言われてるような不快感しか感じないのですが・・・ 皆様はどう思いますか?

  • アスペルガーかどうか調べるために精神科に行きたい

    僕はコミュニケーション能力不足で死にたくてたまりません。 以下の質問URLを参照すれば、コミュニケーション能力不足がどれくらいのものか分かると思います。 http://okwave.jp/qa/q7339535.html このままでは社会生活が営めないし、変わる力も残ってないので死にたいです。 ただ、僕はアスペルガー症候群ならば、辻褄が合うし、僕自身も気持ちが楽になるし、支援が受けられやすくなります。健常者では無かったなら今まで何しても無理だったかもしれない。 その支援で精神的に立ち上がれるかどうか賭けをしたくなりました。(まあアスペルガー症候群だったらの話になりますが。) ただそもそもアスペルガー症候群と思えない節が自分にあります。 (1)AQ診断が26点しかありません (2)強いこだわりがありません (3)幼児期はルールを一つずつ破っていく子だったようで、ルールを「守りすぎる」アスペルガー症候群の子とは真逆です。 こんなんで精神科に行く価値あるのでしょうか?アスペルガー症候群を疑うのはただのこじつけでしょうか? さらに父が歯科医ですが、アスペルガー症候群という概念に反対しています。 親に話す勇気もないし、 http://okwave.jp/qa/q7339535.html に書いてあるクズったれた相談内容を言ったら甘えだと言われて叱られるのは、親の性格を熟知した息子として軽く想定できます。 精神科に行くだけでも困難で今まで諦めていましたが、やはり諦めた方がいいでしょうか?

  • アスペルガー症候群

    アスペルガー症候群の子は、人に嫌われてる子が多いんですか?

  • アマテラス普遍人格語のつまづき

     1. まづは S 語 と A 語 (?)  わたしたちは どの言語にあっても ふたつのコトバを使い分けているようです。   《スサノヲ( S )人間語》:   ・ 身と心から成る自然本性そのものの自己表出〔としての言葉〕   ・ 感性の原野を開き ほどほどの理性を持ってしゃべる言葉   ・ 人間のつねとして あやまち得る思考を容れた広い度量の言葉   《アマテラス( A )人格語》:   ・ 身と心なる自然本性を 心ないし精神において捉え相手に向けて    心に或る種の構えを成して自己表現しようとする言葉     (自己表出を ととのえ練り上げ磨き上げさらには飾り上げる)   ・ 感性の原野をどちらかと言うと抑えて 理性によって思考の緑野    を開発する。その成果をもってしゃべる言葉   ・ その思考は あたかもあやまち得ないと見なされた《格》を持つ   ・ かつてはオシヘとして神格化され 神聖にして侵すべからざるも    のと見なされた  2. アマテラス人格語は 普遍科学語を開発している。  すなわち思考の緑野として 言わずと知れたアマテラス科学語の世界を打ち建てた。    誰が認識しても 同じ内容となるというその《個々の主観真実の共通性》 これである。この共同主観が 普遍なる神のごとくであると 時には 見なされた。  3. アマテラス普遍語は 人格語を倫理規範とし これを科学語で根拠づけた。  普遍科学語で彩(いろど)った衣裳としての人格語を着たならば そこに《あやまつべからざる人間像》が出来上がると踏んだ。いわゆる理念の信仰も始まる。    4. かくして アマテラス普遍語文化の君臨となった。  のではないだろうか。  5. このアマテラス語の隆盛が つまづきの石である。  6. なぜなら 自然本性にして普遍たるスサノヲ人間語を貶(おとし)めたつけが回って来ている。  7. スサノヲ人間語は 殊にその感性の原野たる領域において もののあはれを知ったかのごとく こう語る。    ・ 《ひとは 他人(ひと)の自由意志をないがしろにしない。      こころをとうとぶ。      《他人のおよび自分のいのちをないがしろにしない。      《わが自由意志がその自由度において横道に逸れ そこに      おける思考が人間をにくみこれを傷つけようと・あるいは殺      そうと思ったりすることはあるが なぜか そうはしないもの      だ》。  8. ところが アマテラス人格語は うったえます。  スサノヲ自然感性語の宣言を   ・《なんぢ ころすなかれ / むさぼるなかれ》  というふうに規範化しようと。おそらく このこと自体にすでに問題があります。問題が――社会にあって生きることが―― 理性の領域に移行したからです。あたまで逆立ちして町を歩こうと言い出した。  9. あるいは 同じように比べてみようと思えば:  スサノヲ人間語は 心の奥にあってこのように言葉を言い出そうとします。   ・ 《われは 心の奥底なるヒトにとっての思いとして      時に身に勝手に起こるやましさ(恥づかしさ)反応を受け留め      恥ぢを知るわが心にすなおにしたがい      よくおのれの自由意志を用いよう》  と。これを アマテラス語理性は―― 一般にガミガミ規範ないしアマテラス語理論として――言い換えます。    ・ 《すなおになりなさい。     わがままはいけません。     恥づかしさは 隠しなさい。     ウソをつくのは わるいことです。・・・》  10. すでにアマテラス普遍志向にもとづく《アマアガリ》主義は 行き詰まったのではないだろうか?     思考の緑野と言えども 理性のみによってその普遍語の世界に閉じこもらざるを得ないような規範性を帯びているかぎり このあたまデッカチは つまづきの基となる。  《オシヘや規範あるいは理念》をあたまに抱きながらしか おのれの思考や互いの対話を成し得なくなっている。感性の原野が なおざりにされてしまっている。  11. それだけではなく アマテラス人格語は 感性スサノヲ語を捻じ曲げてしまうくせがついてしまった。次のように語るようになってしまった。    ・ 《すなおだと人に見られれば 何かとよいことがあります。     どれだけわがままを通したいと思っていても わがままだと受け取     られてはいけません。     あたまを使いなさい。     ウソは ウソとバレては いけません。     上手につくのですよ。     また バレたなら うまく振る舞って あなたの秘書や部下の所為に     しなさい。     ・・・》  12. アマテラス語は 普遍語が ただの方言にしか過ぎなくなってしまった。  ただのアマアガリのための・それを飾るための・そしてそれを保守するためのアマテラス方言にしか過ぎないほどである。   何ともひどい訛りを身に着けてしまった。ダブル・スタンダードはお手の物というほどに へそが すでにひん曲がってしまったではないか?  どちらかと言うとスサノヲ語の側である野党党首が アマテラス語の舌を二枚三枚すでにあつらえて用意していた。それがとおった。  ☆ これを問います。  いまは 転機か? もしそうなら あなたはどうすればよいと考えるか?

  • アマテラス普遍人格語のつまづき

     (1) まづは S 語 と A 語 (?)  わたしたちは どの言語にあっても ふたつのコトバを使い分けているようです。  《スサノヲ( S )人間語》:   ・ 身と心から成る存在そのものの自己表出〔としての言葉〕   ・ 感性の原野を開き ほどほどの理性を持ってしゃべる言葉   ・ あやまち得る内容  《アマテラス( A )人格語》:   ・ 身と心なる存在を 心ないし精神において捉え自己表現しようとする言葉   ・ 感性の原野をどちらかと言うと抑えて 理性によって思考の緑野を開発する。その成果をもってしゃべる言葉   ・ あたかもあやまち得ないと見なされる内容   ・ かつてはオシエとして神格化され 神聖にして侵すべからざるものと見なされた  (2) アマテラス人格語は 普遍科学語をも開発した。   すなわち 思考の緑野に言わずと知れた科学語の世界を打ち建てた。     誰が認識しても 同じ内容となるというその《個々の主観真実の共通性》 これである。  (3) アマテラス普遍語は 人格語を倫理規範とし これを科学語で根拠づけた。  すなわち 普遍科学語で彩(いろど)った衣裳としての人格語を着たならば そこに《あやまつべからざる人間像》が出来上がると踏んだ。    (4) かくして アマテラス普遍語文化の君臨となった。  のではないだろうか。  (5) このアマテラス語の隆盛が つまづきのもとである。  (6) なぜなら スサノヲ人間語を貶(おとし)めたつけが回って来ている。  (7) スサノヲ人間語は 殊にその原野たる感性の領域において もののあはれを知ったかのごとく こう語る。    ・ 《ひとは 他人(ひと)の自由意志をないがしろにしない。     《他人のおよび自分のいのちをないがしろにしない。     《自由意志が人間を傷つけようと思ったりあるいは殺そうと     思ったりすることはあるが そうはしないものだ》。  (8) ところが アマテラス人格語は うったえます。   スサノヲ感性語宣言を   ・《なんぢ ころすなかれ》   というふうに規範化します。このこと自体にすでに問題があります。問題が――社会にあって生きることが―― 理性の領域に移行したからです。  (9) あるいは 同じように比べてみようと思えば:  スサノヲ人間語は 心の奥にあってこのように言葉を言い出そうとします。   ・ 《われは 心の奥底なるヒトにとっての思いとして      身のやましさ(恥づかしさ)反応と共なる心にすなおにしたがい      よくおのれの自由意志を用いよう》  と。これを アマテラス語理性は―― 一般に規範ないしアマテラス語理論として――言い換えます。   ・ 《すなおになりなさい。     わがままはいけません。     ウソをつくのは わるいことです。・・・》  (10) すでにアマテラス主義は 行き詰まったのではないだろうか?      人間が ただただ――思考の緑野と言えども――理性の領域で・その普遍語の世界の中に閉じこもってのように 《オシエや規範》とそれをめぐる思考との対話をしか成し得なくなっている。のではないか? 感性の原野が なおざりにされてしまっている。  (11) それだけではなく アマテラス人格語は 感性スサノヲ語を捻じ曲げてしまうくせがついてしまった。次のように語るようになってしまった。   ・ 《すなおだと人に見られれば 何かとよいことがあります。     どれだけわがままを通したいと思っていても わがままだと    受け取られてはいけません。     あたまを使いなさい。     ウソは ウソとバレては いけません。     上手につくのですよ。     また バレたなら うまく振る舞って あなたの部下の所為にしなさい。     ・・・》  (12) アマテラス語は 普遍語が ただの方言にしか過ぎなくなってしまった。  のではないか? しかも 何ともひどい訛りを身に着けてしまった。ダブル・スタンダードはお手の物というほどに へそが すでにひん曲がっているのではないか?  これを問います。もしそうなら どうすればよいでしょう?

  • 事大主義(アマテラス予備軍症候群)とその後遺症

     1. ひとの言葉は あやまち得るスサノヲ人間語とあやまたざる〔と見なされる〕アマテラス普遍語とに分かれる。   《スサノヲ人間語 - アマテラス普遍語(科学語および人格語)》なる構造的な成り立ち  2. アマテラス語をよく使いこなすひとは 社会の中で一般に指導的な地位に上がることが多い。言いかえると スサノヲ市民が《あまあがり》すると アマテラス公民となる。   《スサノヲ市民社会 - アマテラス公民圏》から成る社会のかたち   3. このかたちは 二階建ての構造であるように思われる。お二階さんの中でさらにアマアガリが起きると いわゆる国家元首としてのアマテラシテが出来る。   《 S 圏 - A 圏(アマテラス公民 / アマテラシテ)》連関制    ・アマテラス公民:官僚・政治家その他もっぱらの公民と見なされる職務    ・アマテラシテ:国王・皇帝・象徴  4. ここに第三次のアマアガリがあり得る。それは特に 《皇帝なるアマテラシテ》の場合であり 《帝国》というのは なおほかの国家をも自分の支配下に置こうとする動きである。  5. 韓国は 大いなる帝国主義アマテラシテに事(つか)えるという事大主義なる行動をしばしばおこなって来た。これを アマテラス予備軍と呼び得る。そのクセを アマテラス予備軍症候群と言えるのではないか?  6. 大日本帝国に仕えた朝鮮は 日本が敗けたあと いろいろ協力を求めて来たように思われるが 敗戦国は叩けということになる。反日である。国是のごとく。  7. ジャパン・バッシングそのものは 自分の責任でそういう表現をするかぎりで 仕方ないことですが 問題は 《反日》が 自己表現の大前提になっていることにある。  8. ▼ (ヰキぺ:反日主義) ~~~~~~~~~~~~   http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%8D%E6%97%A5%E4%B8%BB%E7%BE%A9  ▽ 鄭大均:「反日は韓国のアイデンティティと不可分な関係があり、反日と無縁な韓国人はいない」  ▽ 崔碩栄:「韓国の過激な反日感情は自然に発生した感情ではない。『反日国家』韓国では、日本は『悪い国』だという情報だけが与えられ、人々が自然に『反日型人間』になるように仕組まれた『反日システム』という社会構造が形成されている。・・・  ▽ 黒田勝弘:「韓国は世界で最も日本非難論が活発で、韓国マスコミは日本非難なら何でもありで、極端な比喩による感情的論評を書き、反日報道ではデッチ上げなど内容が誤報と分かっても訂正はほとんどない。これは『反日病』だ」  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~  9. もしこのようにおのれの行動方針が 真っ先に《反日・蔑日》を掲げているのならば 言葉としての《スサノヲ人間語 - アマテラス普遍語(科学語および人格語)》なる成り立ちよりも先に 日本叩きという頭が来ることになります。  10. すなわち 《統一方針なるアマテラス方言》が すべての言葉を凌駕してしまう。それは 子どもの頃から 頭に叩きつけられる。  11. これでは いくら思考能力を伸ばそうとしても 民族としての統一アマテラス語がつねに立ちはだかる。  12. これでは 気が狂わないほうが おかしい。のではあるまいか?  13. なお 中国の行動は アマアガリ・シンドロームに罹っていると見ます。最初のボタンをかけるときに そうなのである。

  • アスペルガー症候群

    小学5年生の息子について、質問があります。 息子はアスペルガー症候群の疑いがあります。 成績は優秀で、様々なことに興味をもち、読書なども熱心です。 アスペルガー症候群で学習能力が問題ないということもあるのでしょうか? また専門的な診断はどの科へ行くのでしょうか? 親は子に対してどんな対応をすれば良いのでしょうか?

  • アスペルガー症候群の子

    アスペルガー症候群の子は、人に、自分の好きなことの話ばかりするんですか?