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tenten1006

イデオロギーという言葉の定義を解り易く教えてください。

調べても用途が載っているだけで、漠然としか理解できません。


馬鹿が触っちゃいけない言葉なのでしょうか。
  • 回答数5
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Aみんなの回答(全5件)

質問者が選んだベストアンサー

  • 2009-11-03 15:50:37
  • 回答No.5
「触っちゃいけない言葉なのでしょうか」とおっしゃるのは、勘が鋭いと思います。この言葉は、インテリがけんかを売る時に使う言葉でした。
イデオロギーは、イデア(英語でアイデア、日本語で観念)+ ロギー(英でロジー、日で学・論)です。もともとは「観念の学」というような意味です。
しかし、マルクス(1818~83)は論敵・政敵を攻撃するために、この言葉を使いました。彼はこの言葉に新しい意味を持たせました。たとえば「国の公(おおやけ)の見解などは、公平・中立を装っているが、実は特定の階級的立場を反映して偏向したものだ」というふうに攻撃しました。これを「イデオロギー性暴露」(イデオロギー性を暴く)といいます。
しかし、この手法は右攻撃にも左攻撃にも使えますね。たとえば、「文科省検定済の教科書は客観的で中立だって? とんでもない、左翼イデオロギーに汚染されている!」とかいう国士様もいます。
今ではイデオロギーという言葉は普及して、「政治、社会に関する基本的な考え。思想傾向」の意味で使えると、辞書に書いてあります。しかし、実際の用法では、「あの人はイデオロギーがかっている」などと使われますね。「あの人は政治、社会に関する基本的な考えがある」では意味が通りません。
結局、どぎついケンカ用語だった過去を今も引きずっていて、辞書通りではないのです。この場合、「あいつは政治的には無色を装っているが、隠された思想傾向を暴いてやる」というような意味でしょう。しかし、「基本的な考えがあって、何が悪いのですか」と思いませんか?
「イデオロギー」は、左が右を罵倒した、あるいは右が左を弾圧した、どろどろの歴史を背負っている言葉であり、今でも「素人さんが手を出すと火傷するぜ」の言葉なのかもしれません。
お礼コメント
ありがとうございます。

「とりあえず「イデオロギー」って言葉出しとけば
高いところから相手を批判した気分になれる」
といったところでしょうか?

イデオロギーという言葉は諸刃な気がします。

最初に質問した時より、また違うレベルで
自分の頭は混乱してしまったように思います(笑)

イデオロギーという言葉自体がイデオロギーな気がしてきました。

馬鹿なわたくしはやはり触らないようにしようと思います(笑)
投稿日時 - 2009-11-17 10:58:30
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その他の回答 (全4件)

  • 2009-11-02 23:19:41
  • 回答No.3
この質問はもうすこし詳しく書いてもらえると適切な答えが出てきやすいと思います。
というのも、イデオロギーという言葉自体が(外来語でしかも難解な内容を表すせいか)いろいろな意味合いで使われているからです。
できれば、「補足」で、定義がわからないと感じた例文をあげるほうがよいでしょう。

それはさておき、わたしが「イデオロギー」という語をどのように理解しているかを(辞書も引かずに)書いてみようと思います。

ふつう、イデオロギーとは「(偏った)政治的・社会的な立場・考え方」という意味で使われています。
とくに極端な場合、保守的な考え方をする人は「イデオロギー」=「社会主義・共産主義」ととらえて毛嫌いしている場合もあるようです。
しかし、誰でもなんらかの政治的ないし社会的立場に立って考えたり行動したりするわけで、偏らない「正しい」立場などというものは存在しないのですから、このような敵対者を断罪するためだけの「イデオロギー」という言葉の使い方は、あまり魅力的でないなと個人的には思います。

そこでわたしの考えですが……
イデオロギーは「観念形態」と日本語訳される場合があります。
これはどういうことかというと、「ものごとのとらえ方の型」ということだろうと思います。
たとえば、古い(?)共産主義の立場に立つ人は、
人と人との関係を、「資本家(経営者)/労働者」という対立の型(イデオロギー=観念形態)でとらえる考え方をとります。
このイデオロギーの役に立つところは、資本家が労働者を搾取して、不当に利益を得ている場合に、労働者の権利を守る運動を組織しやすくなるところです。
このイデオロギーの役に立たないところは、資本家=悪といった固定的イメージを生み出してしまい、「いい資本家/悪い資本家」といった柔軟なものの見方をつぶしてしまいがちになるというところです。

かつての日本には「企業=家族」というとらえ方(=イデオロギー)もありました。
このイデオロギーの役に立つところは、「経営者も従業員も家族なのだからみんなが幸せになるように企業を運営していこう」と、「経営者/従業員」という壁を越えて協力する雰囲気を生み出せるところです。
このイデオロギーの役に立たないところは、「企業は家族なのだから、家族のためなら無償の奉仕がなされても当然だ」という滅私奉公型の労働を生み出してしまいがちというところです。

このように、同じ「企業」というものをとらえるにしても、その構成員をどう色分けしてとらえるか(どんなイデオロギーで分析するか)によって、たどりつく結論は大きく変わってきます。
なにか困ったことがあるとき、それはどのような「ものごとのとらえ方の型」によって引き起こされているのかを考えてみる(イデオロギー分析を行う)と、その原因がよくわかる場合があり、解決に結びつくことがあります。
「イデオロギー」という言葉を知っていると、「ちょっとものごとを別の型でとらえなおしてみよう」といった発想の転換がうまくできるようになるとわたしは思うのです。

その例を書いてみようかとも思ったのですが、
いいかげん長くなりましたし、質問者の知りたいことからはずいぶんかけ離れた内容かもしれないとも思いますので、このへんでやめておきます。

すこしでも参考になれば幸いです、が、混乱させたようであればすみません。
お礼コメント
ありがとうございます。

わたくしが「イデオロギー」という言葉を目にする場面は
回答くださった前半部分のケースが殆どです。

しかし、『イデオロギー=観念形態』と捉えようとすると、
わたくしの馬鹿な頭は混乱する一方なのですよ。

イデオロギー分析を行う、の箇所はとても興味も持ちました。
「イデオロギー」という言葉自体、インテリが纏う武器のようなものだと捉えていましたから・・・。
投稿日時 - 2009-11-17 10:49:30
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  • 2009-11-03 15:05:39
  • 回答No.4
3とおりの解釈ができます。

(1) もともと「基本理念」といったもので、何かを考えるときに「その人がよりどころとするもの」のことです。例えば「宗教」を肯定するか、否定するか、のような根本的な態度を指します。

(2) ところが、実際には、多くの場合、もっと狭く「社会のありかたの基本理念」たとえば「資本主義が良いか/社会主義が良いか」という態度を指します。

(3) さらに狭く使うとき、すなわち「そういうイデオロギー的な態度は‥」と人を批判したりするときは、たいてい「社会主義を良しとする態度」の意味で使います。
お礼コメント
ありがとうございます。

本来の意味を失い、言葉が一人歩きしているような感じですね。
だいたい批判的な意味合いで使われますよね。

イデオロギー、カワイソウ!><
投稿日時 - 2009-11-17 11:04:54
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  • 2009-11-02 17:29:33
  • 回答No.1
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%87%E3%82%AA%E3%83%AD%E3%82%AE%E3%83%BC#.E5.AE.9A.E7.BE.A9.E3.81.A8.E7.89.B9.E5.BE.B4

wikipediaより抜粋

イデオロギーの定義は曖昧で、また歴史上その定義は一様でない。イデオロギーの定義には認識論を含むもの、社会学的なものがあり、互いに矛盾していることもあるが、それぞれが有意義な意味を多数もっている。
-------------------------------------------------------------------

私の理解では、政治や社会に対する考えといった言葉です
お礼コメント
ありがとうございます。

ウィキでさらに混乱させられての質問でした。(笑)

>認識論を含むもの→例えば?
>社会学的なものがあり→例えば?
>互いに矛盾していることもあるが→どんなふうに?
>それぞれが有意義な意味を多数もっている。→それが知りたい

ウィキの説明で納得できる人はカシコイ人だと思います。
自分には無理でした。
投稿日時 - 2009-11-17 10:37:56
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  • 2009-11-02 17:33:25
  • 回答No.2
noname#111034

過去の質問もご覧ください(ぼくのシステムだと,類似質問がページの下にリンクされています)。そのうえで,ぼくのことばで極端に簡単にいうと,

「○○は××であるべきだ(××が正しい)」という考え方と説明できると思います。ぼく個人は,「あるべき論」という勝手な用語をあてていますが。この議論は,たとえば「1+1=2」といった否定のしようもない事柄ではなく,社会的に賛否両論がありうるようなもの(社会主義か資本主義か,など)です。
お礼コメント
ありがとうございます。

>「1+1=2」といった否定のしようもない事柄ではなく,社会的に賛否両論がありうるようなもの(社会主義か資本主義か,など)です。

ということは、Aから見ればBはイデオロギーだったとすれば、
Bから見てもAはイデオロギーだと言えるということでしょうか?

だとすれば、こんな馬鹿馬鹿しい論争はないですね。

インテリの考えることはわかりません(笑)
投稿日時 - 2009-11-17 10:41:57
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