この質問はもうすこし詳しく書いてもらえると適切な答えが出てきやすいと思います。
というのも、イデオロギーという言葉自体が(外来語でしかも難解な内容を表すせいか)いろいろな意味合いで使われているからです。
できれば、「補足」で、定義がわからないと感じた例文をあげるほうがよいでしょう。
それはさておき、わたしが「イデオロギー」という語をどのように理解しているかを(辞書も引かずに)書いてみようと思います。
ふつう、イデオロギーとは「(偏った)政治的・社会的な立場・考え方」という意味で使われています。
とくに極端な場合、保守的な考え方をする人は「イデオロギー」=「社会主義・共産主義」ととらえて毛嫌いしている場合もあるようです。
しかし、誰でもなんらかの政治的ないし社会的立場に立って考えたり行動したりするわけで、偏らない「正しい」立場などというものは存在しないのですから、このような敵対者を断罪するためだけの「イデオロギー」という言葉の使い方は、あまり魅力的でないなと個人的には思います。
そこでわたしの考えですが……
イデオロギーは「観念形態」と日本語訳される場合があります。
これはどういうことかというと、「ものごとのとらえ方の型」ということだろうと思います。
たとえば、古い(?)共産主義の立場に立つ人は、
人と人との関係を、「資本家(経営者)/労働者」という対立の型(イデオロギー=観念形態)でとらえる考え方をとります。
このイデオロギーの役に立つところは、資本家が労働者を搾取して、不当に利益を得ている場合に、労働者の権利を守る運動を組織しやすくなるところです。
このイデオロギーの役に立たないところは、資本家=悪といった固定的イメージを生み出してしまい、「いい資本家/悪い資本家」といった柔軟なものの見方をつぶしてしまいがちになるというところです。
かつての日本には「企業=家族」というとらえ方(=イデオロギー)もありました。
このイデオロギーの役に立つところは、「経営者も従業員も家族なのだからみんなが幸せになるように企業を運営していこう」と、「経営者/従業員」という壁を越えて協力する雰囲気を生み出せるところです。
このイデオロギーの役に立たないところは、「企業は家族なのだから、家族のためなら無償の奉仕がなされても当然だ」という滅私奉公型の労働を生み出してしまいがちというところです。
このように、同じ「企業」というものをとらえるにしても、その構成員をどう色分けしてとらえるか(どんなイデオロギーで分析するか)によって、たどりつく結論は大きく変わってきます。
なにか困ったことがあるとき、それはどのような「ものごとのとらえ方の型」によって引き起こされているのかを考えてみる(イデオロギー分析を行う)と、その原因がよくわかる場合があり、解決に結びつくことがあります。
「イデオロギー」という言葉を知っていると、「ちょっとものごとを別の型でとらえなおしてみよう」といった発想の転換がうまくできるようになるとわたしは思うのです。
その例を書いてみようかとも思ったのですが、
いいかげん長くなりましたし、質問者の知りたいことからはずいぶんかけ離れた内容かもしれないとも思いますので、このへんでやめておきます。
すこしでも参考になれば幸いです、が、混乱させたようであればすみません。
投稿日時 - 2009-11-02 23:19:41