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noname#164176

日頃から自分の誤字脱字に苦しむ者です。
こちらのサイトで質問し、回答頂いた方へのお礼欄に、
「ご教授頂けないでしょうか」と書きました。
書きながら、どうもしっくりこないな…と思い、辞書を調べましたが
他に適当な字は見当たらず、「『教授』で良いんだよねぇ…多分…」で投稿しました。

しばらくして、ネットにて「ご教示ありがとうございました」という文を目にし、
「『教示』か!そうか!確かにそんな表現があったな」
……慌てました。「ああっ!!またやってしまったのか!!!」
急いで、『教示』の意味を調べ、『教授』も再確認、とにかく右往左往…。

ここからが微妙なのですが、
「『教授』がまったくの間違いというわけではない、
ただ、質問サイトなどにおいては『教示』のほうが相応しい。」
というのが多数意見なのです。

『教授』は専門的知識を継続的に教わる場合に使われるそうで、
例えば大学教授などに教わる場合は使って良い言葉のようです。
しかしながら、現在のネット社会では、教えをうけたい相手が専門的知識を持った方なのか、そうでないのか、
こちらから判断することは難しいと思うのです。
また、「専門的知識」の幅も以前に比べて多様化しているようにも思います。
となると、相手の方が専門的知識を有すると仮定した上で、
『教授』を使うこともあながち間違いとは言えないのではと思えてきました。

また、調べまわった中に以下のような意見も有りました。
「『教示』が適当だが、『教授』は広く使われ始めている。過去にも同様の例があるように、誤用が広まりすぎたため、
一般的用法として認めざるを得ない日が来るかもしれない」
確か数年前のカキコミだったと思います。

今現在はどうなのでしょうか?やはりまだ『教授』は誤用とみなされるのでしょうか?

私は言葉の乱れについて、基本的に否定的です。が、否定しても広まってしまうものは仕方がない、
それを受け入れる寛容さも必要であろう、と考えるものです。

もうひとつ、言葉の響きと字面から受ける印象についてです。

私見ですが、『教示』という語句にはとても硬い印象を受けます。
意味的には『教授』のほうが硬いはずなのですが、音の響きから私には『教示』が硬く聞こえます。
ビジネス文書に使われるような言葉の響きです。

あと、字面。
『示』と『授』、今回の件ではお願いをする文章なので、
『示して下さい』と『授けて下さい』。
どちらがよりへりくだった印象を受けるでしょうか?
私は断然『授けて下さい』です。
『示して下さい』は相手と同等な感じさえ受けます。
「私が納得するため、君は証拠を提示せよ」と言ってるようです。

どちらも前に『教』の字が付いてるので、へりくだってはいるのだという見解もあるかもしれません。
さらに、『教授』は相手を必要以上に持ち上げ、慇懃無礼である、という意見も有りました。
ですが、『教示』は、一方で『教えて下さい』と言いながら、もう一方で『示して下さい』と言っている。
これこそ慇懃無礼というべき行いではないでしょうか?


ただ、これらの印象については自ら疑念を抱きます。
自分の恥ずかしい誤りを何とか正当化しようとして、本来の意味を無意識に無理矢理に曲解しているのでは?
と考えるからです。ですが、おそらく今の私には冷静な判断ができません。
皆様のご意見をお伺いいたしたく。

長々とまとまりのない質問を書いてしまい申し訳ありません。
  • 回答数4
  • 気になる数1

Aみんなの回答(全4件)

質問者が選んだベストアンサー

  • 2009-08-29 18:15:14
  • 回答No.2
>未だに誤用でしょうか?

何を持って誤用とするかという基準はないので,なんとも言えません。
「辞書通りの意味か」ということで言えば,誤用です。
下記に示すのは大辞林ですが,広辞苑と明鏡国語辞典も同じでした。

教授 学問・技芸を伝え教えること。
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn/237979/m0u/%E6%95%99%E6%8E%88/

教示 おしえしめすこと
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn/48367/m0u/%E6%95%99%E7%A4%BA/

迷ったら別の言い回しを考えたほうがよいです。
「教えていただけないでしょうか」でも十分です。


>確か数年前のカキコミだったと思います。
数年で一般用法として認識される言葉はそうはないと思います。
「教示する」などという言葉は使う場面も限られますし。


>言葉の響きと字面から受ける印象について
これについては,
「自分の恥ずかしい誤りを何とか正当化しようとして、本来の意味を無意識に無理矢理に曲解しているのでは?」
と感じました。
仮に古来から「教示」と「教授」が全く同じ意味であったなら,
字面から受ける印象について議論するのも面白いと思います。
しかし,今回は「教示」とすべきところに,本来は違う意味の「教授」という言葉を持ってきているわけです。
意味の違う言葉を持ってきて「”教授”のほうがへりくだっている感じがするから,”教授”が正しいことにしよう」というのは,ただの身勝手です。


私も広まってしまったものは受け入れるしかないと思います。
我々が生まれたときから存在する言葉の中にも,もともとは誤用であるものもありますし。
「私は言葉の乱れについて、基本的に否定的です」とおっしゃるあなただからこそ,
いろいろな正当化理由を思いつくのだと思いますが,
冷静になって間違いをお認めになり,今後は注意して使いながら,
それでも間違ってしまったら「ああ,ついつい世の流れに引きずられてしまったな」と軽く流せばよいと思います。
補足コメント
noname#164176

こちらの欄が適切かどうか分かりませんが、
私が『教示』を硬く感じる理由について、ちょっと思い当たったことがあります。
それは、『教示』と同じ発音である『矜持』という言葉。
この『矜持』は私にとって、少々おカタい言葉であるため、
その印象に『教示』が引きずられてしまったのでは?
とも思えます。
まあ言い訳に過ぎませんが…。
投稿日時 - 2009-09-20 08:28:14
お礼コメント
noname#164176

回答ありがとうございます。

>”教授”が正しいことにしよう」というのは,ただの身勝手です。

後頭部を激しく殴られた思いです。ガツンと。
言われてみればその通りで、私は何を思い上がっていたのでしょうね。
自分の都合で言葉の意味を変えてしまおうなんて…
今では自ら「いったい何様のつもりだ!?」と思わざるを得ません。

>「ああ,ついつい世の流れに引きずられてしまったな」と軽く流せばよいと思います。

できない orz それができないのです(涙)

総理大臣さえ平気で読み違えをする時代です。一体誰が私の間違いなど気にするでしょう?
それはわかっているのです。ですがどうしても自分の間違いを看過できない。
多分、言葉の間違いによって自分の発言そのものの信頼性がなくなるのでは、との恐怖があるからだと思います。
しかし私自身はというと、他の人が少々言葉を間違ったからといって、その人の発言を軽んずることはありません。
なのに、自分の間違いについては必要以上に心を乱してしまう。
どれだけ自意識過剰なのか?そんなに自分が可愛いのか?
まったく始末に負えません。

ああ、愚痴になってしまいました。ますます冷静さをなくしてしまった…

アドバイスは心に留めさせていただきたいと思います。
なるべく、深刻にならずに、
軽く、軽く…
投稿日時 - 2009-08-31 01:14:41
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  • ありがとう数0

その他の回答 (全3件)

  • 2009-08-29 17:08:29
  • 回答No.1
言葉の乱れについて、基本的に否定的です。が、否定しても広まってしまうものは仕方がない、それを受け入れる寛容さも必要であろう、
に同意見ですし、そうであれば正しい教示を使うべきと思います。
質問者様ご自身、教授はいまだ誤用かと思われているのに、教授を使うのは上記の考え方と相容れないと思います。
例えば独壇場というのがあります。これは本来は独擅場が正しかったのが、読み間違いから広まったものですが、これをいまだにどくせんじょうと言う人はまずいません。
世論をよろんではなくせろんと言うのも同じレベルかもしれません。
でも教示を教授と言い換えてしまうのはまだ一般化していないと思います。それぞれが意味を持ち、使い分けがされている言葉だと思います。
教示が示せと言っているように感じられるのは、示す部分を意識しすぎかと思います。
示すのは教える側です。教え示してくれているのです。それをお願いしますと言っているのであって、示せとこちらが言っているのではないと考えれば、得心がいくのではありませんか。
ついでに書きますと、質問者様はきちんと「私見」とお書きになっていらっしゃいますが、ここ何年か「個人的には・・・」という回答をよく目にします。私はこの「個人的には・・・」は好きになれません。
かなり見かけますが、やはり正しい使い方が残っているうちはそれを使い続けたいと私は思っています。
偉そうなことは言えませんが。
お礼コメント
noname#164176

回答ありがとうございます。

>そうであれば正しい教示を使うべきと思います。
>質問者様ご自身、教授はいまだ誤用かと思われているのに、教授を使うのは上記の考え方と相容れないと思います

返す言葉もありません。おっしゃる通りです。自分の言動に一貫性がないことを思い知らされております。

>どくせんじょうと言う人はまずいません

「どくせんじょう」。初めて聞きました。「独壇場」って元々間違いだったんですね。
しかも広まった理由が「字が似てるから」とは…。驚きです。
「土壇場」と混同してしまったのではとも考えますが。
とにかく、知識が一つ増えました。あ、いや、よろん、せろんも知らなかったので二つですね。
感謝いたします。

>示す部分を意識しすぎかと思います

ですね。我が身を守りたいがため、苦し紛れに視点を変えてみたということでしょう。
投稿日時 - 2009-08-31 00:58:09
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  • 2009-08-29 19:04:59
  • 回答No.3
私は「ご教授願いたい」という表現に、特に違和感を覚えることはないです。
「教授」は「教えを授ける」ということで、「授けられる」側が、かなりへり下った言い方に思えます (ただ、少し堅苦しいなとは感じますけれども)。
私が手元に置いて時々参照している国語辞典を見ると、最初に「おしえさずけること」という定義が示してあります (久松・佐藤『角川 国語辞典』昭和52年181版)。
しかし、教える側が「教授してやる」というと、こちらは少し押しつけがましい感じを受けます。
文書だと、「ご教示願いたい」でも自然に感じます。が、これも「教示してやる」とはいわない気がしますし、仮にそんな言い方をされたら反発したくなりそうです。
「教授」も「教示」も漢字の組合せですから、どちらもちょっと堅苦しくて、口頭ではほとんど使われないのではないでしょうか。やはり、文書の場合でしょう。
文書でも口語的にやわらかく表現するのなら、「教えを乞う」とか、「ご教授を乞う」とか(ありゃ、また「教授」を出してしまった)、もっと口語的にすれば「教えていただければ幸いに存じます」とか、そんなふうになるのではないでしょうか (言い方は他にもあるかもしれませんけど)。
お礼コメント
noname#164176

回答ありがとうございました。お礼が遅くなり申し訳ありません。

>「ご教授願いたい」という表現に、特に違和感を覚えることはないです。

ネットではよく見かけますからね。そのように感じる方も多いと思います。

「誤用ではないか?」との指摘を目にすれば辞書で調べてみたりもするのでしょうが、
指摘したくても、使う側の心境までは断定できないとの理由から、
指摘することを面倒に思う方もいらっしゃるのではと考えます。
つまり、『教授』を使った人が「私は辞書通りの思いで書いたのだ!」と言い張った場合、
「ただの言い逃れだろ」と推測はできても、その嘘を証明することがほぼ不可能なので、
中々指摘しづらいという面もあるのでしょう。

まあ単に、ネットを利用する人は、誤字脱字をそれほど気にしないというだけかもしれませんが。

私の場合は、いくらかの違和感は感じたのですが、語彙及び知恵が不足していたため正しい言葉に辿り着けませんでした。


>口語的にすれば「教えていただければ幸いに存じます」とか

そうです。それで十分だったのです。
気取って熟語を使おうとしたこと自体が間違いだったのです。言葉の意味もよく分からないままに。
我ながら実に情けない。
カッコつけようとしたら、反対にひどく格好悪い結果になってしまったのです。
まったく身の程知らずの行いでした。
投稿日時 - 2009-09-01 19:56:05
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  • ありがとう数0
  • 2009-08-30 00:51:26
  • 回答No.4
「ご教授下さい」に違和感を禁じ得ない者です。
それで回答してみようと思ったのですが、
もうひとつの理由として、「誤用」が「許容」され、いつか普通の言い方として認められるプロセスについて正面から考えたことがなかったから、ということもあります。

わたし自身は、ネットを中心に「ご教授ください」が広まる前に、「ご教示下さい」という言い方になじんでいたので、
これからも一生「ご教示下さい」が正しく、「ご教授ください」は誤用だと感じ続けることだろうと想像します。
もし、「ご教授」が広く認知されても、わたし自身が使うことはありません。

とすれば、わたしのような世代の人間が辞書を作り続ける以上は、
ある程度一般化し、不自然に感じない人が多数を占めるようになっても、
「ご教授下さい」は本来誤用で、「ご教示下さい」の転訛、
と注釈をつけ続けるでしょうし、
違和感を感じない世代が辞書を作るようになっても、
過去の規範意識を学んで踏襲することはながく続くかも知れません。
「本来誤用」の注釈はなかなか消えないのではないでしょうか。

というわけで、第1の質問に対しては、
許容する人は多くなっていくでしょうが、
「誤用」と指摘する人は相当長い間なくならないと思われ、
「数年間」という短い期間では大勢に変化はないだろうと考えます。

質問の第2点については、失礼ながらあまり興味が持てませんでした。
多少の自覚をしておられるので書きますが、「こじつけ」と考えた方がよいように思われます。
補足コメント
noname#164176

>もし、「ご教授」が広く認知されても

について。
自分調べですが、現在のところネットでは『ご教示』が優勢のようです。
しかも圧倒的に。
数年前までは『ご教授』が多かったようなのですが、いつのまにか逆転した模様です。
#3さんへのお礼コメントとは矛盾してしまいますけれど、
ネットでは誤用が広まるのも早いですが、ある限度を超えると急速にブレーキが掛かり、
正しい道へと引き返すのかもしれません。
これは従来の「誤用」が「許容」されるプロセスとは異なるのではないでしょうか。
ネットも捨てたモンじゃないですね。

もう一つ。

>「ご教示下さい」の転訛、

「転訛」という言葉すら知りませんでした(汗)
確かに、『教示』が『教授』と混同された過程を想像しますと、意味が似ていたからというより、
発音が似ていたからという側面のほうが強いのではと感じます。
投稿日時 - 2009-09-01 23:57:19
お礼コメント
noname#164176

回答ありがとうございました。お礼が遅くなり申し訳ありません。

>「数年間」という短い期間では大勢に変化はないだろうと考えます。

そうですね。そんな短期間で言葉の意味を変えて良いはずがありません。
自分で「言葉の乱れについては否定的」と言っておきながら、
なんとか自分の使い方を早く認めてもらえないかとの
身勝手な願望(#2さんが指摘下さいました)を抱いてしまったのです。

>多少の自覚をしておられるので書きますが、「こじつけ」と考えた方がよいように思われます。

正直申しますと、「自覚」していたというより、もっと悪質な感情があったのかもしれません。
私はどうも、自分の恥ずべき失敗を他人に言い触らすことによって、恥ずかしさを軽減しようとするクセがあるようなのです。
なぜそんなことで恥が軽減できるのかは分かりませんが、実際少し気が楽になります。

今回の質問も、最初から「こじつけ」と分かっていながら敢えて投稿したとのではと思い始めています。
そうなると、Q&Aサイトにおける質問のモラルに反する行為ではとの疑いが生じます。
自分の気持ちを楽にするためだけに、程度の低い質問をしたのではないか、ということです。
もしそうだとすると、そのような私に質問を投稿する資格などあるのだろうか?という気さえしてきます。

一方、私にとってこちらのサイトは非常に有用であり、今後また質問を行う可能性は否定できません。
その際には、自己満足目的になっていないかと常に自問することを肝に銘じておきたいと思います。
しかしながら、本件のやりとりでお分かりになりますように、私はとても小さい人間なのです。
また同じ過ちを犯してしまうかもしれません。
万一私のそのような愚行を再度目にされることがありましても、
なにとぞ寛大なお心を賜りたく…m(_ _)m

もう少々お伝えしたいことがあったのですが、この欄の字数制限に引っかかってしまうようです。(長文をお詫びいたします)
補足欄を利用しますので、宜しければご覧下さい。

厚かましいお願い)
私の文章で何か気になる点などありましたらどうかご指導下さい。
投稿日時 - 2009-09-01 23:56:23
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