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自分の感覚が多数派意見と違う

どうも、世の中の多数派的考えに添えないところがあるようで、こういう自分の性向をどう考えたらいいものだろうと思います。 例えば、ここでした質問で 「地球外知的生命はいるか」 「勘違いの回答にお礼をするほうがいいか」 というのがあるのですが、私は地球外知的生命はおそらくいない(私は何の信仰もない無心論者です、科学的な確率論からそうだと思います)し、勘違いの回答なんて、質問を丁寧に読んでいない証拠なのだから、お礼の必要などないという感覚なのですが、多数派意見と言うのは、地球外知的生命はいるし、勘違い回答にもお礼をすべきだと言うのです。 また、おそらく違った事象についても少数派的感覚を持っていると思います。で、私は私の考えのほうがやっぱり正しいと思っているのです。 これはささいなことのようで、なにか世の中と言うものに不信感と言うか親和性の薄さを感じます。 どう考えたらいいんでしょうか。

質問者が選んだベストアンサー

  • ベストアンサー
回答No.1

今日は。 私はご質問者様のその意見に賛同します。 個人的には地球外生物はいると思いますし、御礼の必要もあると思いますが、私はそれが個性だと思います。後述にそれが正しかった例を挙げます。 出る杭は打たれる的な世の中では社会的な刺激が全く無くなりますし、その杭は必ずしも少数派とは限らないと考えます。 では仮に地球外生物がいると全員が信じたとしましょう。 それで終わりです。 何の追求もありません。何の研究もしないでしょう。 帰納法的に考えれば間違った知識も全ての人が信じてしまいます。 有名な話ですがガリレオが天動説を唱えた時、これはご質問者様の言われる「少数派」であったのはご存知ですよね。 しかし実際は合っていました。 これは反対意見が重要な意見である事を証明していると考えます。 それ無しに人はここまで良くも悪くも成長は出来なかったと思います。 貴方は貴方の考えを貫いて頂ける事を私は希望します。

noname#105097
質問者

お礼

ご回答、ありがとうございます。 難しいですね。少数意見でも、どうどうと主張すると言う姿勢が大事なようです。

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その他の回答 (6)

  • bgm38489
  • ベストアンサー率29% (633/2168)
回答No.7

はっきりした解答のない質問には、少数派の回答の方が貴重です。多数派の意見に従う人は、ある意味、みんなと同調するだけで、個性がないとも言えると思います。 少数派の意見に同調するとしても、やはり、そればかりが正しいとは思わずに、あの意見にはこの反論、この意見にはあの反論がある、とし、結局、絶対正しい解答は見つかっていないのだ、と達観してみた方がいいでしょうね。

noname#105097
質問者

お礼

多数派っていうのは、真理から遠いことが結構ありますよね。個性がないことというのが、なんとも嘘のにおいを漂わせます。やっぱり、意見と言うものを出すためには、可能な限り素直にならないとできるもんじゃないです。

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  • pupurpu
  • ベストアンサー率15% (29/192)
回答No.6

理解度によると思います。 私も宇宙人はいないと思いますが、 それは石器時代から考えるPCのようなもので、 今の認識にとらわれれば、石器時代のひとは石器時代のままということでしょう。  人間は自分の持ってるものを延長して考えるので地球に人間がいる それならといって延長線上でほかの惑星も創造するという脳の理解でしょうか。  地球にいる地球人も宇宙の中の宇宙人だとおもいますが、これは捕らえ方、  つまり脳の柔軟な捕らえ方の問題で、自分の意見など取るに足りないということが大事な認識だと思います。  人は成長で間逆を行ったり来たりしますから、若さ老い、生と死、処女と非処女というように、変化が成長という事です。  精神年齢や考えも成長とともに変わりますが、一時期に考えと冷静に自己を客観すると良いでしょう。  人の中で生きるしかないので、わがままやエゴの強い自己主張は因果で言えば嫌われるというのが、相手関係なく帰ってくるでしょう。  少数派はいますが、人とうまくできない脳の人も科学的にはすでに明らかなように、社会不適応障害といわれる得意な脳というのも科学的に証明されてますから、人とうまくできないなら障害を考えたほうが良いでしょう。これは個人の意見ではなく科学の実証からそういう反応をする親和性がたもつのが難しい脳だというのは明確に立証と認識を科学ではされています。そういう障害もあります。仲良くできない人っていますが、この脳の人は少し普通の人とかわってます。障害であり、今はそれを直す薬までありますから。障害という正しい認識をしたほうが良いでしょう。障害でなければ、我慢ができずに親和性が保てないという事になります。そういう人もいますが、アメリカでは野獣と呼ばれ、刑務所という動物園の檻に入れられます。  変わってるだけなら良いですが、それが強いと人という風には扱われません。   また異常な不信感は、精神病の統合失調症に見られる症状で、精神科で扱う分野です。  普通の人は、自分の意見と相手の意見を聞く耳を持ってるのが正常な状態でしょう。理解力は頭の問題ですが。  少数派には、おかしい人も含まれますし、人間の常識のレベルで少数派となって悪いほうや狂ったほうに偏るなら、医者の分野です。  人は思い込み事態異常で、精神病のおかしいところは誰しも持っているといわれます。出さない用にみんな生きてると思いますが

noname#105097
質問者

お礼

ご回答、ありがとうございます。 なかなか難しくてよくわかりません。

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noname#209756
noname#209756
回答No.5

それは個人による場合とその状況による場合があると思います。少数意見と多数意見は影響の仕方が違います。少数意見は正しいこともある。多数意見は同調を誘うです。民主主義は多数決なので、それにしたがえばいいというのは違います。多数決でみんなそういうからあっているのでなく、むしろ少数者にそういうことがあるようです。民主主義の暴走で、それにたいしての概念もあります。イギリス人がフランス革命をみてそうおもったそうです。ただあなたは唯物論的ですね。みんなそういう意識はあるでしょう。自己中心の判断。それでかわっていると。最近の人という感じなので、それではみんな違う方向へいくということでしょう。お互い気をつけるということになると思います。

noname#105097
質問者

お礼

ご回答、ありがとうございます。 よくわかりませんでした。

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noname#91781
noname#91781
回答No.4

どうも、あなたはこの質問サイトの利用の仕方を勘違いしてるのではないでしょうか。 大体、自分が抱く疑問や難問は、本来自ら書物を調べたり考えたりして解答を出すのが普通のことです。それでどうしても解決できなかった場合に、藁をもすがる思いで他人の意見やアドバイスを求めるというのが当たり前の姿でしょう。 他人のどんな意見や考え方の中にも自らの疑問の解決になるヒントや糸口が発見できたなら、これ以上の喜びはありません。 そして回答者が、どのような動機や考え方からであっても、またたとえそれがまったくの勘違いの回答であったとしても、自らの疑問に関心を持ってくれ、それに回答の労を厭わなかったことには自然と感謝の気持ちが湧いてくるのが普通だと思います。 このサイトの質問者の質問内容を見ると、それによって単に自らの主張を展開したいだけの人が時々見受けられますが、このサイトの主旨から見れば逸脱しているのではないでしょうか。

noname#105097
質問者

お礼

ご回答、ありがとうございます。

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noname#97419
noname#97419
回答No.3

人それぞれで当然と考えたほうがいいんじゃないですか。 少数派だから空気が読めていないとか、悪いとかそんなことは無いと思いますよ。 正しいとか常識だとかも曖昧だと思います。 それぞれの違いを受け入れると、不信感は薄くなり、親和性は強くなるんじゃないでしょうか。

noname#105097
質問者

お礼

ご回答、ありがとうございます。 なかなか考え方を柔軟に広範囲にということは難しいですね。

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  • mmky
  • ベストアンサー率28% (681/2420)
回答No.2

参考程度に BakaAliceさん弱気な質問ですね。 「私は何の信仰もない無心論者です、科学的な確率論からそうだと思います。」 あなたには信仰がありますよ。ご自身でそう語ってますね。 あなたの信仰は「科学的な確率論」じゃないですか。 科学的な確率論を考えの基礎として「地球外生命体はいない。」という結論に達してるのでしょう。 つまり、みな信仰はあるのですね。何を信仰の対象としているかの違いだけですね。 「科学的な確率論」を元にして地球外生命体がいないとすると、地球に高度な生命体が存在する確率も無いのでは?  いやいや、いるとかいないとかが論点ではなく、何を元にその結論に至ったかなんですよね。 多くの人の回答の考えのもとは確率論もあり宗教もあり様々ですがあなたが信じる確率論が絶対であるならあなたが揺らぐことはないでしょう。もし絶対とまでは信じられないのなら灰色の部分は認めるべきだと思いますね。 世の中に不信感を抱くのは絶対と信じられないからだと思いますよ。 よくものごとは相対的と物理的な意識で回答する御仁がいますが、少なくともアインシュタインは光より早いものは無いと絶対的に信じていたはずなんですね。 そうすると、予言や予知を絶対的に信じる人は相対論など眉唾になってしますのですね。なぜなら未来を見るということは光より早いものは存在すると肯定しなければならないからですね。 このように何を信じるかで考えはまったく違うものになってしまいます。 あなたのゆらぎは他の人の考え方ではなくあなた自身の問題に帰着するのですね。 「勘違いの回答にお礼をするほうがいいか」 これはささいなことですね。どちらでもいいと思いますが、多くの人に回答のチャンスを与えてよい回答者を育てたいと考えるなら勘違いさんへのお礼も励みになりますね。 ご自身のものさしで採点するという考えも当然ありですから、欠点は欠点でもいいんですね。 どちらの立場を取るかだけの問題ですね。これも信仰ですから一貫しているのであればそれでいいのですね。不安になるということは立場にゆらぎがあるということですね。

noname#105097
質問者

お礼

ご回答、ありがとうございます。 そうでした、私の信仰は「自然」なのです。この厳然たる法則の支配する偶然の世界、そのなかで生物は踊らされていると言う事実です。「信仰」という名称に惑わされています。つまり、人々の認知しているという相対的評価を自らの評価に組み入れてしまっています。これは弱みですね。 地球だけが、というのはありえそうもないことですが、しかし、仮にありえたとしたらそれはそれで理屈が通っています。多くの人が言っているのは、「実感」を大事にしていないと言う印象があります。人がこういっているから、学者がこういっているから、だから、無意識にあわせる。そういうものに非常に不信感を抱くからでしょう。 回答者を育てるという思考がないので、私は回答でないものにはお礼をしません。

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